( 316238 ) 2025/08/15 04:50:46 0 00 最近過熱する「反外国人感情」。冷静に状況を見てみると、見落としている側面があらわになってきます(写真:hamahiro/PIXTA)
2025年7月27日、佐賀県伊万里市に住むベトナム人技能実習生の男が、強盗殺人などの疑いで逮捕された。
近くに住む日本人女性を脅し、現金1万1000円を奪ったうえ、ナイフで首などを切りつけて失血死させたとされる。男は黙秘を続けており、詳しい動機は不明だ。事件は周辺地域に大きな衝撃を与え、住民の不安と動揺はいまも収まっていない。
悲惨な事件である。いかなる理由があろうと、こうした凶悪犯罪は断じて許されない。筆者もこの男に対し、強い憤りを覚える。被害者の方に心から哀悼の意を表するとともに、犯人には法に基づく厳正な処罰が下されることを切に願う。
本稿の議論は、この前提のもとに進めていく。
■SNS上に広がる「反外国人感情」
事件が起きた伊万里市(人口約5万2000人)には、約930人の外国人が暮らしている。近年、同市では、外国人住民との共生を進める取り組みを行ってきたという。事件を受けて市長も、「差別や偏見に結び付けてはならない」と呼びかけた。
それでもSNSには、外国人全体や技能実習制度に対する否定的な意見が飛びかった。とくに目立ったのは、以下の2つの論調である。
「無秩序に外国人を入れた結果、凶悪犯罪が増えた。受け入れ拡大は、日本の治安を確実に悪化させる」 「技能実習生は劣悪な環境で働いており、暴発すると何をするかわからないから怖い」
こうした声は社会に根強く存在する不安の表れであり、軽視はできない。
悲惨な出来事を見聞きしたとき、誰もが「自分や家族に同じことが起きたら」と不安を覚えるものだ。だが、その感情が事実に裏打ちされたものか、それとも根拠の乏しい過度な一般化なのか、一度立ち止まって冷静に考える必要がある。
とくに殺人や強盗といった事件は繰り返し報道されるため、「外国人がとんでもないことをした」というイメージが強く残る。
一方、地域で黙々と働き、何事もなく暮らしている外国人の姿はほとんど注目されない。こうして可視化の偏りが生じ、「外国人=何をするかわからない人」という図式が形成されやすくなるのだ。
■外国人が増えると「治安は悪化する」のか?
はたして外国人が増えると、本当に治安は悪化するのだろうか?
警察庁の統計データは、この思い込みを明確に否定している。
下表は、在留外国人数と外国人の犯罪検挙人数の推移を示したものである。見てわかるとおり、在留外国人がこの15年で約1.8倍に増えたにもかかわらず、外国人の犯罪検挙人数はほぼ横ばいで推移している。在留外国人全体に占める犯罪者の割合はむしろ低下しているのだ。
しかも、外国人による刑法犯の7割近くは窃盗であり、今回のような凶悪犯は全体の2%弱にすぎない。もちろん凶悪犯の発生は看過できないが、全体の傾向をふまえずに、一部の事例だけですべてを判断しないほうがいいだろう。
■「外国人の犯罪検挙人数」と「在留外国人全体に占める割合」 ■「外国人による刑法犯件数」の種別割合(2024年)
日本では入国時に厳格な審査が行われる。むろん制度をすり抜ける例がないとは言えないが、その可能性は高くない。
ほとんどの外国人は一定のフィルターを通っているという現状をふまえれば、「外国人が増える=凶悪犯罪が増える」という短絡的な図式は成立しないのだ。
■「かわいそうな境遇」だと誤解される技能実習生
技能実習生に対する世間のイメージも、現実と大きくずれていることが多い。
環境の悪い場所で働かせられたり、ハラスメントを受けたりした挙句、失踪するといった問題ばかりが報道でフォーカスされるため、「技能実習生=かわいそうな境遇に置かれた犯罪者予備軍」という印象が広がりがちだ。
そして今回のような事件が起きると、「やはり実習生は何をするかわからない」という先入観を多くの人が強めてしまう。
しかし実際には、現在の会社や仕事に満足している技能実習生のほうが圧倒的に多い。2023年に外国人技能実習機構が実施した調査によれば、帰国した元実習生の92.1%が「技能実習で学んだことが役に立った」と答えている。
また、昨年行われた別の調査でも、「日本での生活に満足している」と答えた実習生は、全体の8割を超えていた。多くは職場と良好な関係を築き、安定して働いているのだ。
■帰国した元実習生に聞いた技能実習の効果 「技能実習期間を通じて学んだことが、帰国後役に立ちましたか?」 ■技能実習生に聞いた生活環境全般の満足度 「あなたは日本での生活に満足していますか?」 もちろん問題がないわけではない。賃金未払いなどの法令違反は依然として発生しているし、今回の事件のように、「とんでもない実習生」が存在するケースもある。だが、それは全体の一部であり、大半の実習生が日本で円満に働いている事実を見落としてはならない。
参考までに付言すると、技能実習生による犯罪の約75%は、「入管法違反」と「窃盗犯」が占めている。そもそも実習生が、今回のような凶悪事件を起こすケースはきわめて少ない。
そして2027年4月からは、制度が「育成就労制度」に段階的に移行する。これによって国内の人手不足を解消すべく、コストをかけて日本の労働力となるように外国人を育成することになる。
本人希望による転籍の制限や来日前の多額の借金といった構造的問題が是正されれば、実習生が犯罪に走るリスクはさらに減っていくだろう。
■技能実習生による犯罪内容とその検挙人数割合(2024年)
■感情と事実にどう向き合うか
外国人に対するこうした思い込みの背景には、日常的な接点の少なさも関係しているだろう。
調査によると、「外国人の知人がおらず、これまで付き合ったこともない」日本人は、全体の4割以上にのぼるという。接点がないまま、極端な事件や断片的な情報だけで判断すれば、偏見や思い込みが強まるのは当然のことだ。
■日本人に聞いた「外国人との付き合いの有無」
実情を知らずに、「もう外国人は来るな!」という感情論に終始するのは、我々自身の首を絞めることにもつながる。すでに日本の多くの産業は外国人労働者に支えられており、彼らがいなくなれば、社会サービスや経済は立ち行かなくなる。
今回の事件を受け、外国人を危険視する声が高まるのは無理もない。しかし、その感情が根拠の薄い不安に基づくなら、根本的な問題解決は遠のく。
大切なのは、感情と事実を切り分けて考えることである。事件に憤りを感じるのは当然だが、その矛先を外国人全体に向けるのではなく、こうした悲劇を二度と起こさないための方策を冷静に探るべきである。
そのためには、犯罪を起こした個人に厳罰を求めると同時に、「外国人との接点の少なさ」や「偏った情報」といった不安の根本原因を解消する努力が不可欠だ。相互理解と信頼を築く地道な取り組みこそが、真の安全と安定を生み出す唯一の道である。
感情論に流されることなく、事実を正しくとらえ、現実的な解決策を探ること。これが、この事件から私たちが学ぶべき最も重要な教訓ではないだろうか。
千葉 祐大 :人材コンサルタント/一般社団法人キャリアマネジメント研究所 代表理事
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