( 311031 )  2025/07/27 05:19:11  
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苦境を経て方向転換を果たした銀座に志かわ 

 

かつて2010年代後半に、“高級食パンブーム”が巻き起こったのを覚えているだろうか。 

食パンが「1本2斤で1000円弱」ーー。暮らしのプチ贅沢や、手軽なギフト需要として、瞬く間に世間に浸透した高価格帯の食パン。一説によれば、最盛期は1000店舗以上の専門店が林立したというが、結局は一過性のトレンドに収束し、各ブランド大量閉店の憂き目にあった。 

飲食業界において栄枯盛衰は常だが、高級食パンの盛り上がりはなぜ起こったのか。 

 

■600本の食パンが連日完売 

 

 コロナ禍の直前ごろ、近所の高級食パン専門店に連日、行列ができていたのを覚えている。朝10時の開店を待ち、休日は多い時で30〜40人が焼きたてを求める光景を傍目に見ながら、いささかブームを疑問に感じていた。 

 

 1本2斤で1000円弱(価格は当時)と、市販に比べて3〜4倍近い値段の食パンが、なぜ飛ぶように売れるのかーー。なかには食パンが入った白無地の化粧箱を、両手に抱える客も散見されたが、大量の食パンを数千円分も購入していると考えれば不思議な光景だった。 

 

 「1店舗で仕込める食パンは、1日で最大約600本、それが連日いたる店舗で完売していた。ブランドを立ち上げた2018年から2021年頃までは、売上も店舗数も右肩上がりで、高級食パンが当たり前に定着したものだと錯覚しそうになった」 

 

 ブームの一翼を担った『銀座に志かわ』の親会社、OSGコーポレーション代表取締役の湯川剛氏は、全盛期をそう振り返る。当時『銀座に志かわ』は、税込864円で販売していたため、1日600本売れると考えれば、単純計算で日計50万円を超える。 

 

 なぜここまで人々は、高級食パンの虜になったのかーー。 

 

 暮らしの中のプチ“贅沢”として、あるいは“気の利いた手土産”として、ヒットの要因が語られてきたなか、湯川氏の話からはまた違ったブームの側面が見えてきた。そして流行に乗じて店舗展開を進めた他社ブランドが、軒並み大量閉店の憂き目に遭った背景も浮かんできた。 

 

■異業種が参入しやすいビジネスモデル 

 

 高級食パンブームの発端は2013年、大阪で創業した『乃が美』とされる。卵を使わずに、生クリームや蜂蜜でしっとり甘く仕上げた生地は、そのまま食べても美味しい“生食パン”として話題を集めた。それまで食パンといえばトーストするのが通例であり、テレビで「とろける食感」「ふわふわの生食パン」と紹介されれば、物珍しさも相まって実店舗には行列ができた。 

 

 

 また同年には、セブン-イレブンが1斤税込250円(価格は当時)と、ワンランク上の『セブンゴールド 金の食パン』をリリースして、発売4カ月で1500万個販売の大ヒットを記録。世間的にも贅沢志向が高まっていた兆しがうかがえる。 

 

 好調が続く『乃が美』は、2018年に100店舗を展開、さらに全店の売上100億円の大台を突破する。 

 

 この前後から、他社の参入が目立ち始め、高級食パン専門店は一気に林立する。2016年には『俺の』シリーズでお馴染み『俺のBakery』が、2017年にはチーズタルト『PABLO』の姉妹ブランドにあたる『高級食パン専門店 嵜本(現SAKImoto bakery)』が、2018年には変な店名でお馴染みベーカリープロデューサー岸本拓也氏が手掛けた店舗や、前述したOSGコーポレーションの『銀座に志かわ』などが、続々と暖簾を構えた。 

 

 焼けば焼くほど儲かる仕組みもさる事ながら、参入障壁が低いことも、専門店が立ち並ぶ大きな要因だった。いわゆる一般的なベーカリーであれば、菓子パンや惣菜パン、サンドイッチなど商材が幅広く、そのぶん製造工程や発注管理は複雑になりコストが嵩む。 

 

 対して、食パンの一本釣りであれば、店舗運営のオペレーションは最低限に抑えられる。従業員からすれば大量の粉をこねて、パンの元種を作る工程は重労働であるが、仮にセントラルキッチンで冷凍生地を用意できれば効率化も図れる。ある意味オーナーからすれば、利益率が見込みやすく、比較的入り込みやすいゆえ、異業種からの参入も多かった。 

 

■ブームの過熱はメディアの影響?  

 

 事実、『銀座に志かわ』を手掛けるOSGコーポレーションは、創業1970年以来、浄水器の製造販売を手掛けてきた大手メーカーだ。それまで浄水器一筋で社を築いてきた中、創業50周年が近づくタイミングで、湯川氏は新事業に乗り出そうと模索していた。 

 

 そこで、本業で扱ってきた水と、これまで培ってきた取引先とのネットワークを武器に、高級食パンのブランドを立ち上げた。 

 

 「『銀座に志かわ』が第1号店を出した2018年秋は、『乃が美』さんの約100店舗を含め、全国で高級食パン専門店は200〜300店舗あったかと思います。それから2年4カ月の間で、『銀座に志かわ』は100店舗を達成し、その間に業界全体としても専門店が急増。全国で1500店舗近くあったのではないでしょうか」 

 

 

 続けて、湯川社長は、短期間で高級食パン専門店が急増した背景を分析する。 

 

 「当社が参入を決めた時、すでに『乃が美』は5年で100店舗近くを展開して、草の根的存在として知名度もあった。一方で、異業種からの参入で、先行者利益もない当社は分が悪い。そこで本業で培った3000近い取引先を活かして、フランチャイズ募集を行い、出店スピードを速くしてインパクトを残そうと考えた。 

 

 そこで打ち出したのが『3年で100店舗』というベンチマークです。加えて、我々が銀座に1号店を出店した際、『銀座食パン戦争』と銘打ってリリースを出しました。あえてメディアの関心を煽るような仕掛けを打ったんですね。銀座エリアにはほぼ同じ時期に『俺のBakery&Cafe』さんが歌舞伎座周辺に店舗を出した。だから“銀座食パン戦争”です。 

 

 その後2018年11月に、大阪を拠点にしていた『乃が美』さんが、麻布十番に出店して東京初進出を果たします。そこで当社も2019年1月に、あえて大阪・船場に2店舗目を出すんですね。『乃が美』さんのお膝元である本場で認められてこそなんぼだと挑戦して、開店を知らせる記者会見では『東西で食パン大戦争が起こる』と宣言したわけです。 

 

 そしたらメディアが反応して、テレビの経済番組・ワイドショー・バラエティ番組で連日、『食パン東西戦争だ!』『食パン戦国時代だ!』なんて取り上げてね。当時は『ガイアの夜明け』やらでブランドを比較する趣旨の取材が絶えなかったです。 

 

 そうした報道を起点に、折からの盛り上がりに、さらに拍車がかかって、各ブランド一気に攻勢をかけようと出店が相次いだのではないか。これが高級食パンブームの本質的な正体だと見ています。 

 

 結果的に、当社が出した『銀座食パン戦争』というリリースが薪をくべたのではないでしょうか」 

 

 『膨らむ! “食パン戦国時代”』と銘打って放送した『ガイアの夜明け』(2019年5月7日放送)をはじめ、連日メディアでは「食パンの東西抗争」「新旧対決」「空前の大ブーム」などと見出しがつき、それに反応した視聴者がさらに店舗を訪れる。ある意味で、事業者、メディア、視聴者が渦のように巻き込まれ、あれよあれよとトレンドは過熱していく。 

 

 

 「高級食パンのブームは1社だけじゃここまで大きくならなかった」と湯川氏。表向きに見れば、“日常のちょっとした贅沢”や、“気の利いたギフト需要”として盛り上がりが謳われた高級食パンブームだが、その内実は事業者とメディアの影響も色濃くあったと振り返る。 

 

■売上40億円超から大量閉店へ 

 

 OSGコーポレーションのIR資料によれば、『銀座に志かわ』がピークに達したのは2020年頃。2021年1月期(2020年2月1日~2021年1月31日)の『銀座に志かわ』の業績は、41億4276万円(前年同期比60.1%増)と過去最高を記録。創業50周年を迎えたOSGコーポレーション全体としても、初の業績100億円超を記録し、高級食パンで節目を飾る結果となった。 

 

 一方で、食パン専門店が乱立することで、競争の激化は避けられない。特に、高価格帯で火がついたぶん、「どこでも買える」という「レア感が薄れたこと」は大きな痛手だった。 

 

 前述した通り、急速に広がったブームも一転、綻びが見え始めれば、コインの裏表のように醒めるのも速い。メディアの露出も落ち着き、コロナ禍で行列が制限されたことで、熱狂も収まりを見せた。 

 

 手のひらを返したかのように、世間では「味が単調」「原価が安いのでは?」との声も囁かれ、ロシアとウクライナ間の戦争による小麦高騰が直撃したのも逆風となった。 

 

 多くのブランドが食パンの一点突破である以上、他の商材で潰しが利か無かった。各ブランドともに経営が苦しくなり、不採算店舗の徹底を迫られた。 

 

 とりわけ『乃が美』は2023年以降、本部とフライチャイジー間の“泥沼訴訟”も取り沙汰された。経営が行き詰まったフランチャイジーが、ロイヤリティーの引き下げや、契約解除時に発生する違約金撤廃などを求め、本部を訴えたことで業界全体にネガティブな印象が付くことも避けられなかった。 

 

 御多分に洩れず、『銀座に志かわ』も約140から50店舗前後に、前出の『高級食パン 嵜本(現SAKImoto bakery)』も約40から14店舗に縮小を余儀なくされる。参入時期や拠点地域にかかわらず、各ブランド大量閉店の道を辿ったことで、業界全体の沈静は明らかだった。 

 

 高級食パンに限らず、タピオカドリンクや唐揚げ、マリトッツォなど、一過性のブームで終わる事例は多々見受けられる。話題性が先行して、メディアで取り上げられれば一気に火がつくも、必ずしも味や価格面のスペックが伴っているわけではない。 

 

 トレンドの大半が長続きしないことを鑑みれば、改めてブームとは、持ち上げられて作られる側面も大きいと実感する。 

 

とはいえ、高級食パンのブランドは今なお存在する。大量閉店の憂き目に遭ったブランドは、現在どのような姿に変わっているのか。後編ー最盛期の3分の1に「銀座に志かわ」驚くべき今の姿ーで詳報する。 

 

佐藤 隼秀 :ライター 

 

 

 
 

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