( 309046 ) 2025/07/20 05:52:28 0 00 選管スタッフに付き添ってもらいながら、投票の手続きをする母
投票したいのに、投票することができない――。参院選で論戦が交わされる中、高齢や障害などが理由で、投票所に行くのが難しい人たちがいる。自宅などで投票用紙を記入する“郵便投票”もあるが、対象は要介護度が最も重い「要介護5」の人などのみだ。(報道局・宇田川宗)
都内の施設に入居する要介護4の母。ベッドから起き上がるのにも、介助が必要だ
「選挙の投票に行きたいんだけど」
東京・町田市の有料老人ホームで暮らす母(71)から、電話で話を切り出されたのは、参院選の投開票日まで1週間を切ってからのことだった。
2022年に脳梗塞で救急搬送され、その後遺症で左半身がマヒ。自宅介護などを経て、現在は施設に入居している。「要介護4」と認定され、車椅子を動かすことはおろか、自力でベッドから起き上がることも難しい。若い頃から投票を欠かすことはなかったが、病に倒れてからは、「諦めてきた」のだという。
好きだったクッキー作りや、パソコンでの作業もできなくなり、今は毎日、ベッドの上でテレビを見て多くの時間を過ごす。映るのは、「いまの日本をこう変えたい」と訴える政党や候補者の姿。だからこそ、「憲法や社会保障のことをちゃんと考えてくれる人に一票を投じたい」
町田市のHPより
市のHPを調べると、「障がいのある方、高齢の方等、すべての有権者の方々に気持ちよく投票していただくために、投票所の環境整備、手助けや案内等の支援を行っています」という表記があった。
車椅子や筆談用筆記具が用意されているほか、視覚障害の人のためには、点字投票用紙が準備されている。また、身体が不自由で、投票用紙を自分で書けない人は、係員が補助員となって、意思を代筆してくれる代理投票もできる。投票の秘密も厳守されるという。
だが、これらの手厚い支援は「投票所に行った場合」の話。問題は「どうやって投票所まで行くか」だ。
体の衰えなどで、投票所まで行けない有権者は少なくない。自宅などで投票用紙に記入して、郵送する郵便投票という制度を利用できるのは「要介護5」などの人たちのみ。要介護4の母が一票を投じるには、投票所まで行くことが不可欠だという。記者が家族として、付き添うことにした。
選管スタッフに車椅子を押してもらい、投票箱に向かう母(※市の許可を得て撮影)
入居する施設から、期日前投票の会場になっている市役所まで、歩ける距離だが、道路の凹凸も多いため、タクシーで向かう。ドライバーの方に助けてもらいながら降車して、段差のない庁舎内を進むと、1階の一角に「期日前投票」とのぼりが立つスペースがあった。
平日の昼間だったが、投票用紙を手に入っていく人の列は途切れず。受け付けのタイミングをうかがっていると、“投票に来た方ですよね?”とスタッフが声をかけてくれた。
そして、そのまま母の車椅子を押してくれる。母自身の投票の秘密を守るため、家族とはいえ、付き添いである記者が入れるのは投票所の入り口まで。そこから先は、選管スタッフが母に付き添ってくれた。
投票の夜、母から届いたメール
ちゃんと投票できたか。不安に思いながら待つこと5分。出てきた母に聞くと、記載台のうえでスタッフに用紙を押さえてもらいながら、マヒしていない右手で候補者の名前を書き、自分で投票箱に用紙を投じたという。
多くの人に助けてもらいながらの一票。その夜、投票できたことを喜ぶ母からは「久々に普通に生活している気分を味わえた」というメールが届いた。
日テレNEWS NNN
選挙のたび、若年層の投票率が低いことについては指摘されるが、実は、80歳を超える年齢層の投票率が低いことは、あまり知られていない。
2024年の衆院選で、総務省が全国から抽出した188投票区を調べたところ、最も投票率が高かったのは70~74歳の70.47%。75~79歳も68.99%だったが、80歳以上になると48.79%と、20ポイント近く下がっていた。
一般に、投票率は年齢を重ねるほど高くなるとされているが、80歳以上になると急落する。こうした背景には、体の衰えや障害などで投票所に足を運びにくくなる人が多いことがあるとされている。
総務省の有識者研究会は2017年、郵便投票の対象を「要介護3」まで拡大する報告書をまとめた。当時、要介護認定を受けた人のうち、要介護4については、“約9割が寝たきり状態で、投票所まで行くことが物理的に困難”、要介護3の人についても“ほぼ半数が寝たきりで、現実には投票所に行くことが困難な人が多く、わかりやすい制度にすべき”ということから、郵便での投票を認めるべきだとしたのだ。
だが、それから8年。郵便投票の条件緩和や、電子投票の導入などについて、国会での議論はされているものの進展はなく、いまも見通しは立たない。厚労省によると、2020年度末時点で、要介護3と4の人は、全国で計175.6万人にのぼるという。
結城康博教授(本人提供)
こうした現状に、総務省研究会のメンバーだった淑徳大・結城康博教授(社会福祉学)は、「選挙権は重要な人権のひとつ。高齢や障害があっても、投票の意思を持っている人たちが投票できるような環境を早く整備する必要がある」と話す。
淑徳大・結城康博教授 「要介護度が低くても、投票所に行くのが難しい人もいる。少なくとも、寝たきり状態の多い“要介護3”の人からは、郵便投票を認めるよう、早急に制度を整える必要がある」 「郵便投票には、近所の人や家族による書き換えなど、不正のリスクがあるという声も聞くが、自治体職員が自宅を訪問してチェックするなどの仕組みも考えて、憲法が保障する“投票する権利”を担保すべきだ」
◇
母がどの候補者に投票したのか、記者は知らない。政治に一番望むことが何なのか、も聞いていない。現役世代とその親世代、考え方も異なると思ったからだ。 投票を終えた母は、どこかすっきりしたような表情をしていた。自分の権利を行使できた喜びなのか。母の投票に付き添い、記者自身の一票も大切に投じたいと強く思った。
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