( 312973 ) 2025/08/03 06:31:05 0 00 Photo:YOSHIKAZU TSUNO/gettyimages
東京ディズニーリゾートに57歳で入社し、65歳で退職するまで、私がすごした“夢の国”の「ありのまま」をお伝えしよう。楽しいこと、ハッピーなことばかりの仕事などない。それはほかのすべての仕事と同様、ディズニーキャストだってそうなのである。 ※本稿は笠原一郎『ディズニーキャストざわざわ日記』(三五館シンシャ、2022年2月1日発行)の一部を抜粋・編集したものです
● 某月某日 ××処理 できればしたくない作業
カストーディアルキャスト(清掃スタッフ)泣かせ、それがイレギュラー対応である。なかでも一番多いのは嘔吐処理だ。“夢の国”ではあるものの、嘔吐処理はかなり多い。週に1回程度、発生する*。
SV(スーパーバイザー)がグループ通話でカストーディアルキャストに発生場所を流してくる。このメッセージがあったら、発生場所の近くにいるキャスト2〜3名が駆けつけて対応する決まりになっている。
とはいえ、SVは誰がそばにいるかを把握しているわけではない。キャストそれぞれが、自分が近いと思ったら自主的に駆けつけるだけだ。
私はというと、PHS(簡易型携帯電話)に嘔吐処理のメッセージが届くと、その場の掃除に集中し、勇敢な有志たちが駆けつけるのを息を潜めて待った。1分ほど待っても、有志が現れないとき、意を決して現場へ向かった。
嘔吐処理は新型コロナ以前から感染対策としてマスクと防菌手袋をし、殺菌剤が目に入るのを防ぐため防御メガネをかけて行なう。暑い日は息苦しいし、汗がメガネに落ちるので難儀する。
できる限りゲストの目に触れないよう、また処理範囲がわかるようペーパータオルをかけ、トイブルーム*を駆使して嘔吐物をダストパン*に入れ込む。作業するそばで気をつけて通行していただくようキャストがゲストコントロールをする。
嘔吐物の量が少なければいいが、大量だと作業も相当の手間と時間を要する。
8月の不快指数の高い日のこと。私の目の前で、小学生くらいの男の子が突然嘔吐した。
さすがに目の前の出来事に有志の登場を待つわけにもいかない。すぐに駆けつけて、「大丈夫?」と男の子に声をかけ、足元に広がった嘔吐物の処理に取りかかった。
ペーパータオルをかけ、嘔吐処理をしていると、横にいた母親らしき女性が、
「吐いてスッキリしたでしょ。早く次のところに行くよ」
と言うと、あわててその子の手を引いて去っていった。私は茫然と親子の後ろ姿を見送った。
オンステージでの作業が終わると、バックステージに戻って後処理をしなければならない。
使用したトイブルームとダストパンを水洗いした後、さらに殺菌処理が必要になる。ダストパンのペーパータオルをゴミ袋に入れ、口を縛って赤のテープを巻く。それを近くのコンテナに持って行き、所定の場所に置く。さらに嘔吐処理の発生時間や場所などを所定の記録用紙に記入する。この作業もなかなか手間がかかる。
水洗い中、ダストパンの隅にひっかかりなかなか流れていかない吐瀉(としゃ)物の断片を見ているうち、さきほどの母親の顔が頭に思い浮かび、腹が立ってきた。
気まずかったのか、本当に急いでいたのかはわからない。それにしても目の前で処理をしている人に何も言わずに立ち去るなんて。ムカムカしながら、作業を続ける。
ようやく処理を終わらせて、再び持ち場に戻る。イヤな気持ちを引きずっていても仕方ないので、目の前の掃除に集中する。
すると30分もしないうち、また別のキャストが私のところへ急いで近寄ってくる*。今日のように、真夏の不快指数の高い日には嘔吐処理も増えるのだ。
よりにもよって、2回連続で嘔吐処理の当たりの日か、ツイてない。息を切らせながらキャストはこう言った。
「向こうでゲストの男の子がポップコーンをぶちまけちゃいまして。処理していただけませんか?」
「お安い御用です!」
私は喜び勇んで駆けつける。
週に1回程度、発生する。 季節や混雑度合いなどにも関係し、日に2回のこともあれば、半月以上ないこともある。 トイブルーム スイーピングする際に使用するホウキ。長さは4種類ほどある。穂先部分の固さや長さがそれぞれ異なっているので、使用するときに毎回自分の使いやすいものを選ぶ。毎日、何時間も持って働くため、私は右手の中指がバネ指(指の腱鞘炎の一種で、曲げた指を伸ばそうとするとバネのようにカックンとはじけてしまう)の症状を示した。同じ症状を訴える同僚も複数名いた。私の場合、痛みはなく、1年くらいで自然に治った。 ダストパン L字グリップのプラスチック製チリトリ。サイズは大小の2種類あり、小サイズのほうが軽くて使いやすいので人気。同じ小サイズでも新しいものが使いやすいのでオンステージに出る前に毎回選ぶ。ほかのキャストが間違わないよう番号が記してあるのだが、休憩時バックステージに置いておくと、旅館の大浴場でのスリッパのごとく取り違えが発生する。 キャストが私のところへ急いで近寄ってくる こんなとき、よい知らせなどまずない。どうせロクなことはないとドキッとする瞬間である。
笠原一郎
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