( 312968 ) 2025/08/03 06:24:53 0 00 自分の時間が取れない日本人と、自分の時間を楽しんで生きるドイツ人。どこで差がついたのか(Photo:rweisswald / Shutterstock.com)
朝の満員電車、長引く会議、終わらない残業──日本人の多くが「自分の時間が取れない」と悩む一方で、ドイツでは「時間がない」という人には滅多に会わないという。『データブック国際労働比較2024』の統計によると、日本人はドイツ人より年間31日以上も多く働いているが、時間あたりの賃金はドイツの約半分。共通点も多いはずの日本とドイツで、なぜここまで違いが生じるのか?『9割捨てて成果と自由を手に入れる ドイツ人の時間の使い方』を上梓した、ドイツ歴40年でダヴィンチインターナショナル 代表取締役の松居温子氏が解説する。
日本では、ほとんどの社会人の皆さんが「自分の時間が取れない」と言います。
「毎日、自由な時間がいっぱい!」という社会人は、まずいないのではないでしょうか。
社会人に限らず、学生のころから、部活だ、受験だ、習い事だといって自由時間のない人生を送ってきているのが、多くの日本人の実態だと思います。
そして、それが大人になっても続いています。
朝起きたら慌ただしく準備をして、満員電車に揺られながらスマホで情報を得る。
会社に着いたら、同僚と軽くあいさつを交わして、すぐに仕事に取りかかる。
長引く会議や、次々と舞い込んでくるトラブルに対応しているうちに、気付けば終業時間も過ぎ、終わっていない仕事を片づけるために残業。
帰宅したらすぐに寝てしまうし、休日も疲れてベッドで1日を過ごす……。
「タイパ」や「時短」に取り組んでみても、なぜか「やらなきゃいけないこと」は一向に減る気配がなく、一体いつになったら「やりたいこと」ができるのだろうと悩んではいませんか。
とはいえ、定年退職してぽっかりと時間が空くと、今度は何をしていいのかわからない。あるいはそのときには病気になってしまって、なかなか好きなことができない。
そのような人生を送っている人が周りにいないでしょうか。
それに比べて、私が長く住んでいるドイツでは、「時間がない」という人に滅多に会いません。巷(ちまた)にあふれている情報からも、社会人は時間が足りなくて大変という雰囲気は、まったくないのです。
多くの日本人は、ドイツ人のことを「真面目」や「勤勉」で、自分たちと同じくらい忙しく働いていると思っていることでしょう。ドイツと日本は同じ技術大国で、経済レベルも同じくらい。しかし、国の面積や人口は、ドイツのほうがやや小規模かなという印象を持っている人が大半だと思います。そのため、日本人と同じように、仕事が人生の中心で、自由な時間が取れない生活をしているように見えるかもしれません。
しかし実際は、ドイツ人はゆったり、たっぷりと自分たちの人生の自由時間を楽しんで生きています。あくせく時間に追われている印象は、まったくなし。
朝も機嫌良く出勤し、終業時間になったらすぐに帰っていきます。帰宅後には家族や友人たちと一緒にご飯を食べたり、サッカーや合気道、オーケストラなどの習い事を楽しんだりしています。
それでいて国内の経済は悪くなくて、生産性はヨーロッパの中で比較的安定しています。『データブック国際労働比較2024』によると、2022年の国内総生産(GDP)はヨーロッパで1位でした。
日本と比較してみると、その差はわずか約1.06。
2023年には、ドイツが日本のGDPを抜き、世界3位となりました。とはいえ、もちろんドイツの経済にも政治にも、さまざまな課題があることは言うまでもありません。
ですが、街を歩いていると、ドイツ人のほうがあくせくせずに、幸せに過ごしているように感じます。特に街を歩く年配の夫婦が仲良く手をつないでお買い物をしている姿を見ると、将来に希望を感じます。これは、ただ単に文化の違いがあるだけではありません。若いときから一緒に時間をともにしてきた結果、仲の良い夫婦関係が続いているのです。実際に幸せオーラが漂っています。同じ先進国に分けられているはずの日本とドイツなのに、国民の時間の感じ方も、幸せそうな雰囲気も、まるで違うのです。
なぜなのでしょう?
私なりに、日本人が「時間が足りない」と感じる理由を考えてみました。
『データブック国際労働比較2024』の統計によると、日本人1人あたりの平均年間総実労働時間は1598時間だそうです。それに対してドイツ人は1349時間。249時間もの差があります。
1日8時間労働で計算すると年間31日以上、日本人はドイツ人より働いています。数字だけ見ると、シンプルに日本人は働きすぎだといえます。
労働時間が年間ひと月も多いのですから、ドイツ人より「時間がない」と感じるのは当然でしょう。
また、これだけ短い時間で日本と同じ生産力を持っているため、ドイツの国民1人あたりの生産性は日本の約1.4倍にもなります。
1人あたりの生産性が高い分、賃金も高くなります。日本の製造業における時間あたりの賃金(購買力平価換算)を100とした場合、ドイツの指標値は185.0。つまりドイツの製造業労働者がもらっている賃金は、日本の約1.85倍になります。
ドイツ人は、日本人よりも少ない労働時間で、だいぶ高額な報酬をもらっているということです。この時間あたりの賃金の格差も、ドイツ人に比べて日本人がいつも時間が足りないと感じている理由の1つかもしれません。なぜなら、稼ぐためにより働こうと思ってしまい、さらに自分の時間が少なくなるからです。
日本人は毎日が忙しく、同じようなルーティンを過ごしがちです。
時間が有限であることを忘れて、何となく「明日も同じ時間を過ごせる」とか「忙しくなければ、いくらでも時間はある」という思考が、根づいているように感じます。
時間に対する考え方の濃度は、明らかにドイツ人のほうが高いです。
時間は絶対のもので、きちんと管理しない限りは、自由に保つことはできない。思いがけないラッキーで、時間が勝手に増えたりはしないと、はっきり理解しています。
与えられた時間をどのように使うか? ということを、ドイツ人は育つ過程で親の習慣を見て身につけていきます。
古くから哲学が発達している、ドイツ国民の特質といえるかもしれません。
フリードリヒ・ニーチェやヘルダーリン、マルティン・ルターやマイスター・エックハルトなど、ドイツは世界史に残るレベルの哲学者を、多く生み出しています。
正解のない難解なことを、考えたり議論したりするのが、もともと好きなのでしょう。「人間とは」「人生とは」「命とは」など、壮大な問いかけに取り組み、多くの学者たちが最適解を追求して、今のドイツ文化が築かれています。
ドイツ人の時間の意識の高さは、歴史に積み重なってきた、ドイツ哲学の集約といえるでしょう。
哲学は、人生に有益な考え方を、たくさん教えてくれます。
その1つが、時間は有限であるという真理です。
ニーチェは“永劫(えいごう)回帰”という概念を提唱しました。
私は哲学の専門家ではありませんが、ニーチェの「永劫回帰」は、人々にこのような問いかけをしていると解釈してみたいと思います。
「今この瞬間、あなたがしていることが、永遠に、何度も何度も、まったく同じように繰り返されるとしたら、それを心から受け入れられますか?」 つまり、つき合いで残業をしている時間、好きでもない人たちとなんとなく過ごしている時間、自分の実現したい夢を先延ばしにしている時間……こういった時間が永遠に繰り返されるとしたら、あなたはそれを望みますか?
永劫回帰とは、未来や過去に逃げず、「この瞬間をどう生きるか」に最大限の覚悟を持て、という挑戦状と解釈すると、もし「この瞬間を、何度繰り返してもいい!」と思えるなら、あなたはすでに「今を生き、今を楽しむ」ことができていることになります。逆に、そう思えないなら、自分の幸せな時間を過ごしていないということになります。
難しく考える必要はなく、ドイツ人の「今を楽しむ」「心から楽しむ時間」に集中するというドイツ人の生き方に適した概念です。
会社員を長く続けている日本の社会人の多くは、「退職したら好きな趣味だけをして楽しみたい」とか「定年後はパートナーと旅行したいと思っています」と言います。
ですが、本当にしたいことは、今すぐ実行に移しましょう。「たられば」を考えていると、本当にしたいことができないまま人生が終わってしまいます。
目の前にありもしない、歳を重ねた後の自分の時間に意識を向けるより、「今」を充実させることを意識したほうが、間違いなく幸せです。
定年退職した後、趣味を好きなだけ楽しんだり、パートナーと旅行に行ったりする体力と経済力が残っている保証は、どこにもありません。極端な話、生きているかどうかさえ確実ではないのです。
将来の時間に望みを託すのではなく、やりたいことは「今」やるのが正解。早く手を付けるほど、幸福を得られる保証は、たしかなものになります。
試しに、退職後に趣味やパートナーとの旅行を楽しんでいるお知り合いがいたら、聞いてみたらいいでしょう。今充実していますか? と。
充実していると答える人も、ほぼ間違いなく「もっと早くにやっておけばよかった」と、付け加えるのではないかと思います。
ドイツ人はみんな、休暇をたくさん取れるように、制度でも会社のルールでもサポートされています。日本のように長くてもお盆休みの9日間……とかは、考えられません。
休暇は最低でも2~3週間。スペイン、フランス、イタリア、オランダなど(ドイツ人は特にスペインやイタリアなど暖かいエリアが大好き)の隣接している国に、気軽に車を飛ばして、滞在を思いっきり楽しみます。アジア旅行に出向く人は、1カ月ぐらい滞在します。
遊びが好きな一方で、ぼんやりしている時間も、ドイツ人は大好きです。
旅行の滞在先のホテルで、プールサイドで寝そべり、読書したりドリンクを飲んだり、のんびり昼寝したり……。そんな何気ない日常の休暇の過ごし方で1週間を使いきったりすることも、ドイツ人の自由な時間の過ごし方です。日本人の感覚だと何もしなくてもったいない休暇だと思うかもしれませんが、彼らとしてはその時間を満喫しているのです。
日本人は、仕事が人生の中心で、休暇はあくまで疲れやストレスをとるために旅行や実家に行くものという位置づけをしがちです。
ドイツ人ももちろん、普段の仕事のストレス解消のために、休暇を利用する目的もあります。しかし、あくまで人生の主体を、休暇中の自由な時間に置いています。
「いつか」に期待するのではなく、「今」やりたいことをやる。そんな時間の使い方をしているのです。
ここでは、ドイツ人のように長期間の休暇を取ろうと言っているのではなく、休暇期間に関係なく、その時を楽しんでみようというわけです。
※本記事は『9割捨てて成果と自由を手に入れる ドイツ人の時間の使い方』を再構成したものです。
執筆:ダヴィンチインターナショナル 代表取締役 松居 温子
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