( 309981 ) 2025/07/23 06:08:20 0 00 スシローの英断とくら寿司の失策(写真:beeboys / Shutterstock.com、西村尚己/アフロ)
回転寿司チェーン、スシローとくら寿司の中国市場における運命は正反対に分かれた。スシローは75店舗を展開し、北京の店舗では400組待ちとなる異常な人気ぶりだ。一方、くら寿司は2023年進出からわずか2年で約11億円の損失を出し、完全撤退という結末を迎えた。日本では人気を二分する寿司チェーンだが、なぜ中国でこれほど明暗が分かれたのか。その背景には、ある重要な判断の違いがあった。
中国の上海市に3店舗を展開していた「くら寿司」が中国市場から完全撤退することを決めた。2023年6月に進出し「10年以内に100店舗」の目標を立てていたが、それは叶わなかった。
運営していた台湾の子会社「亜州蔵寿司」の財務報告書によると、約2年間に累計で2億2,848万ニュー台湾ドル(約11.4億円)の損失を出す結果になった。
一方、2021年9月と一歩早く進出していた「スシロー」は現在中国で75店舗を展開し好調だ。
特に北京市の9店舗はいずれも“過熱”と言える人気で、5月の連休時には待ち行列が400組を超える店舗も出た盛況ぶりだ。オンラインから順番待ちの受付ができ、呼び出し時にいなければ自動キャンセルとなるため、「受付だけした」という人もかなり含まれているものの、店舗前には常に数十人が並んでいる状態が続いている。さらに、予約もピーク時には2カ月先先までいっぱい、執筆時点でも3週間先でないと空きがない状態だ。
くら寿司とスシローは、日本では店舗数でスシローがリードしているものの、人気を二分するライバルだ。どちらも高コスパであり、利用額に応じた抽選があるなどのエンタメ性も兼ね備えている。中国でここまで明暗が分かれた要因はどこにあったのだろうか。
そもそも中国の食文化には「冷たい料理は食べない」「生ものは食べない」という傾向があるが、2010年代に上海などの大都市に寿司店が続々と誕生し、中国人の味覚が変わったとも言われた。
しかし、このような寿司店は、日本でいう高級寿司店であり、富裕層やマンションの転売で大きなお金が入った人が行ったり、接待で使われる店であって、寿司が受け入れられたのかというと疑問が残る。寿司よりも高級和食店というスタイルが人気の理由だった。
2010年代末になって、日本の回転寿司チェーンが本格的に進出を始めると、この食文化の違いに悩まされることになった。中国の外食産業に特化した分析機関が発表した「日本料理発展報告2025」に、現在の寿司店での人気メニューランキングが掲載されている。それを見ると、やはり日本人と中国人の嗜好の違いは明らかだ。
ランキングから分かるように、“生魚”の寿司がサーモンを除いてほとんど出てこない。以前あれほど人気だと言われたマグロは19位以下にまで沈んでいる。多くがエビ、カニ、タコ、貝という魚以外の海産物であり、しかも加熱された食材が多い。報告書でも、「加熱ネタが増える傾向にある」と特筆しているほどだ。さらには、たこ焼きやラーメンといったメニューも寿司屋の人気メニューとしてランキングされている。
東アジアの海水魚の漁場は黒潮圏にあるため、中国の沿岸都市からは距離がある。そのため、中国では近海物のエビ、タコ、貝を食べ、魚と言えば淡水魚が中心だった。淡水魚は寄生虫の問題や泥臭さがあるために、しっかりと調理する。そのため、海産物を生食するのは貝類などごく一部に限られ、魚介類は加熱調理して食べるという習慣が定着している。
飲食店が中国に進出する場合、この食文化の違いを考慮したメニュー設計が必須となる。スシローはここがうまかった。
スシローの中国店舗メニューは、生食メニューが半分以下に抑えられ、加熱ネタを充実させている。チャーシューや天ぷらなどの握りもあり、寿司というよりは、おにぎりの具の感覚だ。日本のスシローのメニュー構成と比べてみると、その違いがよく分かる(下図)。
一方、くら寿司はこの対応に甘さがあったことは否めない。日本の寿司文化を理解してほしいという思いが強かったのか、あるいは生食に抵抗感がない台湾での成功が影響したのか、6割近くが生食メニューになっている。
中国のグルメレビューサービス「大衆点評」には、くら寿司に対して不満を述べる投稿が、数は多くないものの散見される。その内容は「ネタが生臭い」というものだ。
くら寿司ほどのチェーンが、劣化した食材を使うことはないだろう。おそらく、生食メニューが多いため、食べ慣れていない生の魚介類を多く食べることになり、食後に不快感を覚えたのではないだろうか。日本人が油を多用した本格中華を食べると、食事としてはおいしくても、後で胃がもたれることがあるが、あの現象の裏返しではないかと思う。
そのためか、興味深い現象が起きている。スシローは1皿10元から、くら寿司は1皿12元からという価格設定だが、大衆点評による利用者の実際の利用額平均は、スシローが「120元から150元」に対し、くら寿司は「100元前後」にとどまっている。
つまり、スシローではたくさん注文する人が多いが、くら寿司は適度な注文量でとどめてしまう。単純計算で、スシローでは12皿以上を食べるが、くら寿司では8皿程度しか食べていないことになる。
これは、中国の飲食業界で、味よりも重要な要素とされる「満腹感」について大きな違いとなる。メニュー構成の違いにより、スシローはこの満腹感が提供できているが、くら寿司は生食メニューが多いため手が止まってしまい、満腹感を提供できていなかった可能性がある。
さらに、スシローは常に5元から8元のサービスメニューを用意している。このサービスメニューでお腹を膨らませ、高級メニューで味を楽しむ。この「満腹感」と「味」の両方を提供できていることがスシローの人気の理由だ。人気になっているサーモンやフォアグラがサービスメニューになる時期には、週末の待ち行列が数百組になることも珍しくない。
また、細かいことかもしれないが、スシローにはうどんとラーメンが用意されている。一方、くら寿司はうどんのみ。寿司屋にきて豚骨ラーメンを食べるとは日本ではイメージがつかないだろうが、中国では「日本食=ラーメン」なのだ。さらに、冷たいメニューばかりで温かい汁物が食べたい、満腹になりたいという欲求も満たすことができる。スシローは、中国の食の嗜好をよく研究し、寿司屋という枠組みにこだわりすぎず「寿司を中心にした和食レストラン」を非常にうまくつくりあげた。
では、スシローがこのままの勢いで拡大していけるかというと、乗り越えなければならない課題はまだたくさんある。
1つは、ライバルが多いこと。店舗数のランキングでは、スシローは14位。日系寿司チェーンの「元気寿司」「はま寿司」を追いかける立場だ。
店舗数トップの「N多寿司」以下、多くの中国系チェーンは、巻物を中心にしたお持ち帰り寿司で、家庭で食事の一品として食卓に並べられることが多い。中華食材をふんだんに使い、寿司と呼べるかどうかは疑問ながら、中国家庭の食卓に定着しつつある。
スシローはチャーシュー握りなどユニークなメニューで、中国人の心をつかんだが、それもスシローオリジナルというわけではなく、各チェーンが互いに競争し、学び合うことで、寿司メニューの同質化も指摘されている。その中で、台湾の争鮮回転寿司(Sushi Express)は、明太子と焼きサーモンを組み合わせるなど、独自の創作メニューを次々と投入してきている。
スシローの客単価は、寿司チェーンの中では突出して高い。現状では「高級寿司と遜色ない品質でコスパがいい」と評価されているが、高級路線で独自性を打ち出していくのか、それとも単価を下げて庶民化を狙うのか、難しい選択を迫られることになる。
いずれにしても、日系企業は中国市場で敗退することが多く、しっかりと定着していると言えるのはサイゼリヤぐらいだ。
寿司、日本料理、居酒屋など日系料理の主要プレーヤーの多くは中国企業になっている。それは中国に限った話でなく、欧米でも日本料理店の大半は中国人が経営しており、フランスでは「Chiponais」(シポネ)という言葉も知られるようになっている。フランス語で「Chinois(中国人)+Japonais(日本人)」の造語で、中国人が経営する日本料理店のことだ。Chiponaisは剽窃ではなく、和食の伝統にとらわれない創作和食が人気になっている。
日本人が経営する日本料理店は、伝統にこだわりすぎて残念ながら人気を失うことが多いようだ。その中で、寿司の伝統も理解しており、なおかつ柔軟に創作メニューを大量投入できるスシローのような日本企業が中国で成功することには大きな意味がある。本物、本場の味を、現地の人の味覚に合う創作メニューに昇華できるか、それが日本勢の鍵になってきそうだ。
執筆:ITジャーナリスト 牧野 武文
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