( 311601 )  2025/07/29 06:34:59  
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令和のコメ騒動の真相は?(写真はイメージ) 

 

 今回の参院選でも争点のひとつとなった「コメ」価格の高騰対策――。 

 

 周知のとおり、コメの価格高騰対策のため、小泉進次郎農林水産大臣は、随意契約によって備蓄米を大放出した。スーパーに備蓄米が並び始めると、5キロ5000円台に突入していたコメの平均価格は下落。現在は3500円台あたりとなっている。 

 

 しかしその一方、今まで貯蔵していた備蓄米を放出したことで、内部では歪みが発生。なかでも、備蓄米を保管している倉庫会社たちからは悲鳴が上がっている。 

 

 今回は、そうした倉庫会社の現状についてレポートしたい。 

 

 備蓄米を扱う業界団体「全国定温倉庫協同組合」の6月の発表に業界は一時、騒然となった。今回の備蓄米の大量放出によって、全国で東京ドーム約8個分の空きが生じ、倉庫側の保管料の損失が1か月あたり計約4億6000万円になる、というのである。 

 

 その後、自民党の物流倉庫振興推進議員連盟で、月額1万トンあたり750万円の支援措置を講じることが緊急決議され、保管料は補償される方向で話は進んでいる。 

 

 しかし今回の騒動で、備蓄米を保管していた倉庫会社からは、「負担は保管料の補償だけでは相殺できない」という声が上がっているという。 

 

 備蓄米の買い入れは毎年原則約20万トン。保管期間は5年なので、倉庫会社の倉庫には貯蔵年数の違うコメが計約100万トン備蓄されている。5年経ったコメは、肥料用などとして払い下げられる仕組みだ。 

 

「備蓄米は『先入れ先出し』が原則。先に入ったもの、つまり古いコメから出ていく。しかし、今回の緊急放出は『後入れ先出し』で、新しいコメから先に出て行った。『先入れ先出し』を前提にしたレイアウトになっている倉庫では、作業効率が落ちるため、負担は通常よりも当然大きくなります」(元流通専門紙記者) 

 

 さらにもう一つ、倉庫会社の負担になっているものがある。 

 

「荷役作業」だ。 

 

 荷役作業とは、手で一つ一つ積み降ろしをする作業のことを言う。 

 

「備蓄米の玄米は、通常30キロの茶色い紙袋に小分けされ、『フレコンバッグ』に入れられています。5年の貯蔵期間を迎えると、フレコンバッグごと一気に倉庫から出されるため、リフト一つあれば作業はできますが、今回の緊急放出では、必要分を小出しにしなければならず、手荷役が生じてしまうんです」(同) 

 

 当然、リフトより時間も労力もかかる。しかし、こうした付帯作業料に関する補償については、今のところ話が出ていないという。 

 

 

 倉庫会社からは、今回の「大量放出」以前からこんな声が聞かれていた。 

 

「備蓄米はもうやりたくない」 

 

 その大きな原因になっているのは「受託事業体制度」だ。 

 

 受託事業体制度とは、いくつかの民間企業がグループ(受託事業体)を組み、共同で備蓄米を入札する仕組みで、こうした受発注の方法は、建設業など、他のブルーカラーのなかでもよく見られる。コメ業界の場合、入札時の代表になるのは大概、大手商社か米卸業者、大規模物流企業などで、その下に流通企業や倉庫会社が連なる。 

 

 この受託事業体制度ができるまで、備蓄米の保管、運送、カビのチェック、変形加工、流通などの業務は、すべて国の管轄で、当該業務が発生するたびに、農林水産省が業者を選定・契約し、個別の業務をそれぞれ委託・管理していたのだ。 

 

 しかし、カビが生えたりネズミが侵入したりして食べられなくなった事故米を食用として高く売り流通させた「事故米不正転売事件」(平成20年9月)などをきっかけに、これら一連の業務を、平成22年10月から包括的に民間事業体(受託事業体)に委託するようになった。 

 

 そのころから「保管料」が大幅に下がり、利益が薄くなったことでやめていった倉庫会社も多い。しかし、何よりもやめたいと思う理由は、その構造にあるという。 

 

「受託事業体制度は、一種の多重下請け構造になっているんです」(同) 

 

 受託事業体制度には、先述した通り、実際に入札する会社(商社)をトップに、いくつかの事業体が集まっている。が、その末端にいるのが倉庫会社だ。 

 

「カビが生えたり、水に浸かったり、ネズミの被害(鼠害)に遭ったりした、いわゆる『事故米』が生じた際、構造上、すべての責任を倉庫会社さんがもたされている現状があるんです」(同) 

 

 コメ保管の現場では、この事故米の発生は免れない。なかでも野生の動物は、どんなに精巧な仕掛けを施しても庫内に侵入してくる。 

 

 こうした事故米の対応に対し、国交省が定める標準倉庫約款には、「善管注意義務」が記されている。要は、「普段から気をつける義務」、「保管時、常にベストな状態が保てるように管理しなければならない義務」のことだ。  

 

 しかし、裏を返すと、ネズミ捕りやネズミ返し、湿度調整装置の設置など、この善管注意義務をしっかり遂行していることが証明されれば、倉庫会社の補償に関しては免責になる、ということだ。 

 

 ところが、備蓄米に関する農林水産省との契約には、「倉庫会社が補償しなければならない」とされているという。 

 

「しかも、実際お金を払うのはほとんどすべてが倉庫会社。立場が非常に弱いんです。これが、業界で『倉庫会社が多重下請け構造の末端にいる』と言われる所以です」 (同) 

 

 

 さらにもう一つ、「備蓄米はもうやりたくない」という声が上がるのが、事故米に対する備蓄米と民間米との対処の違いだ。 

 

 鼠害を及ぼすネズミは、配管や屋根裏など、人間の手が届かないような狭い場所などを通ってやって来るため、体がホコリまみれ。そんな状態でコメ袋に侵入すると、ネズミの通った跡が、黒や白の線状になって着く。  

 

 一般的にスーパーなどに出回る「民間米」の事故米は、そのネズミの通った筋があれば当然その部分は取り除き、その周辺にあった米も、国が派遣した組織の検査や判定を経て、ランクを落として流通させる。 

 

 しかし、備蓄米で鼠害などが出た場合、その周辺に積まれているコメがすべて事故米扱いになるのだ。すべてのコメを事故米とされるため、なかには億を超える賠償をさせられるケースもある。 

 

 備蓄米は、それほどリスクが高いため、受託事業体制度ができて以降、「備蓄米はやりたくない」という倉庫が増えているのである。 

 

「備蓄米をやれるところは意外に少ない。施設の設備をちゃんとしなくちゃいけないし、地理的にも向き不向きがある。昔から倉庫業をやっている老舗の倉庫会社さんが多い」(同) 

 

 備蓄米を扱う現場は、コメそのものだけでなく、管理できる倉庫もが消えてなくなってしまうかもしれない危機に直面しているのである。 

 

橋本愛喜(はしもと・あいき) 

フリーライター。元工場経営者、日本語教師。大型自動車一種免許を取得後、トラックで200社以上のモノづくりの現場を訪問。ブルーカラーの労働問題、災害対策、文化差異、ジェンダー、差別などに関する社会問題を中心に執筆中。各メディア出演や全国での講演活動も行う。著書に『トラックドライバーにも言わせて』(新潮新書)、『やさぐれトラックドライバーの一本道迷路 現場知らずのルールに振り回され今日も荷物を運びます』(KADOKAWA) 

 

デイリー新潮編集部 

 

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