( 315258 )  2025/08/11 06:14:28  
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(※写真はイメージです/PIXTA) 

 

退職後は地方でのんびり暮らしたい——そんな理想を描いて移住を選ぶ人が増えています。しかし「生活費が安く自然も豊か」と人気の移住先であっても、実際には“理想と現実のギャップ”に悩むケースは少なくありません。本記事では、月15万円の生活を目指して移住したある夫婦の経験から、地方移住の落とし穴を見ていきます。 

 

「のんびりした自然の中で、静かに暮らしたかったんです。月15万円でも暮らしていけるって、移住支援のパンフレットにも書いてありましたから」 

 

そう語るのは、都内在住の藤田博さん(仮名・69歳)。退職後、夫婦で北海道に移住し、第二の人生を歩み始めたものの、わずか3年で東京に戻るという決断をしました。 

 

豊かな自然と広々とした一軒家。理想に見えたその暮らしの裏には、予想外の現実が待っていたのです。 

 

藤田さん夫妻が北海道移住を決めたのは、博さんが65歳で定年退職を迎えた直後のことでした。子どもたちはすでに独立し、夫婦ふたりだけの生活。住み慣れた東京のマンションを売却し、自然に囲まれた土地で静かな老後を過ごしたいと考えました。 

 

「老後資金はそれなりに確保していましたが、年金の範囲でやりくりしたくて。北海道のある町のホームページに“月15万円で穏やかに暮らせる”とあったんです」 

 

地元自治体による移住支援制度も充実しており、築年数は古いながらも2LDKの戸建てを格安で借りることができました。移住当初は「空気も美味しくて、都会のストレスから解放された」と感じたといいます。 

 

しかし、暮らし始めてすぐに現実の厳しさに直面することになります。 

 

最大の誤算は、冬の厳しさでした。 

 

「雪かきって、もっと気軽な作業だと思っていました。でも毎日、腰まで積もる雪をスコップでかき分けるのは、70近い体には無理がありました。業者に頼めば1回5,000円〜1万円。1シーズンで10万円を超えることもありました」 

 

さらに暖房費も想定以上にかかり、12月〜2月の光熱費は月3万円を超える月も。都内にいた頃より高くつくことさえあったそうです。 

 

また、地域コミュニティへのなじみにも苦労しました。 

 

「近所の方は皆さん親切なんですが、やっぱりよそ者感は否めませんでした。ゴミ出しのルールひとつとっても暗黙の了解が多くて、気疲れしました」 

 

年金収入は夫婦で月約20万円。そこから食費、通信費、車の維持費、暖房代、医療費……想定していた月15万円生活は、すぐに崩れていきました。 

 

「家賃は安くても、車が必需品です。ガソリン代も上がっていたし、車検やタイヤ交換もバカになりません。移動のたびにお金がかかるのは想定外でした」 

 

地方では公共交通が乏しく、日常の買い物も病院通いも車がなければ成立しません。カーシェアも使いづらく、高齢夫婦にとっては「移動」そのものが生活コストになっていました。 

 

 

藤田さんが体調を崩して入院したとき、妻の美恵さん(仮名)は車で片道40分かけて病院に通いました。冬場は道路の凍結で通院も一苦労。お見舞いにも制限がかかる中、「なぜこんな遠くに住んでしまったのか」と自問したといいます。 

 

買い物も不便でした。近所にスーパーは1軒のみ。医薬品や日用品を買うには片道30分以上かかることも。 

 

「便利さが恋しくなったというより、安心感がほしくなったんです。何かあったとき、すぐに頼れる人やサービスがないと不安で」 

 

3年後、藤田さん夫妻は思い切って東京に戻ることに決めました。売却していたマンションは再取得できませんでしたが、都内近郊にコンパクトな賃貸住宅を借りて、再スタートを切りました。 

 

「家賃は高くなりましたが、移動もしやすいし、病院もすぐ近く。昔の友人と会えるのも、思った以上に心の支えになります」 

 

藤田さん夫妻のように、定年後に地方へ移住する人は増えていますが、国土交通省や自治体による調査でも、「移住後にギャップを感じた」という声は少なくありません。 

 

特に多いのは、 

 

●想像以上の気候の厳しさ(寒冷地・豪雪地帯など) 

 

●医療・買い物・交通の不便さ 

 

●地域の人間関係の濃さ・なじみにくさ 

 

●想定よりも生活費がかさむ(暖房費・車関連費など) 

 

といった問題です。 

 

また、地方自治体が用意する「移住支援金」や「お試し移住制度」もありますが、長期的な生活設計や医療・介護の視点が欠けていると、後悔につながる可能性もあります。 

 

「地方移住」は魅力的な選択肢である一方で、「のんびりした暮らしができそう」「物価が安そう」というイメージだけで進めてしまうと、理想と現実のギャップに苦しむことになります。 

 

藤田さん夫妻が語るように、「老後は“安心して暮らせる場所”に住むことが一番大切」なのかもしれません。 

 

移住を検討する際には、「その土地の冬」「車がない場合の生活」「病気になったときの対応」「地域との関係性」など、日常の困りごとを具体的に想像する視点が欠かせません。 

 

夢を持つことは大切です。しかしそれを叶えるには、冷静な現実把握と綿密な準備が、何よりも必要なのです。 

 

THE GOLD ONLINE編集部 

 

 

 
 

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