( 313123 ) 2025/08/04 03:46:08 0 00 北海道知床半島の川岸を歩くヒグマ(gettyimages)
北海道福島町で新聞配達員の男性を襲って死亡させたヒグマが駆除された件で、道庁に抗議の電話やメールが相次ぎ、鈴木直道知事が苦言を呈した。だが、道庁を取材すると、ヒグマを殺すなという趣旨の抗議だけではなく、電話で「ヒグマを全滅させろ!」と怒鳴られたり、話がどんどんそれて2時間を超えたケースもあったという。さまざまな「抗議」は今でも続いており、現場は疲弊している。
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■「ヒグマを全滅させろ!」、2時間以上「意見」も
福島町で新聞配達員の男性がヒグマに襲われて死亡したのは7月12日未明のこと。ヒグマは18日に駆除された。
道庁の担当者によると、ヒグマに関する電話やメールが来るようになったのは12日の事件発生以降だ。「クマを殺すな」「動物園に送って」というヒグマを駆除しないでほしいとの内容や、逆に、怖いから早く駆除してほしいという趣旨の意見もあった。
だが、落ち着いた内容の意見だけではない。なかには「ヒグマを全滅させろ!」と怒鳴って電話を切った男性や、駆除の是非の話からハンターへの報酬の問題などに次々と話題を変え、2時間以上も“意見”し続けたケースもあった。
■本来の業務に支障をきたす
18日以降は駆除への抗議電話が増えたといい、人身被害が発生した案件であることや、二次被害を防ぐ必要性をいくら説明しても、「なぜ殺した!」などと、延々と一方的に抗議してくる人がいたという。
担当者は「ご意見を受け付けることは私たちの重要な役割」と前置きしつつも、
「長時間の電話になりますと、本来の業務に支障をきたすと言わざるを得ません。同じ意見を繰り返されたり、話が多方面にわたったりする長時間の電話への対応には、苦慮しているというのが現実です」と本音をこぼす。
24日までに寄せられた電話やメールは120件。
高橋知事は25日の定例会見で、駆除への抗議が相次いでいることを明らかにし、「2時間も、何時間もご連絡いただくということでありまして、これはもう仕事になりません」と苦言を呈した。
■道外からもクレームの嵐
さらに「北海道民から電話が来るというよりは、むしろ道外の方からじゃんじゃん電話がきている」と実情を説明し、ハンターたちは命の危険と向き合いながら駆除に当たっていることを強く訴えた。
クマの駆除を巡る、自治体への抗議やクレームの嵐は、近年、秋田県などの自治体でもあった。長時間、電話を切らせなかったり、「お前が死ね!」などと怒鳴りつける脅しまがいの電話もあった。その土地の実情を理解していない県外からの電話が目立ち、クマが生息していない九州の人からの抗議もあった。
本来するはずだった業務に支障が出たり、対応に当たる職員が疲弊していることが各地で伝えられた。 それでも、また同じことが繰り返される。道庁への抗議は今も続いている。
■役所としてカスハラ対応すべき
企業の危機管理に詳しく、カスハラ対応の研修などを行なっている東北大特任教授の増沢隆太さんは、「クマ駆除の問題に限らず、役所の体制がクレーマー社会に対応できていないということです。現場で解決できる問題ではないのに、何も手が打たれていません。トップが無策すぎると思います」と対応の遅れを強く指摘する。
道庁の担当者が「ご意見を受け付けることは私たちの重要な役割」と話したように、役所勤めの公務員は抗議やカスハラに対して、ある意味で立場が弱い。
増沢さんは、「意見とクレームは違います。ただ、クレーマーはゆがんだ『正義感』で抗議をしてきますので、自分がクレーマーだという自覚はありません。だからこそ、クレームやカスハラ対策への方針を決めて毅然と対応する必要があります」と話す。
■首都高は「切電」で成果
首都高速道路は利用客から電話でカスハラに該当する行為を受けた場合、理由を伝えたうえで電話を切ってもいいとした「切電(きりでん)マニュアル」を導入し、成果を上げている。
同様に、例えば「10分を超える」「大声を一度でもあげる」「名前を名乗れと要求する」などの場合は電話を切っていいルールを作るべきだ、と増沢さんは訴える。そして、そのルールを組織として宣言すればいい。
「このまま放置すれば、公務員を希望する若者がどんどん減っていくでしょう。ボディブローのようにダメージが積み重なり、10年後、20年後に大きな影響が出ると思います。社会の問題としてとらえ、まずはクレーム対応に当たっている現場の声を聞いて、組織としての体制づくりをしていくことが求められます」(増沢さん)
業務に支障が出ているということは、本来の市民への行政サービスが滞っているということでもある。対策作りは急務だ。
(ライター・國府田英之)
國府田英之
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