( 309129 )  2025/07/20 07:34:34  
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参議院選での主要なテーマは、与党の一律給付金と野党の消費税減税のどちらが有効かという点であるが、どちらも物価上昇の原因には対処していない。

給付金や減税は物価高騰への「お見舞金」に過ぎず、インフレを抑える力がないことが問題視されている。

特に日本の物価は外的要因から内的要因に移行し、賃上げが物価上昇を引き起こす「悪循環」が生まれている。

政府はこの状況に対し、適切な施策を講じる必要があると提言されている。

 

 

(要約)

( 309131 )  2025/07/20 07:34:34  
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Photo:SANKEI 

 

● 給付金も消費減税も物価上昇の原因に対応せず インフレを「制御」どころか拡大しかねず 

 

 参議院選での主要な争点は、与党が主張する一律給付金か、それとも野党が主張する消費税の減税かの選択になっている。 

 

 これについて、「財源を示せ」という批判がある。その通りだ。しかし、より本質的な問題は、消費税減税にしても一律給付金にしても、物価高騰を抑える力がないことだ。 

 

 これらはいずれも物価高騰を所与とし、「後追い」で経済的補填を行うものに過ぎない。その意味で、物価高騰の「お見舞金」なのだ。物価上昇の原因そのものに手を付けて、物価をコントロールしようとするものではない。 

 

 いま本当に問われるべきは、「物価高騰への対応はお見舞金で済む問題なのか?」という根本的な政策対応だ。 

 

 物価上昇の原因に手を付けなければ、たとえ一時的に家計の苦しさが和らいでも、来年も再来年も同じ「お見舞い」が必要になる。その次の年も同じだ。 

 

 それだけではない。こうした支援策は多くの場合、消費の押し上げを通じて、かえってインフレをあおることになる。 

 

 消費税減税によって税込み価格が低下すれば、消費意欲は刺激される。一律給付金の配布も同様に短期的な需要増をもたらす。需要が刺激されれば、供給制約のある分野では価格がさらに上昇する。 

 

 つまり、インフレを「コントロール」するどころか「拡大」させる全く逆のことを行っていることになる。 

 

 ところが、与党も野党も本当に問われている問題には答えていない。物価上昇の「原因」には目を向けておらず、それを制御する方法についてほとんど何も語っていない。 

 

● 欧米を上回る物価上昇、日本の実質賃金は低下の一途 上昇の原因は外的要因から内的要因に変化 

 

 2025年に入ってから、日本の物価上昇はとどまるところを知らない。 

 

 5月の消費者物価指数(コアCPI、除く生鮮食品)は、前年比3.7%の上昇となった。これで6カ月連続の3%台だ。 

 

 この水準は、アメリカ(5月に2.4%)やユーロ圏(5月に1.9%)と比べてかなり高く、日本のインフレが深刻な問題であることを示している。 

 

 このため、実質賃金は低下を続けている。5月の毎月勤労統計調査によれば、実質賃金は前年同月比で2.9%の下落となった。これで5カ月連続の下落だ。名目賃金が上がっているにもかかわらず、物価がそれを上回るペースで上昇しているため、こうなる。こうして、日本人は確実に貧しくなっている。 

 

 日本の物価が本格的に上昇し始めたのは、22年以降だ。当初は海外発のコストプッシュ要因が主因だった。アメリカにおけるインフレ、ウクライナ戦争に伴うエネルギー価格の高騰、そして急激な円安――こうした「外部要因」が輸入物価を押し上げ、日本国内の価格にも波及した。 

 

 この段階では、政府が補助金や給付金という形で国民に「お見舞金」を渡すことにも一定の合理性があった。 

 

 しかしその後、状況は大きく変わっている。24年から25年にかけて、輸入物価はむしろ下落傾向を示している。日本銀行の企業物価統計によれば、25年5月の輸入物価は前年同月比で10.3%の下落だった。それにもかかわらず、消費者物価は上昇し続けているのだ。 

 

 これは、インフレの主因が「国内要因」に移行していることを意味する。 

 

 GDPデフレーターも、23年以降、急激な上昇を示しており、マクロ経済的にも内発的インフレへの移行が確かめられる。つまり、いまや日本の物価上昇は、原理的に言えば「コントロール可能」な段階に入りつつあるのだ。 

 

● 主因は賃上げと価格転嫁、インフレの“新たな正体” 賃上げで格差と物価との「悪循環」 

 

 インフレの国内要因の代表例が、コメ価格の高騰だ。24年夏以降、日本国内のコメ価格は急激に上昇し、この5月には前年同月比で約2倍の水準に達した。この背景には日本のコメ政策の誤りがある。 

 

 もっとも、コメ価格の消費者物価上昇に対する寄与率は0.38に過ぎず、たとえコメ価格が正常化したとしても、物価上昇率は依然として3%を超える。つまり、コメ価格だけでは全体的なインフレを説明するには不十分だ。 

 

 なおこの事態に対応して、政府備蓄米放出制度の入札方式から随意契約方式への切り替えが行われ、米価は下落した。6月の消費者物価統計にはその結果が表れるだろう。 

 

 より本質的な要因は、賃上げの価格転嫁だ。 

 

 

 23年以降、多くの企業が「物価上昇への対応」として賃金を引き上げてきた。これは一見、好ましい動きに見える。問題は、賃上げが生産性の向上に裏付けられていないことにある。 

 

 生産性が上昇しない状況下で賃上げを行うには、利益を圧縮するか、売上価格に転嫁するしかない。全体的に見れば、企業は利益を圧縮しないので、賃上げ分は販売価格に転嫁されている。転嫁は取引の各段階で行われ、最終的には消費者物価を上昇させる。 

 

 このような賃上げメカニズムはさまざまな問題を持つ。 

 

 第一に、企業間で転嫁力に格差があるため、価格転嫁が容易な大企業で賃上げ率が高くなり、下請けなどの賃上げ率が低くなる。こうして、価格転嫁できる企業とできない企業との間の賃金格差が拡大する。 

 

 第二の問題は、転嫁によって物価が上昇するため、賃金をさらに引き上げる必要が生じることだ。こうして賃金と物価の「悪循環」が起きる。 

 

● 「イギリス病」の再来を防げ 生産性向上やデジタル化促進の構造対策が重要 

 

 日本の現状は、1970年代の「イギリス病」を想起させる。オイルショックを契機に、イギリスでは生産性を超える賃上げが広がり、それが価格転嫁を通じて物価上昇を招き、再び賃上げ圧力を生むというスパイラルに陥った。そして、イギリスは国際競争力を失い、大規模失業を抱えるという深刻な問題に直面した。 

 

 日本はいま、イギリス病の入り口に立っている。それにもかかわらず、政府も日銀も、この状況を経済賃金と物価の「好循環」と肯定的に捉えている。 

 

 こうなるのには理由がある。まず企業としては、物価が上昇していれば転嫁が容易になる。政府の立場からすると、インフレになれば税収が増加し、政府財政は短期的には好転する。そして、実質的な債務負担が減少する。また年金の「マクロ経済スライド」も実質的な給付を減少させる。 

 

 いま本当に必要なのは、物価上昇を所与の事実として対症的な「お見舞金」を配ることではなく、インフレの根本的原因――構造的な要因――に対して有効な対策を講じることだ。 

 

 短期的には、価格転嫁の監視と透明化、生産性向上への集中投資、賃上げの質の向上(たとえば定昇重視から成果連動型への移行)などが求められる。 

 

 とりわけ重要なのは、中小零細企業におけるデジタル化の促進だ。25年版『情報通信白書』は生成AIの活用について、日本が諸外国に比べて大きく遅れていると指摘している。こうした現状の改善は、喫緊の課題だ。 

 

 それに加えて中長期的には、農業政策やエネルギー政策の合理化によって供給制約を緩和し、価格の安定性を取り戻す必要がある。 

 

 生産性の引き上げといっても簡単にできることではない。すぐに効果が表れるわけではない。しかし、地道な努力を続けることが必要だ。 

 

 (一橋大学名誉教授 野口悠紀雄) 

 

野口悠紀雄 

 

 

 
 

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