( 317133 ) 2025/08/18 06:16:44 0 00 アメリカは頭脳で稼ぐが、実際のものづくりはしないという(写真:xtrekx/PIXTA)
国内の製造業保護を名目として、各国に「関税戦争」を挑み続けるアメリカのトランプ大統領ですが、評論家の宮崎正弘氏は、「トランプの高関税による米国への製造業移転は絵に描いた餅におわるだろう」と指摘します。 そろ理由として宮崎氏が指摘する、アメリカの産業構造が抱える「歪(いびつ)さ」とはいったいなんなのでしょうか。同氏の著書『トランプ大統領VS巨大金融資本』から一部を抜粋・編集する形で解説します。
■目を蔽いたくなる「ボーイングの凋落」
目を蔽いたくなる衝撃は、あのボーイングが凋落の途にあることだ。一方でエアバスは世界の航空会社が好んで選択し受注残が相当数ある。また中国の国産機が国際規格不承認なのに中国国内線に投入され、ラオスにも提供して国際線(中国−ラオス間)で飛ばしている。これもボーイングにとって脅威だろう。
あれほど信頼され、「世界の翼」と評価された筈だったが新型737MAXは連続して墜落事故を起こし、原因を究明すると、同社が技術集団を軽視し進路を誤らせた経営方針が浮上した。これは「ものづくり」を忘れた米国経済のアキレス腱である。
ボーイングはコスト削減をはかり、枢要な開発部門を閉鎖したためエンジニアの開発意欲を削いだ。四半期ごとの決算発表は短期的な利益追求が株主の要求だから長期的な企業戦略の立案、実行は困難となる。視野狭窄で経営陣は利潤のみを追求した。エンジニアの開発精神を萎縮させ、技術力は凋落した。
アメリカの産業力の衰退は鉄鋼、造船から始まった。鉄鋼の町ピッツバーグなどはラストベルト地帯と呼ばれ、急速に寂れた。アメリカは日本を逆恨みしたが、筋違いである。
技術開発を怠ったからだ。日本製鉄のUSスチールの買収案件にしても、日本との提携が進まなければ、技術力はさらに衰退する。
ようやくそのことを理解できたトランプは2025年5月30日に日鉄のUSスチール買収を条件付きで認め、自らピッツバーグへ飛んで工場労働者の前で演説し、同工場を見学した。
■晴れた日も見えなくなった「GM」
アイアコッカが再建したと自慢したクライスラーもまた沈没し、テスラが新興勢力として伸びた。
かつて黄金の日々、「晴れた日にはGMがみえる」とその全盛を描いたベストセラーも日本勢に押され、斜陽が甚だしくなってデトロイトが寂れた。GMは晴れた日も見えなくなった。
ボーイング社は未曾有の赤字に転落し、ワシントン州、オレゴン州、カリフォルニア州工場で従業員3万3000人が加盟する労働組合は会社側との交渉条件を拒否しストライキを続行した。
「賃金が何年もインフレに追いついていないにもかかわらず、役員賞与に数百万ドルを費やしているのはナニゴトカ」と40%の賃上げを求めた。このストライキによってベストセラーだった737MAXMAXと737ワイドボディ機などの生産が停止した。
世界の半導体を牽引してきたインテルも2兆5000億円という巨額の赤字に転落し、2024年12月にゲルシンガーCEOは退任した。
トランプはこうした産業の衰退をいかに回復させるか、高関税を「美しいし、歳入が増える」とのたまう以外に、具体的政策を持っていない。
産業のコメと言われる半導体は日本に圧力をかけて(2次に亘った日米半導体協定)、市場から排撃した。ところが保護されるべきインテルも開発競争で台湾のTSMCに敵わなくなった。
アメリカ政府は巨額の補助金をつけて台湾、韓国の企業誘致、あべこべである。中国の脅威には技術ではなく高関税で対応した。トランプの高関税はかえってアメリカのGDPを1%ほど押し下げる。
トランプにとって重要なのは目に見えるかたちで自国産業を守ることである。
90年代からアメリカ経済を牽引したマイクロソフト、アップル、グーグルなどビッグテックは突然、中国のディープシークの登場と市場混乱によって凋落が始まったように見える。快進撃を阻害するのは伝家の宝刀、独禁法だ。
そしてこれらシリコンバレーのIT企業がトランプ政権のすすめる暗号通貨推進に相乗りした。これこそ最重要なポイントである。
■なぜ「ものづくり」より関税にこだわるのか?
トランプには「ものづくり」で劣勢のアメリカ産業の立て直しを基本的に考え直すという基本的ヴィジョンが希薄である。AIに投資し、半導体で中国を封じ込めるというバイデン政策の枠を越えていない。
自国の産業をまもるために関税を武器とする。『関税、関税、関税』である。そして『投資、投資、投資』だ。
メキシコとカナダへ25%の高関税をかけると脅し、BRICSには米ドル体制から離れるなら100%関税を課すとブラフをかける。
じっさいに中国には145%の追加関税をかけ、息の根を止めようとする。頭の中にあるのは不動産取引の延長のごとし。
問題はなぜトランプが関税にこだわるのか、である。
曾てアメリカの産業力を象徴したボーイングの技術劣化、GM、フォードの不振、クライスラーの再編がなぜ起こったか、なぜUSスチールが日本製鉄と経営した方が、アメリカ経済にとってプラスになるのかを考えるに至ったのだ。
アメリカの製造業は安い中国品を輸入するばかりで、なぜ自ら製造しようとはしなかったのか。
1970年代後半から、80年代にかけて、日本経済の興隆は凄まじいものがあった。日本資本はNYの不動産を買いあさった。ロスの目抜き通りウィルシャーブールバードの著名なビルも日本の秀和などが次々と購入し、アメリカ人からみれば『日本の侵略』と映った。
日本への嫉妬、怨念を抱いたアメリカ人が夥しく、トランプもその1人だった。
「東京がロックフェラーセンターを含む米国の象徴的なブランドや不動産を大量に購入していく様子をトランプ派は前列で見ていた。そのとき、米国の同盟国との関係についてのトランプの世界観が形成され、輸入品に対する関税への執着が始まった」(BBC、25年2月8日)
トランプが1987年に出した著書『交渉の達人』(「The Art of the Deal」)のなかでときの政権の貿易政策を激しく非難している。
「同盟国に公平な負担を課すことで外交政策を扱う」と明言し、日本が米国市場に「ダンピング製品」を輸出して膨大な貿易黒字を形成したのだと総括する。
雌伏30年、かれは大統領に立候補し、奇跡の当選を果たした。
■「関税は早急に結果を得ようとする短絡的発想」
レーガン政権は親日的と言われたが、貿易に関しては保護主義的なスーパー301条などが議会で目白押しとなった。
トランプが「台湾の半導体の勃興は米国から技術を盗んだからだ。台湾は(ずる)賢い」などという暴言も、同じ発想である。アメリカの製造業の衰退がなぜおきたかを直視せず、他国の競争を最初から不正とみるのだ。
トランプは80年代の日本の猛威について、「日本と他の国々が何十年も米国を利用し続けてきたからだ。日本は防衛に適切な費用を回避し、(米国が無償で防衛してくれる限り)、前例のない黒字を生み出して、強力で活気のある経済を築いてきた」と主張した。
それゆえ「明白な解決策」とは「課税」することだと短絡的になる。
クライド・プレストウィッツはレーガン政権下で商務長官顧問として日本との交渉を指揮した。彼のベストセラーは『日米逆転』(『TRADING PLACES』)である。
「関税は早急に結果を得ようとする短絡的発想でしかなく、タフガイのポーズは見せかけのものだ。それが何らかの形で効果的かどうかは、本当に議論の余地がある」と書いた。
結局、半導体もAIもSNSも、ほぼすべての新技術はアメリカ企業によって発明され、特許とビジネスモデルを登録し、さきんじてルールを決めた。
■「ロイヤリティー収入」で稼ぐビジネスモデル
ロイヤリティー収入で稼ぐ。頭脳は稼働するが手足は動かさないというのがアメリカの優秀な発明家、起業家が考案したビジネスモデルである。
イーロン・マスクもビル・ゲイツも、ザッカーバーグもベゾスも生産現場の経験が殆どない。アメリカは頭脳で稼ぐが、実際のものづくり、たとえばスマホもパソコンも外国で下請けさせている。
アメリカ産業全体の衰退は、この産業構造の歪(いびつ)さにあるわけで高関税は政治的で、一時な防衛措置でしかない。
たとえば自動車産業を米国内に移転させれば関税を免れることができるが、労働の質が悪い上、最低賃金が時給17ドルでは、コスト高になる。工場の新設は3年以上かかる。
この点でトランプの高関税による米国への製造業移転は絵に描いた餅におわるだろう。
宮崎 正弘 :評論家、作家
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