( 317113 )  2025/08/18 05:54:14  
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学研HDの細谷仁詩・取締役上席執行役員(撮影:河嶌太郎) 

 

 教育業界大手の学研HDをはじめ、近年は多くの教育系企業が介護・福祉分野への進出を加速させている。学研グループは2004年に介護事業へ本格参入し、2025年現在、サービス付き高齢者向け住宅や認知症グループホームなど全国590拠点以上を展開している。2024年度のグループ売上高は1855億円に達し、そのうち医療福祉分野が約900億円と全体の半分弱を占めるまでに成長した。 

 

 この急成長の背景には、積極的なM&A戦略の展開がある。特に2018年のメディカル・ケア・サービス(MCS)子会社化や、2025年の新規事業所譲受など、施設・人材・ノウハウの獲得を通じて事業領域を拡大してきた。M&Aによる即時の市場シェア拡大と、既存事業とのシナジー創出によって、学研は教育と福祉の両軸で成長を続ける“基幹産業”モデルを築きつつある。 

 

 このM&Aを牽(けん)引するのが、学研HDの細谷仁詩・取締役上席執行役員だ。細谷氏はマッキンゼー・アンド・カンパニーから2021年4月に学研に転職した経歴を持つ。学研の改革について3回にわたって細谷氏に聞いた。今回は介護事業戦略について、深掘りしていく。 

 

――学研は2004年以降、介護業界に進出し、今や売上高の半分弱を占めています。介護事業の伸ばし方や自身の関わりについてお聞かせください。 

 

 私が入社したのは2021年4月ですが、その時点での学研グループの売上高は1400億円台でした。今年度の計画では2000億円を超える見込みで、約5年で600億円、率にして30%の成長を遂げています。そのうち半分以上は、介護事業の伸長によるものです。教育事業は主にM&Aによる拡大ですが、介護事業は自律的な成長が大きな要因となっています。 

 

 私自身は現場のオペレーションに直接関わっているわけではなく、また現場に細かく指示を出す立場でもありません。ただ、グループ全体の戦略やビジョンの策定に深く関わってきました。学研グループにおける介護事業の位置づけや、どこまで領域を広げていくのかといった方向性を定義することが、私の主な役割です。現在は高齢者住宅と認知症グループホーム、この2つを主軸としながら、自前の成長とM&Aの両輪で事業を拡大しています。 

 

――細谷さんは、介護事業でどんな施策を実施してきましたか。 

 

 具体的な取り組みとしては、2年前に高級ラインの高齢者住宅を運営する「グランユニライフケアサービス」をM&Aによってグループインさせました。従来の学研ココファンは、貯蓄が少なくても入居できる手頃な価格帯の住宅が中心でした。グランユニライフケアサービスではより高いサービスや広い部屋を求める層にも対応できるよう、ポートフォリオの幅を広げています。カテゴリーやクラスターごとにサービスを拡充し、景気や社会環境の変化にも柔軟に対応できる体制を整えています。 

 

 介護事業は入居率が安定している一方で、3年ごとの介護報酬改定や景気変動の影響を受けやすい側面もあります。コロナ禍では手頃な価格帯の施設が好調だった一方、高級価格帯の施設は新規入居が減少しました。現在は高級価格帯施設も徐々に回復していますが、こうした波に備え、複数の価格帯・サービスラインを持つことが重要だと考えています。 

 

 また、学研グループとしては「地域包括ケアシステム」の実現を掲げており、医療・看護・介護・生活支援を一体で提供する体制づくりを進めています。今後もM&Aや新規開設を通じて、全国的な拠点拡大とサービス品質の向上を図り、介護事業をグループの成長エンジンにしていきたいと考えています。 

 

 

――カテゴリーやクラスターでサービスを拡充していくというのは、具体的にはどのような考え方でしょうか。 

 

 まさに「埋め立てる」形で、各カテゴリーやクラスターの空白を埋めていく方針です。介護事業は、基本的に入居率が安定しているのが強みですが、一方で3年に一度の介護報酬改定や景気変動の波を受けやすいという特徴もあります。例えばコロナ禍では、私たちの施設は「どうしても入らなければならない」方が多く、手頃な価格帯の施設は好調でした。 

 

 一方で、高級価格帯の施設は、自宅に住み続けたり、ヘルパーを利用したりできる余裕のある方が多いため、新規入居が大きく減少し、空室が目立つ状況になりました。これは他社でも同様の傾向が見られました。 

 

 現在は高級価格帯の施設も徐々に回復していますが、こうした景気や社会環境の波に備えるためには、手頃な価格帯から高級まで、複数の価格帯・サービスラインを持つ「ポートフォリオ展開」が不可欠だと考えています。 

 

 また、平均的な入居期間は3年ほどで、常に一定の入れ替わりがあるため、その時々の景気や社会状況に応じて柔軟に対応できる体制が必要です。今後も、幅広いクラスターをカバーすることで、リスク分散と持続的な成長を両立していきたいと考えています。 

 

――学研グループが介護・医療ビジネスに本格参入した当時の経緯や、宮原博昭社長の考えについても教えてください。 

 

 学研グループが介護事業に本格参入したのは2004年、「ココファン」が誕生した時です。当時は宮原社長ではありませんでしたが、小早川仁取締役常務執行役員が中心となり、推進チームがリードしてきました。当時すでに同業他社も介護分野に進出しており、少子化による子ども人口の減少を補うため、グループとしてポートフォリオを広げる必要がありました。また、学研ブランドの認知が年配層に偏ってきている中で、どの年齢層にブランドを活用できるかを考えた時、高齢者向けの事業が有効だと判断しました。 

 

 さらに、当時は学習教材の直販営業マンが多く在籍しており、そのネットワークを活用して入居者獲得やニーズ把握ができる強みもありました。こうした複数の要素がそろい、介護事業への本格参入が実現しました。ただし、売上高や利益が本格的に伸び始めたのは2010年以降で、10年以上かけてようやく事業が花開いた形です。その後2018年には、MCSをM&Aでグループに加え、介護事業が一気に拡大しました。 

 

 

――10年以上の長期にわたり事業を続ける中で、撤退を考えたこともあったのでしょうか。 

 

 やはり医療・福祉分野への進出は先行投資が大きく、施設建設など多額の資金が必要です。そのため、教育事業の利益を投資に回すなど、リソース配分を常に見極めながら進めてきました。今でも「どこに優先的にリソースを投じるか」という判断は、重要な経営課題です。 

 

 例えば、ココファンの新規開設やまちづくり、グローバル教育への投資など、案件ごとにグループの目指す姿にどれだけ近づけるかを考え、優先順位を決めています。幸い、現在は財務的な健全性も保てているため、両輪での投資が可能ですが、将来的にどちらかを選択しなければならない局面が来るかもしれません。その時は、グループとしてのビジョンに最も近づく選択をしていくつもりです。 

 

――こうした意思決定は、年に1度まとめて行うのでしょうか。 

 

 いえ、意思決定の機会は毎月あります。むしろ、毎月のようにチャンスがあればすぐに議論が始まりますし、経営陣もどこからともなく新しい案件を持ち込んできます。経営陣自身が積極的にチャンスを探している、そういった雰囲気がありますね。 

 

――案件はセントラル(本社)主導で集約するのでしょうか。それとも各事業会社から上がってくるのでしょうか。 

 

 両方あります。各事業会社から上がってくる案件は、規模としては比較的小さめなものが多いです。既存事業の戦略の延長線上にある案件が中心です。一方、セントラルで扱うのは、グループ全体の戦略に関わるような大きな案件で、各事業会社の枠を超えたものが多いですね。 

 

――M&Aは多くの企業が挑戦してもなかなか成功しない分野です。学研グループがここまで成功している要因はどこにあるとお考えですか。 

 

 M&Aが本当に成功したかどうかは、本来は10年以上経ってみないと分からないものです。私が入社してからの5年間で売上高は420億円ほど増えましたが、営業利益は18億円ほどしか増えていません。当期利益に至っては、ほとんど増えていないのが実情です。M&Aは「足し算」になりがちで、買収時にはバラ色の成長戦略を描きますが、実際には利益の出ていない会社が集まるだけの状態になることも少なくありません。 

 

 そこからPMI(統合プロセス)や戦略、人材の入れ替えなどを通じて、ようやく財務指標に近づけていきます。今は「くっつけただけ」の案件もありますが、例えば2018年に買収したMCSは7年が経ち、グループトップレベルの売上高・利益を生み出すまでに成長しました。これは買収したこと自体も正解でしたが、統合の仕方やグループへの関与のさせ方が成功の要因だったと考えています。 

 

 一方で、くっついただけで終わってしまった案件もあります。どのタイミングでどのように本格的なテコ入れをするかが重要で、買った時点で満足して終わってしまうのは避けなければなりません。 

 

 

――経営者の交代や入れ替えはどうしていますか。 

 

 基本的に経営者の入れ替えはしていません。相手側が望めば対応しますが、望まない場合は基本的に現経営陣でやってもらう方針です。ただし、グループの中で補強が必要な場合には人材を送り込むこともありますし、必要に応じて外部から人材を招くこともあります。 

 

――MCSのPMIが成功した要因を、どのように分析していますか。 

 

 これは本音と建前があるのですが、やはり「学研グループの一員である」という意識を社員にいかに浸透させるかが大きなポイントです。例えば、MCSの社長を学研グループの取締役会のメンバーにすることで、グループ全体の戦略を自然と意識するようになります。自社だけのPL(損益計算書)や社員の処遇だけを優先するのではなく、グループ全体の最適化を考えるようになる。これが大きな変化です。 

 

 また、横のつながりや人材の流動性も高まります。例えば学研本体で余剰人員が出た場合、MCSで新しい事業や出版にチャレンジしてもらう発想が生まれます。実際、MCSでは認知症関連の出版事業も始めており、これが意外と好調です。こうしたグループ内のシナジーが、PMI成功の大きな要因だと考えています。 

 

――グループ全体としてのシナジーやブランド活用はどうしているのでしょうか。例えばMCSの出版事業では、学研ブランドを使っていませんよね。 

 

 MCSの出版事業では、あえて「学研」ブランドを前面に出していません。それでもしっかり売れています。実際、今出版を担当しているのは学研の出版部門出身のメンバーです。これが、もし学研の一部門としてやっていたら、なかなか新しいことに挑戦しづらかったかもしれません。 

 

 最初に売れ行きが芳しくなかったり、少ない部数しか出せなかったりすると、そのためだけに編集者を採用するのも難しいです。出版部門の論理で「やる・やらない」が決まりがちですが、MCSでは「認知症の本だけを出したい」という強いニーズがあったので、スピンオフ的に独自で出版事業を始めた経緯があります。 

 

 

 
 

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