( 313268 ) 2025/08/04 06:42:39 0 00 専業主婦として長い間支えてくれてありがとう…「退職金2,400万円」「年金329万円」感謝の気持ち「47万円のブランドバッグ」を買って帰宅した65歳夫。定年翌日、63歳妻から静かに告げられた〈人生が覆るひと言〉
これからは夫婦でゆっくり過ごそう――。夫が夢見る第二の人生。しかし、その言葉が妻には「新たな束縛の始まり」に聞こえているとしたら。夫からの感謝のプレゼントも、豪華なディナーも、もはや妻の心には響きません。妻が何十年も求め続けてきたのは……。熟年離婚の実情をみていきます。
中堅ゼネコンで設計本部長まで務め上げた半田亮介さん(仮名)が、65歳で定年の日を迎えた。1970年代後半に入社して以来、彼の人生は仕事そのものだった。日本の高度経済成長とバブル景気の熱狂のなか、「家庭より仕事」が美徳とされた時代。亮介さんもその価値観を疑うことなく突き進んだ。
始発で出社し、帰宅はタクシーで日をまたいでから。週末は取引先とのゴルフ接待。そんな猛烈な日々を走り抜けることができたのは、2歳年下の妻、薫さん(仮名)の存在があったからだ。
知人の紹介で出会った薫さんは、地方から上京し美容師として働いていた、素朴で快活な女性だった。亮介さんは彼女の飾らない人柄に惹かれ、交際1年足らずで結婚。亮介さんの強い希望で、薫さんは専業主婦として家庭を守ることになった。
妻と子に不自由はさせない――。その一心で、亮介さんは仕事に没頭した。同期の先頭を切って出世街道を駆け上がり、50代前半で本部長に就任。退職時の年収は1,700万円に達し、会社員としては誰もが羨む成功を収めた。
その稼ぎは惜しみなく子供たちの教育に注がれた。長女を私立大学の薬学部に、次女を米国の大学に進学させるため、幼稚園から通算すると8,000万円以上の学費を投じた。その結果、手元に残った資産は退職金2,400万円を含めた貯蓄7,000万円と、45歳のときに購入した戸建て住宅のみ。それでも、妻と2人で穏やかな老後を過ごすには十分な額のはずだった。
最終出社日を終えた亮介さんは、晴れやかな気持ちでデパートに立ち寄った。長年、家庭を守り続けてくれた妻への感謝の印として、ショーウィンドウに飾られていた47万円のハイブランドのバッグを迷わず購入した。これからの第二の人生を共に歩むパートナーへの、最高の贈り物になるはずだった。
帰宅すると、薫さんは腕によりをかけた豪華な料理で亮介さんを労った。「お父さん、長い間お疲れ様でした」その言葉に感激した亮介さんは、ここぞとばかりにデパートの紙袋を差し出した。
「専業主婦としてこれまで支えてくれて本当にありがとう。これ、お前に」
中身を見た薫さんは、一瞬息を呑み、「……ありがとう」とだけ呟いた。しかし、その表情に亮介が期待したような華やいだ喜びはなく、どこか戸惑いが浮かんでいるように見えた。その微妙な空気に気づかないフリをして、亮介さんはグラスを掲げた。
輝かしい第二の人生の始まりを告げる言葉に、妻も喜んでくれると信じて疑わなかった。しかし、薫さんは一瞬、見たことのないような険しい表情を浮かべた。
そして翌朝、亮介さんは薫さんから人生を揺るがす一言を告げられる。
「離婚してください」
耳を疑う亮介さんに、薫さんは静かだが、決然とした口調で続けた。
「私はこれまで、ずっとあなたに人生を支配されてきました。パートに出たいといえば『男がいる職場で働くなんて許さない』と反対され、友人と旅行に行くことすら許されなかった。家のことには無関心なくせに、冷蔵庫の中身や掃除の仕方にだけは口を出す。これからは一日中家にいて、私のやることなすことに口出しをされると思うと……。もう、そんな生活は限界なんです」
亮介さんは絶句した。思い当たる節は、痛いほどあった。妻を一人の人間として尊重せず、自分の価値観の中に閉じ込めていたのかもしれない。「俺が稼いだから、お前たちは何不自由なく暮らせたんだぞ」という反論は、「それは感謝しています。でも、あなたはいつもそうやって論点をすり替える。私には私の人生がありました」という冷静な言葉に打ち砕かれた。
亮天さんのようなケースは、決して特殊なものではない。厚生労働省の人口動態統計によれば、同居期間20年以上の夫婦の離婚、いわゆる「熟年離婚」は年間3万件以上発生しており、夫の定年を機に妻側から切り出されるケースは社会問題化している。亮介さんが生きてきた「昭和の価値観」と、妻が求めていた「個人の尊重」との間には、修復不可能な溝が生まれていたのだ。
愕然とする亮介さんに、薫さんは弁護士に相談して用意したという資料を見せ、「年金分割」と「財産分与」を要求した。
1.年金分割
婚姻期間中の厚生年金記録(保険料納付記録)を、夫婦の合意または裁判所の決定に基づき分割する制度。亮介さんの場合、婚姻期間が長いため、厚生年金記録の最大2分の1が薫さんに分割されることになる。概算すると、それぞれの年金受給額は以下のようになる。
離婚しなかった場合
夫・亮介さん:約250万円/年
妻・薫さん:約79万円/年(国民年金のみ)
年金分割(合意分割)を行った場合
夫・亮介さん:約165万円/年
妻・薫さん:約165万円/年
亮介さんの年金収入は、年間約85万円も減少してしまう計算だ。
2.財産分与
婚姻期間中に夫婦で協力して築いた財産は、離婚時に貢献度に応じて分割される。専業主婦の貢献も認められるため、原則として2分の1となる。亮介さんの場合、以下の通り。
共有財産:貯蓄7,000万円-住宅ローン残債1,500万円=5,500万円
妻・薫さんへの分与額:5,500万円÷2= 2,750万円
プライドの高い亮介さんは、法廷で争うことを良しとせず、薫さんの要求をすべて受け入れた。
離婚後、亮介さんの手元に残されたのは、年金収入約165万円(月額約13.7万円)、貯蓄2,750万円、そしてローンを完済した自宅だった。
一見、生活に困らないように思えるが、現実は厳しい。
高額な維持費
都内の大きな自宅は、固定資産税だけで年間40万円近くかかる。外壁の補修など、老朽化に伴う修繕費も捻出しなければならない。
下がらない生活レベル
現役時代の金銭感覚が抜けず、家事も不得手なため外食に頼りがちになり、生活費はかさむ一方だ。総務省の家計調査では65歳以上の単身世帯の消費支出は月14万円台だが、これはあくまで平均値。亮介さんの場合、年金だけでは赤字になるのは確実で、貯蓄を取り崩す生活が続くことになる。
失われた夢
娘夫婦と同居し、クリニック兼二世帯住宅を建てる計画も、障害のある孫に資産を残してあげたいという願いも、すべて白紙に戻った。
一方、財産の半分を得た薫さんの生活もまた、決して安泰ではなかった。年金収入約165万円と貯蓄2,750万円を手にアパートで一人暮らしを始めたが、長年のブランクがある高齢女性の再就職は困難を極める。分与された財産は、自分と同じく苦労をかけた娘と、障害を持つ孫のために遺したいと、手を付けずにいる。
離婚という選択は、裕福だったはずの夫婦双方のライフプランを大きく狂わせた。もし離婚しなければ、世帯で約330万円の年金と7,000万円の貯蓄を元手に、豊かな老後を送れたかもしれない。亮介さんの悲劇は、変化する時代の価値観を理解せず、夫婦間の対話を怠った結果ともいえる。互いの人生を尊重し、未来を共に描く努力を怠れば、誰の身にも起こりうる、現代日本のリアルな姿なのである。
THE GOLD ONLINE編集部
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