( 313238 ) 2025/08/04 06:07:33 0 00 Photo:Jim McIsaac /gettyimages
イチロー氏が米野球殿堂入りの表彰式で披露した英語スピーチが、絶賛されています。英語が特段うまいわけではなく、わりとクールな印象のイチロー氏が、聴衆を爆笑の渦に巻き込んだのは、なぜ?成功したポイントを、英語コーチングスクール経営の専門家が解説します。(トライズ 三木雄信)
● なぜイチロー氏の英語スピーチが アメリカ人を爆笑&感動させのか
イチロー氏が日本人初となる米野球殿堂入りを果たしました。オリックス・ブルーウェーブ(1992〜2000年)からメジャーリーグに挑戦し、シアトル・マリナーズ(2001〜2012年、2018〜2019年)、ニューヨーク・ヤンキース(2012〜2014年)、マイアミ・マーリンズ(2015〜2017年)で大活躍したイチロー氏。日米双方の球界にその名を刻みました。
表彰式典では、イチロー氏が英語によるスピーチを披露。現役引退時には伝えきれなかったファンへの感謝や、異国で戦い続けた20年超の思いが詰まった内容が、メディアやSNSで賞賛され話題です。英語コーチングスクールを経営する筆者が見ても大成功だったと思います。何が成功のポイントだったのか、スピーチの分析をしてみましょう。
まず、スピーチの中で特に印象的な部分を抜き出して、文字起こしします。
Today, I’m feeling something I thought I would never know again. 今日、私はもう二度と味わうことはないと思っていた感情に包まれています。
For the third time, I am a rookie. First in 1992, after the Orix BlueWave drafted me out of high school. Then, in 2001, I became rookie again at 27, when the Seattle Mariners signed me. これで3度目のルーキーです。最初は1992年、高校を卒業してオリックス・ブルーウェーブに指名されたとき。そして2001年、27歳でシアトル・マリナーズと契約し、再びルーキーとなりました。(会場で大きな歓声)
I realize I’m a rookie again. Thank you for welcoming me so warmly into your great team. I hope I can uphold the value of the Hall of Fame, but please, I’m 51 years old now. So easy on the hazing. (殿堂入り先輩プレイヤーたちを見ながら)またしても、自分がルーキーであることを実感しています。この素晴らしいチームに温かく迎えてくださり、ありがとうございます。殿堂の価値を損なわぬよう努めたいと思っていますが、どうかご容赦を。私はもう51歳なのですから。新人いびりは、ほどほどにお願いします。(会場で大きな笑いが起きる)
People often measure me by the records. 3000 hits, 10 Gold Gloves, 10 seasons of 200 hits. Not bad, huh? But the truth is without baseball, you would say this guy is such a dumbass. 人はよく、記録で私を評価します。3000本安打、ゴールドグラブ賞10回、10シーズン連続で200本安打。悪くないでしょう?しかし実際は、野球がなければ私は、こいつはただのアホだなと言われたでしょう。(大きな笑い)
3000 hits or 262 hits in one season are achievements recognized by the writers. Well, all but one of you. 3000本安打やシーズン262安打は、記者の皆さんに評価された記録です。ええ、あなた方のうち1人を除いて、ですが。(大きな笑い)
I have been in love with Seattle and the Mariners ever since. Thank you, Seattle. それ以来、私はシアトルとマリナーズを愛し続けてきました。ありがとう、シアトル。(会場から大歓声と日本語で「ありがとう」の声が聞こえる)
Thank you to the New York Yankees. I know you guys are really here today for CC. ニューヨーク・ヤンキースの皆さん、ありがとうございます。今日ここに来ているのは、ほんとはCC(イチロー氏と同じタイミングで殿堂入りしたCC・サバシア氏。2人はメジャーデビューも同じ年で、ヤンキース時代はチームメート)のためだってことは分かっていますよ。(大きな笑い)
To Marlins, honestly, when you guys called to offer me a contract for 2015, I had never heard of your team. マーリンズの皆さん、正直に言いますと、2015年に契約のお話をいただいたとき、私はあなた方のチームのことを聞いたことがありませんでした。(大きな笑い)
The person who supported me the most was my wife, Yumiko.We did it in American way by eating hot dogs. 私を最も支えてくれたのは、妻の由美子でした。私たちはホットドッグを食べるというアメリカ流のやり方で祝いました。(大歓声と拍手)
19分間の長いスピーチでしたが、イチロー氏は歓声と爆笑をかっさらい、会場は大いに盛り上がりました。なぜでしょうか?大成功の理由は複数あります。
◆MLB公式動画:スピーチ全文:イチロー鈴木選手が殿堂入り
.article-body iframe {max-width: 100%;} 絶賛されているイチロー氏のスピーチ。ネット上で動画を見た人のコメントも非常に好意的なものばかりです。ごく一例ですが下記に引用します。
I was consistently down on Ichiro when he was here, both as a ball player and from what I could see off the field. I was wrong...the guy is a complete class act (in all respects) and I'm even wondering why we haven't named a street (maybe connected to Uwajimaya) after him. イチローがマリナーズにいた当時、私はずっと彼に批判的でした。選手としても、そして私が見聞きした限りフィールド外での姿についても、あまり良い印象は持っていませんでした。でも、私が間違っていました……彼はあらゆる意味で「完全に品格のある人物」です。むしろ、なぜ彼の名前を冠した通りが(例えばUwajimayaに続く辺りに)ないのか不思議に思うほどです。※Uwajimayaは米国で有名な日系スーパーマーケット
Hats off to a great player - one of the best of his era. Mariners were lucky to have him. 偉大な選手に敬意を表したい。彼は間違いなく、時代を代表する名選手の一人だ。マリナーズは、彼を迎えることができて本当に幸運だった。
● 中学英語+αレベルでも 人々を感動させたポイントは?
まず、イチロー氏のスピーチは決して難しい単語や文法を多用したものではありませんでした。いわゆる中学英語にプラスアルファした程度のレベルです。
スピーチに出てくる全825ワードは、『オックスフォード英語辞典』の基本単語3000語で、実に92%をカバーしていました(下のグラフ参照)。この3000語というのが、日本の中学校で学ぶ英単語プラスアルファのレベルです。また、残りの8%のほとんどが地名や野球選手の名前、rookie(新人)などの野球用語でした。ある程度、野球を知っていれば子どもでも分かる英単語ですよね。
文法の一部に、「仮定法過去」を使ったネイティブイングリッシュスピーカーのような表現もありましたが、それも決して難しい言い回しではありません。
発音は、決してネイティブ並みとは言えませんでした。何回か言い直していましたし、話し方はゆっくりで、英語スピーチの流暢さや洗練した印象は感じられませんでした。
それでも、イチロー氏のスピーチが聴衆の心を大きく揺さぶったのは前述したとおり。イチロー氏は完全に大人になってから英語を学び始めた人ですが、そうした英語学習者の限界を超えて、人々を感動させたポイントがいくつか見受けられました。
第一に、このスピーチは殿堂入りした先輩プレイヤーや球界関係者、取材記者、何より野球ファンとのコミュニケーションを意識した台本が書かれていて、イチロー氏もそれを前提にスピーチしていることです。
イチロー氏は一瞬台本を見た後にも必ず、聴衆に視線を戻していました。また、先輩プレイヤーや関係者に言及する際にも必ず、該当者に視線を向けています。
台本はよく練られていて、随所にユーモアが散りばめられています。先述の文章からにもあった「So easy on the hazing」(いびりは、ほどほどに)の他にも、「without baseball, you would say this guy is such a dumbass」(野球がなければ私は、こいつはただのアホだなと言われたでしょう)といった表現は、聴衆の笑いを誘うだけでなく、スーパースターとしての威圧感を和らげ、親しみやすさを醸し出す効果がありました。
また、日本人メジャーリーガ―のパイオニアである野茂英雄氏への憧れ、あるいは自ら過去の苦悩を正直に語った場面もあり、聴衆との感情的なつながりを深めています。
この結果、イチロー氏に対して「冷めたい人」といった印象を持っていた野球ファンが、「he came across warm and likable」(彼は温かくて人当たりがいい)とコメントするなど態度を変えている点は、スピーチひとつでイメージを刷新できることを示しています。
第二に、イチロー氏の人生観についてメッセージ性がありました。例えば、「夢と目標の違い」について以下のように明確に整理し、続きをリードしています。
Dreams are fun, but goals are difficult and challenging. 夢は楽しい。しかし、ゴールは困難でチャレンジングだ。
スピーチが単なる回顧録や感謝の列挙ではなく、若い世代や聴衆に向けた普遍的なメッセージとなっているのです。
第三に、メジャーリーグで日本人が殿堂入りしたこと自体が、画期的な出来事でした。さらに母語ではない英語で、冗談も交えながら19分間のスピーチをやり遂げたことは、米国の移民文化や多様性を表す姿勢として高く評価されたのだと思います。
イチロー氏は、「野球がなければ、私はただのアホだった」と率直に語りました。こういう発言ができるのは、努力と実績で上り詰めた確固たる自信があるからでしょう。
イチロー氏のスピーチは、「英語ができないから無理」と諦めがちな日本人にとって、極めて現実的かつ勇気を与えるモデルです。まずは自分の専門性を磨くこと。その力を武器に一歩外へ出れば、環境も言葉も後から必ずついてくる。そんなメッセージが、あのスピーチ全体に込められていたと思います。
三木雄信
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