( 312918 ) 2025/08/03 05:22:35 0 00 『入国審査』 ©2022 ZABRISKIE FILMS SL, BASQUE FILM SERVICES SL, SYGNATIA SL, UPON ENTRY AIE
排外主義の問題が世界的に広がっている。第二次ドナルド・トランプ政権下のアメリカでは、移民の逮捕や強制送還が相次いだ。外国人への攻撃的な言説が、メディアやSNSを通じて世界的に蔓延し、いまや“自国ファースト”の風潮はとどまるところを知らない。
映画『 入国審査 』(8月1日公開)は、スペイン・バルセロナからアメリカ・ニューヨークにやってきたディエゴ&エレナのカップルが、理不尽かつ不合理な入国審査にさらされる心理スリラーだ。南米ベネズエラ出身のディエゴとスペイン出身のエレナは、事実婚のカップルとして新天地での再出発を夢見ていたが、密室での尋問がすべてを塗り替えていく……。
◆◆◆
世界の映画祭を席巻した本作を手がけたのは、今回が長編監督デビューのアレハンドロ・ロハス&フアン・セバスチャン・バスケス。撮影わずか17日間、製作費65万ドルという低予算ながら、世界の「今」を的確にとらえた。7月上旬、ロハス&バスケスが揃って来日。映画のテーマがますます切実なものとなる今、作品に込めた思いと、不寛容な社会に対する願いを語った。
ロハス&バスケスはともにベネズエラ出身。創作のきっかけとなったのは、実際にアメリカに入国しようとした際、税関で足止めを受け、別室での二次審査を受けたことだった。
ロハス 決して良い経験ではありませんでした。尋問を受け、出身地を問われ、一方的に判断される――その経験をもとに、見たことのない物語を描けるかもしれないと考えたことがすべての始まりでした。
バスケス 物語を作ること自体がセラピーのようなプロセスでした。自分たちの体験と恐怖を伝えたいという一心で、最初は映画になるとは思わないまま執筆を始めたんです。僕たち自身と周囲のエピソードを織り交ぜていくうちに、60ページの草稿ができました。
ロハス 空港職員の対応はケースバイケースです。この映画で描いたのは、「入国理由を説明せよ」と命じ、実際は理由を知っていながら一から説明させ、ある段階で攻撃に転じる戦略。入国者を理由もなく待たせて不安にさせるのも戦術で、多くの人々が経験していることですが、密室で起きているがゆえ、これまではほとんど知られていませんでした。
2人が出会ったのは約20年前、アメリカの大手ケーブルテレビ局「HBO」のラテンアメリカ部門だった。当時は異なる部署で働いていたが、「いつか一緒に仕事をすることになるかもしれない」と感じていたという。
のちにロハスがベネズエラからバルセロナに移住したとき、すでに現地で働いていたのがバスケスだった。監督・編集者として働いていたロハスと、撮影監督としての経験豊富なバスケスは意気投合し、互いのスキルを融合させて創作のパートナーとなったのだ。
初めての長編映画ながら、製作プロセスは最初からスムーズだったという。コロナ禍だったこともあり、脚本はGoogleドライブ上で2人が同時に執筆。アイデアを互いに出し合い、登場人物のセリフをその場で演じながら、よりリアルで心に刺さるストーリーを追求した。意見はほとんど対立せず、常に同じイメージを共有できていたそうだ。
主人公のディエゴ&エレナは事実婚のカップルで、ディエゴは監督2人と同じベネズエラ出身、エレナはスペイン・バルセロナ出身という設定。「これ以外の設定はありえなかった」と2人は声を揃える。それぞれの背景や過去、与えられた権利が異なるために、入国審査で受けるストレスにも違いを出せることが決め手だったという。
バスケス 最初はベネズエラ人同士のカップルという設定でしたが、あるとき、エレナをヨーロッパ出身の設定にすれば、我々の日常的な経験を彼女が目撃するかたちで物語を描けると思いました。ある土地で生まれ、グレーな過去があるだけで疑われる——本当にばかげた話ですが、それが国境警備官の発想です。「私は大丈夫」と思っていた彼女も、やがてその影響に直面する。国際政治の力学が個人に与える影響を表現するうえで、これ以上のやり方はありませんでした。
スペインでは「パレハ・デ・エチョ」といい、事実婚(内縁関係)が公に認められている。だからこそディエゴ&エレナは自分たちの関係を疑問に思っていないが、そのことが審査官の疑念をかきたてるのだ。この設定にはバスケスの実体験が反映されている。
バスケス 僕とスペイン人のパートナーは正式に結婚していません。すると、僕が南米出身というだけで、いつも「権利のために一緒にいるのか、書類に必要だからか」と聞かれます。しかし、ある土地で理想の生活を送るために書類が必要なとき、愛する人がその問題を解決してくれることに何の問題があるのでしょうか? 2人の関係に書類が関わることは、互いを愛していないことにはまったくなりません。それでも僕たちは関係に疑問を持たれ、説明しろと迫られる。それが日常であり、現実なのです。
ディエゴがベネズエラ出身であることには、もちろん監督2人の思い入れがある。かつてラテンアメリカを植民地としていたスペインでは現在も差別が根強く残っており、南米出身者はひどい扱いを受けることがあるそうだ。ディエゴもそれゆえに自分が期待した結果を得られず、アメリカン・ドリームに賭けることになる。
バスケス 故郷や居場所、権利を失った人々はまともな生活を求めて移動します。多くのベネズエラ人が、さまざまな国に移住し、けれどもうまくいかず、2度や3度、4度目の移住を余儀なくされています。我々ベネズエラ人はメディアなどを通じて、アメリカン・ドリームを信じ込まされてきました。アメリカが移住先として選ばれやすいのは、「アメリカにはチャンスがある、きっとうまくいく」という刷り込みがあるせいです。
ロハス しかし、それらはアメリカン・ドリームではなくアメリカン・ナイトメア(悪夢)でした。2025年の今、人々がそのことにようやく気づきはじめたのです。僕たちや家族、友人が税関で経験したことは、実際はトランプ政権よりも以前から続いていました。アメリカの移民政策はずっと昔からひどいものだった。
バスケス もちろん、トランプを擁護しているわけではないですよ(笑)。
ロハス その通りです。トランプの登場後、以前は隠蔽されていたものが、もはや隠すことさえされなくなった。映画の冒頭にトランプの名前を出したのは、そのことを明確に示しておくためです。
「第二次トランプ政権で何が起こるのか、まったく予想がつかなかったし、今もまだわからない」と2人はいう。日本でも先日の参議院選挙で「外国人問題」が大きな論点となったように、移民問題が今後、世界的にますます大きくなる可能性は高いだろう。
「人種差別にはいくつもの層がある。本作ではそのことも描きたかった」とバスケスは言う。本作が重層的なのは、ディエゴ&エレナを取り調べる女性審査官が、白人社会ではマイノリティの有色人種であることだ。彼女は、ある意味で同じ立場であるはずの2人を高圧的な態度で追い詰めていく。
バスケス アメリカの税関にいる警官が南米出身、またはその子孫であるにもかかわらず、白人と同じように差別的な場合もあります。同じ背景や民族性を有する人でさえ、古い世代のアメリカ人より民族主義的になりうる。それは、植民地化とヨーロッパの白人優位性のもとで築かれたのが現在のアメリカ文化だからです。
同じような問題はヨーロッパでも起きている。バスケスによれば、イタリア人の祖父をもつベネズエラ人が、国籍を盾に「南米の人間はヨーロッパに来るな」と主張するケースがあるそうだ。
海外での上映後、観客からは自国との共通点を語る声がいくつも寄せられたという。「悲しい理由ながら、この映画が深い共感を呼んでいることは確かです。それでも、多くの議論や会話のきっかけになるとしたらうれしい」とロハス。
日本を含む世界中で広がり続けている排外主義を、現在の2人はどのように見ているのか。
バスケス 人間が他者を受け入れられないことは、本当に恐ろしく、悲しい――これ以外に適切な言葉が見つかりません。日本の状況はわかりませんが、ヨーロッパでも今は右傾化が急速に進んでいます。外国のファッションや食べ物、音楽などを受け入れながら、国境を越えてくる人間を受け入れられないのは、そこに恐怖や脅威を感じるからでしょう。
ロハス 私たちは、もとを正せば同じ人間です。心臓があり、臓器があり、呼吸し、ものを考え、感じ、そして話をする――それなのに、どうしてこうなってしまうのか。他者を一方的にジャッジする権利がある人などいないはずです。僕は、現在の世界には「共感」が足りないと思います。相手の背景やルーツを調べるよりも、お互いをきちんと見つめることが必要なのです。
バスケス 移民が集まるような恵まれた環境にいる人たちは、自分の故郷や文化、友人、家族から離れたいとは思わないのかもしれません。けれども数十年に及ぶ植民地化や、映画にも描いた権力構造、また現在のパレスチナで起きているような戦争と虐殺のもとでは、人々は生き延びるために移動しなければいけないのです。現実にそういう状況があるにもかかわらず、今は人間が他者について語れなくなっている。僕はそのことを心から悲しく思います。
『入国審査』
監督・脚本:アレハンドロ・ロハス、フアン・セバスチャン・バスケス/出演:アルベルト・アンマン、ブルーナ・クッシ/2023年/スペイン/77分/原題:UPON ENTRY/配給:松竹/©2022 ZABRISKIE FILMS SL, BASQUE FILM SERVICES SL, SYGNATIA SL, UPON ENTRY AIE/8月1日(金)新宿ピカデリー、ヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国公開
稲垣 貴俊/週刊文春CINEMA オンライン オリジナル
|
![]() |