( 317118 ) 2025/08/18 06:01:31 0 00 マクドナルドが転売問題解決するつもりがなさそうだ Photo:PIXTA
「またか…」多くの人がそう感じた、マクドナルドのハッピーセットをめぐるポケモンカードの転売問題。転売ヤーの殺到、大量の食品ロス、SNSでの批判の嵐。これだけの騒動に対し、マクドナルドが提示した対策は「やる気ゼロ」と言わざるを得ないものでした。加えて、一連の炎上騒動は、マクドナルドにとって「ノーダメージ」どころか、計算ずくの戦略である可能性が浮かび上がります。SNSの攻撃も「こうかがない」とばかりに、彼らが決して本気の転売対策を打たない冷徹な本音とは。その裏側を経済学的に読み解きます。(百年コンサルティングチーフエコノミスト 鈴木貴博)
● 転売と食品ロスに批判の嵐 だが、マクドナルドは“ほぼ無傷”
マクドナルドのハッピーセットが炎上した問題ですが、結果としてマクドナルドは無傷どころか得をしているのではないでしょうか。
今回の事案は既に多くのメディアで報道されていますので、簡単にポイントだけをまとめます。8月8日にマクドナルドがポケモンのおもちゃとポケモンカードがもらえるハッピーセットを発売しました。
すると発売当日の朝、明らかに転売ヤーと思われる利用者多数がマクドナルドの店頭に殺到しました。子どもにせがまれて8時台にお店を訪れた利用者の話ではその段階ですでに新規の注文は受け付けられない状態だったといいます。
ハッピーセットは事前に「ひとり5つまで」と告知されていたにもかかわらず、モバイルオーダーでたくさん購入できたことでこのような状況が生まれたと報道されました。また注文可能な数がポケモンカードの在庫とは連動しておらず、店頭で自分の順番が来るのを待っていた人も「この先はポケモンカードはなくなります」と告知されたそうです。
ポケモンカードがなくなってもおもちゃだけはつけてもらえる状況だったというお店もあったようです。そのため順番が来た人に「どうしますか?」と訊ねたところ「私では判断できないので確認させてくれ」と言って誰かに電話をかけ始めたそうです。こうして午前中、多くのお店でまともに営業できない状況が続きました。
そしてメルカリなど日本だけでなく中国のフリマサイトでもポケモンカードは高額で転売されていることが確認できます。さらにはカードとおもちゃを取り出した残りのバーガー類が大量に廃棄されているという情報も拡散します。
事態を受け日本マクドナルドは8月11日に謝罪と対策の声明文を出します。「マクドナルドは、ハッピーセットの転売目的での購入や、食品の放置・廃棄を容認しません」としたうえで、今後の対策として「より厳格な販売個数制限を設けさせていただく」とともに「各フリマアプリ運営事業者様に対しても、より実効性のある対策を要請してまいります」という内容です。
この対策は実効性を伴わないのではないかと批判が出ています。というのも最近だけでも「ちいかわ」「マインクラフト」「星のカービイ」のハッピーセットで同じ転売問題を繰り返しているからです。
消費者から見れば「またか」ということですし、現実に一週間たった今でもメルカリでポケモンカードがたくさん出品されている状況は改善されていないまま、本日からはポケモンの第二弾、8月22日からは第三弾が予定されています。
なぜこのようなことが繰り返されるのか?転売とフードロスでマクドナルドのブランドに傷がつけば損だと考えればポケモンの第二弾は中止してもいいはずです。そうならない理由を考えると、一番合理的な解釈は「マクドナルドは今回の炎上事案でも得をしている」という解釈になります。ここを3つの視点で整理していきたいと思います。
● 視点1:なぜ転売が起きたのか?
最初に「転売は悪い」と決めつける前に、なぜ転売が起きるのかを整理しましょう。経済学的には転売が起きる理由は明確です。価値のある商品が需給バランスよりも極端に安く販売されるからです。
今回のようなハッピーセット以外にもメルカリで転売される典型的な商品にはパターンが存在します。イベントで配布される人気キャラのグッズ、ユニクロが数量限定で販売するコラボ商品、スイッチ2など人気で品薄なゲーム機本体などが典型パターンです。
たとえば普通に買えば一着4万円もするブランドがコラボ商品なら3990円で買えるような場合は店頭ですぐに売り切れてしまうのは当然で、フリマサイトで高額の転売が起きやすくなります。発売直後のゲーム機は別に安売りしているわけではありませんが需要が極端に多いのでやはり需給バランスが崩れて高額の転売が起きやすくなります。
これは「転売が悪い」という解釈とは別に「高額でも欲しいという消費者がいる」ことを示しています。
どんなに禁止を呼びかけても需要がある限り取引が行われるのがブラックマーケットの本質です。極端に需給が悪い状況を作ってしまったケースでは、法律で禁止するか、スイッチのように技術的に転売ヤーから買うと動作しないようにする以外に転売を止めることはできません。
ですからハッピーセットの場合は、明らかにお得なセットを販売すると決めた瞬間に、経済的には転売規制は意味をなさなくなるのです。
● 視点2:ハッピーセットがお得な理由
さて、そのメカニズムを前提に考えると、ハッピーセットの転売対策の一番いいやり方は経済学的には価格操作です。たとえばポケモンカードとおもちゃが入ったハッピーセットは2990円で販売したら?当然のことながら需要が激減して需給バランスが改善されます。需給バランスが改善すれば転売のうまみもなくなりますから転売ヤーも激減します。
しかしそうはなりません。現実のハッピーセットは税込みで510円から買うことができます。
ここでこの価格設定を不思議に感じるかもしれません。ハンバーガーにドリンクとポテトがついたハンバーガーセットは税込みで500円からの価格設定です。これにおもちゃとポケカがついたハンバーガーのハッピーセットが510円ですから、差し引きで考えると「おもちゃとポケモンの価格は10円!」ということになりますよね。
これは通常の取引と考えるとおかしな話です。おもちゃとカードの製造には原価がかかりますし、ポケモンを使う以上ライセンス料も発生します。それをまとめて考えたら10円だと大赤字です。
しかしこの価格設定、マクドナルドから見ればこれでいいのです。というのもハッピーセットは通常の取引ではないのです。ビジネスとしてはおもちゃとポケカにかかるすべてのコストは日本マクドナルドにとっては広告宣伝費です。
「ポケモン」にしても「ちいかわ」にしても「マインクラフト」にしても「ディズニー」にしても、ハッピーセットの役割はその広告宣伝効果で子どもたちがマクドナルドのお店に来たがるようになることです。
日本マクドナルドというとよくテレビで広告を見る気がしますが、実は年間の広告宣伝費は約85億円とそれほど多額ではありません。それよりもハッピーセットのように口コミで子どもたちの間で自然に広まる広告効果の方が集客には有効なのです。
● 視点3:「不満を持った人」と「実際の客」の不一致
ここまでの考察を前提にしても、今回の事態はマクドナルドに一定のダメージがあったことは間違いないでしょう。ではどのようなダメージなのかを考えてみましょう。
私が一番深刻だと感じたのは当日のクルー(従業員)たちの疲弊です。店舗を利用する人たちからのクレームや罵声を浴び、いくらバーガー類を作ってもオーダー数はこなせません。徒労のうえに顧客からの不満を受けるのではやるせないでしょう。
先述したようにこの状況はクルーから見れば「星のカービイ」「ちいかわ」「マインクラフト」「ポケモン」と継続していますから、もう辞めたいと考えるクルーも少なからず出たはずです。ここはマクドナルドにとって明らかにデメリットが生じた部分です。
では消費者の不満はどうでしょう?実はここは微妙なミスマッチが生じています。
まず不満を感じた立場の利用者としてポケモンカードファンがいるはずです。マクドナルドでしか買えないポケカが売り切れで買えなかった。結局メルカリで高額で買わなければいけなくなった。だから不満だという消費者です。
転売で駆り出されたひとたちも不満でしょう。朝お店に行ってさっさと50個持ち帰る予定が何時間待っても用意されない。そのうちポケカはもらえないとまで言われる。結局元締からは叱責(しっせき)され報酬も削られて、だから不満だというひとたちがいたはずです。
さらに意識高い系の第三者も不満でしょう。あれだけフードロスは地球環境によくないと言い続けているのに、また大量の食品が廃棄されたと大きな不満を感じたはずです。
そしてよくよく考えてみると、この3つの不満を持つ層は実はマクドナルドのコアな顧客層ではありません。マクドナルドがターゲットとしている顧客層と、今回の騒動でマクドナルドに不満を感じた顧客層には、微妙なミスマッチが生じています。ですからこの3つの不満はマクドナルドにとってノーダメージです。
もちろん、マクドナルドのコアな顧客層の中にも今回の騒動で被害を感じた人はいます。ひとつは8月8日の朝、マクドナルドで朝食をとろうとした人。このひとたちは騒動のせいで結局、セブンイレブンでパンとコーヒーとから揚げを買って帰ることになったかもしれません。でも被害は軽微です。マクドナルドで朝食を食べる日を別の日に振り替えればいいだけですから。
では8月8日の朝、子どもにせがまれてお店に出かけたお父さん、お母さんはどうでしょうか?朝出かけて結局ハッピーセットは買えず、子どもをがっかりさせてしまった。徒労と不満を感じたはずです。
ではそういった親たちはこのことで「もうマクドナルドには行かない」と思うでしょうか?そんなことは起きません。なぜなら子どもに頼まれたらまた行動するのが親というものです。
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