( 307666 ) 2025/07/15 06:16:36 0 00 セブン&アイホールディングスの公式SNSで台湾記述をめぐり炎上が起きている(撮影:今井康一)
「え、え、え、え、大丈夫これ」
私が情報番組に出演していたときのことだ。2021年。そのときはコロナ禍のまっただなか。社会がざわついていた。
当時は菅義偉首相で、コロナ禍をいかに収束させるかが話題で、感染の拡大をいかに防ぐかが誰もの関心・話題だった。私が出演していた情報番組も、例外なくコロナ禍の対策が話題になっていた。
その前日に首相の発言が流れた。そこで首相は、厳しい私権制限を行っている国の例として「オーストラリア、ニュージーランド、台湾の3国」と述べた。
発言の趣旨としては、あくまでコロナ対策だとはわかっている。しかし、私は日本の首相が台湾を「国」と述べたことに衝撃を受け、VTR中に「大丈夫なんですか、これは」と連呼してしまった。その後に、当時の加藤勝信官房長官は、首相の発言を事実上、修正した。
おそらく、私をふくめた国民感情は、こういうものではないだろうか。台湾は事実上、中国から独立し自由・民主主義を信じる、日本と同志の「国」である。しかし、中国の手前、正面切って「国」とはいえない、と。だからこそ、私は菅義偉元首相の発言に驚愕してしまったのだ。
■セブンの台湾記述、大炎上
そこから数年。このたび、セブン-イレブンを舞台とした大炎上が起きている。
それは、セブン&アイホールディングスの公式SNSアカウントが投稿した画像が発端となった。2025年7月に投稿された「世界のセブン‐イレブンのユニフォーム」を紹介する画像で、台湾が「中国(台湾)」と表記されていたのだ。
この表記は、おもに台湾や日本などのネットユーザーから、多くの意見=批判を招く結果となった。もちろん、批判者は同表記を中国の主権主張に迎合する容認しがたい表記と考えた。セブン-イレブンは公式に謝罪し、投稿を削除する事態に至った。
なお日本政府の見解では、一つの中国を主張し、台湾は中国の一部だとする中国政府の立場を理解し、尊重する……というスタンスである。
正式見解を知らない日本人もいただろう。ただ、無知だと批判することも難しい。なぜならば、台湾は日本の友好「国」であり半導体等を含めたサプライチェーンをお互いに創る仲間という意識が非常に強いからだ。
■「戦略的曖昧さ」が必要になることも
そもそも中国でビジネスを展開する企業が直面する地政学リスクはかねて存在した。
たとえば、企業がウェブサイトの地図上で台湾を「独立国」かのように記載するとか、尖閣諸島や南シナ海の島々を中国が主張する名称を使用しなかったりとか、新疆ウイグル自治区の境界線を不正確に表示したりとか。このような「おてつき」を中国政府から指摘されたケースがある。日本企業は中国政府の手前、謝罪に追い込まれている。
世界に「中国」は一つしか存在しない、そして、台湾は中国の一部であり、中国政府がすべてを代表する、というロジックだから、中国でビジネスを展開する企業としては反論しようがない。国内法規への違反と見なされるからだ。
もっといえば、領土保全に対する政治的な挑戦と思われると、商売ができなくなってしまう。
もちろん、政治的に「台湾の独立を守れ」と主張してもいい。でも企業は商売が重要だから、意図的に曖昧にこの問題に対応してきた。かっこよくいえば「戦略的曖昧さ」といえる。複雑な国際関係を見て見ぬふりをする、すぐれた手法だ(これは皮肉ではない)。
だから、日米あたりの企業のトップに聞いてみればいい。中国は「台湾は中国の一部だ」と主張するが、それに対してどう思うか、と詰問されると「承認」ではなく「認知」しているというはずだ。
中国政府は世界の航空会社に、台湾を中国に変更するよう要求したこともある。「Taiwan, China」と表記した企業もあったし、国名としての「台湾」を削除しつつも、「台北」といった都市名のみを表記するという形で対応した企業もあった。これは事実上、中国政府の意図も含みつつ、ギリギリの線で台湾を非政治化しようとする試みだった。
その他、台湾を含まない中国地図がデザインされたTシャツを販売したとしてアパレルメーカーが謝罪に追い込まれたこともある。台湾が欠落した地図を広告に使ったとしてコスメ企業が炎上したこともある。
■企業はどう対応すべきか
私は「企業は商売が重要だから、意図的に曖昧にこの問題に対応してきた」と書いた。しかし、現実的には、もっと複雑化している。
もちろん、中国政府の要求に従うのは簡単だ。しかし、欧米、日本、台湾市場におけるブランドイメージの毀損は見逃せない。私は、さほどの影響ではないとは思うものの、今回のセブン‐イレブンの炎上でも、少なからぬ消費者から「もうセブンには行かない」といったネガティブな反応があった。
消費者の不買運動の可能性がある。またもっと怖いのは内部の従業員からの反発だ。離反する従業員がいたら大きなコストになってしまう。
■企業はどんなふうに向き合うべきか
ここで大げさな話になるが、たんにセブンの話ではなく、企業全体の話として次を提案したい。
①地政学リスクガバナンスの確立。台湾の表記問題は、マーケティング部門やウェブデザイン担当者が処理すべきエラーではない。取締役会レベルで議論されるべきだろう。企業は、これらの問題を専門に議論し、対応策を策定する部署や役員を設置する必要がある。
②シナリオ作成。「もし中国政府が特定地域の呼称について、ある名称を使うよう要求してきたらどうするか」「もし自社の役員が政治的な失言をしたらどうするか」これらは戦略的に考えておくべきだろう。もちろん「もし台湾の緊張が高まった場合どうするか」といった地政学的なシナリオも事前に準備しておくべきだろう。
③表現の戦略性。企業は政治的に微妙な地理の場所については、最大限の中立性を追求するべきだろう。だって商売なんだもん。台湾をどう記述するか、政治的な色の薄い言葉を、ずっとずっとずっと見つけ出そうと努力せねばならない。
セブン&アイホールディングスの台湾記述をめぐる炎上は、さまざまな示唆に富む。中国が主張する「一つの中国」と、企業が選んできた「戦略的曖昧さ」とのあいだに埋めがたい溝があるからだ。
コンビニではレジで「お弁当温めますか?」と聞かれるが、本来は「国家同士の関係、温め直しますか?」と提案される必要がある。みなさんへお願い。企業もがんばっているから、記載の齟齬があるかもしれないけれども、たまの失敗は許してやって。
台湾は大切なパートナーだって、誰もがわかっているから、内輪を批判するのは得策じゃない。分断が広がるのは、私たちを利しないと感じている。
坂口 孝則 :未来調達研究所
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