( 315213 )  2025/08/11 05:22:12  
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(※写真はイメージです/PIXTA) 

 

大学生の2人に1人が利用する奨学金。それは、高騰する学費と伸び悩む所得の狭間で、多くの家庭にとって避けられない選択肢となっている。しかしその決断は、親にとっての「子に借金をさせる」という苦悩以上に、子の将来の制約に繋がりかねない。本記事では、Aさんの事例とともに、奨学金の現状について、アクティブアンドカンパニー代表の大野順也氏が解説する。 

 

「まさか、ここまで学費が高くなっているとは思わなかった」 

 

東北地方に住む会社員のAさん(52歳)は、4年前、大学受験を控えた息子の進路相談をきっかけに、教育費の現実に直面した。Aさんが教育費について本格的に調べはじめたのは、長男が高校2年生になったころ。「そろそろ志望校を絞らないと」そう進路について家族で話していた際、学費や受験にかかる費用をネットで検索したときだ。 

 

「国立なら安いし、なんとかなるだろう」──そんな漠然としたイメージは、すぐに打ち砕かれた。 

 

A家の世帯月収は45万円。調べてみると、国立大学でも入学金を含めると初年度で約100万円が必要。さらに、滑り止めで受験する私立大学の受験費用・入学金、教材費、PC代、引っ越し代、生活用品の購入なども含めると、「ざっと200万円はかかる」と知り、愕然とした。 

 

全国大学生活協同組合連合会の「2024年度保護者に聞く新入生調査」によると、受験から入学までにかかる費用の全体平均は217万円にのぼっている。 

 

「これから塾にも通わせるとなると、一体どれだけあれば足りるのか……」 

 

親としての責任を痛感しながらも、Aさんは子どもの前で動揺をみせまいと、平然を装うのに必死だったという。 

 

Aさん自身は約30年前、両親の支援とアルバイトで学費と生活費をまかない、奨学金なしで大学を卒業した。 

 

「親が“国立ならなんとか出してあげる”といってくれて。学費も物価もいまと比べればずっと安いですが、当時はそれでも大変だったはずです。自分もアルバイトはしていましたが、奨学金を借りる必要はなかったんです」 

 

しかし、息子の大学進学に加え、4年後には娘も同じく受験生になる。2人分の大学進学費用や生活費は、とても自分たちの貯蓄だけではまかなえない。Aさんは「奨学金を借りてもらうしかない」という決断に至った。 

 

「奨学金について調べてみると、いまは大学生の2人に1人が利用していることを知って、うちだけじゃないんだなと少しホッとしました。ただ、本当は給付型の奨学金をもらえればよかったのですが、収入基準で引っかかってしまって……。子どもに“借金”を背負わせることに、親として申し訳なさを感じます」 

 

 

Aさんの長男は現在、大学3年生。就職活動が本格化するなかで、希望する企業について話をする機会も増えたという。 

 

「息子は“やりたいこと”というより、“とにかく給料が高い会社に行きたい”というんです。その分、成果が求められるから若いうちから成長できる環境なんだと話していますが、背景には奨学金の返済負担のことがあるんだろうなと思います」 

 

Aさんは、こうした傾向はいまの若者にとって無理もないと語る。 

 

「最近は“賃上げ”といわれて若者の給料は上がってきているようにみえますが、物価も上がっていますし、社会保険料の負担も重い。息子のように1年目から月2万円前後を返済にあてるって、相当きついですよ。『たった2万円』じゃありません。ほかの人より300万円マイナスな状態で社会に出て、20年近くかけて返済するって、精神的にも負担になってしまわないか心配です」 

 

Aさんのように、「自分は奨学金を借りずに大学に行けたのに、子どもには借りさせざるを得なかった」というケースは、いまでは珍しくない。 

 

この背景には、ここ30〜40年で保護者世代の所得が伸び悩んでいる一方で、学費が上がり続けているという構造的な問題がある。私立大学の授業料は約1.8倍、国立大学は約2.4倍にもなっている。 

 

いまの若者たちは、高校在学中に約300万円もの奨学金を借りる決断をしなければならない。それも、希望の大学に合格できるか、卒業後は就職できるのか、健康に働き続けられるのかもわからない、たった17〜18歳の時期にだ。そして就職活動の際には、「やりたいこと」よりも「借金を返せる給料」で仕事を選ぶ──。 

 

このような状況は、もはや“本人や家庭の責任”で片づけられる話ではなく、社会にとっても決して健全とはいえない。 

 

奨学金を借りなければ大学に行けず、借りたら将来の選択肢が狭まる。この矛盾を前にして、「返すことを支える社会的な仕組み」が必要だと、筆者は強く感じている。 

 

最近では、企業による「奨学金の返還支援制度」が着実に広がりはじめている。これは、企業が従業員の奨学金返済を肩代わりする制度で、企業が日本学生支援機構に直接送金することで、所得税や社会保険料が課されない。従業員にとっては大きな経済的メリットがある。さらに、「企業が自分を支援してくれる」という安心感によって心理的な負担も和らぎ、企業へのエンゲージメントや生産性の向上にも期待ができる取り組みなのだ。 

 

教育を受けることが“借金のスタート”になってはいけない──。こうした動きを広げていくことで、若者の未来を“借金”で始めさせない社会にしていきたい。 

 

大野 順也 

 

アクティブアンドカンパニー 代表取締役社長 

 

奨学金バンク創設者 

 

 

 
 

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