( 317148 )  2025/08/18 06:33:30  
00

(※写真はイメージです/PIXTA) 

 

「変わりないよ」「元気でやってるよ」電話口で聞こえる親の元気な声をつい過信していないでしょうか。しかし、その言葉の裏で、孤独や心身の衰えが静かに進行しているケースは少なくありません。本記事ではAさんの事例とともに、避けては通れない「親の老い」という現実について、FP1級の川淵ゆかり氏が解説します。 

 

いまから2年ほど前、新型コロナウイルスが収まってきたころの話です。 

 

45歳のAさんは関東地区のメーカー企業に勤務する課長職のサラリーマン。高校生の一人息子とパート勤めの妻と3人で、勤務先から車で30分ほどのところの戸建て住宅に住んでいます。 

 

Aさんの実家は日本海に面した地域にあり、新型コロナウイルスの流行のため、3年ほどは帰省することができずにいました。Aさんの父親は4年前に他界。実家には73歳の母親が一人で住んでいます。 

 

母親は中学校の教師をしていたためか、優しく穏やかな雰囲気ですが、実にしっかりした女性でした。「今年のお盆は久しぶりに母親の顔をみにいこう」と妻や子どもに声をかけますが、どちらも気のない返事。特に高校生になった息子は「バイトもあるし、友達と約束もあるから僕はいいや」と3年前とは全然違う態度です。 

 

Aさんには3歳年下の弟Bさんがいますが、海外赴任で実家には長年帰省しておらず、母親が心配なAさんは一人で帰省することにしました。 

 

「時間が止まっているようで落ち着くなぁ」 

 

電車やバスを乗り継いで到着した実家のある田舎は3年前とまったく変わらない風景でした。しかし、実家に到着したAさんを待っていたのは3年前とは違った様子の母親だったのです。 

 

Aさんの姿を見るなり、一瞬不思議そうな顔をして「あれ? Bか?」と海外にいる弟の名前を発したのです。「母さん、嫌だな、僕だよ。昨日も電話で話したじゃないか」というと「あぁ、そうかい?」と3年ぶりに会ったのに拍子抜けするばかりです。 

 

それにもましてAさんを驚かせたのは、家の中の様子でした。しばらく掃除をした様子もなく、台所も洗い物が溜まっています。数日前から帰省することは伝えてあり、母親はいつものようにAさんの好きな手料理を作って待っていてくれているものと思い込んでいたのです。 

 

 

[図表1]認知件数の推移と被害額の推移 出所:組織犯罪対策第二課広報資料 

 

[図表2]振込の形態別認知件数 出所:組織犯罪対策第二課広報資料 

 

Aさんは休みを延長して、お盆明けに母親を病院に連れていくことに。母親の暮らしを支えているのは、自身の基礎年金と、亡き父の遺族年金です。合わせて月15万円ほどの収入で、田舎での一人暮らしには十分でも、今後の医療費や万が一、施設に入居する場合の費用を考えると、決して安泰ではありません。 

 

いざというときのために父が遺してくれた貯蓄がいくら残っているのか、把握しておかねば……。そう思い、保険証を探そうと貴重品がまとめて入っているタンスの引き出しを探していると、預金通帳が目に留まります。Aさんが通帳を開いてみると、500万円という大きな金額が引き出されてしまっていました。 

 

驚いて母親を問いただすと、返ってきたのは「だってお巡りさんが来て、お前を釈放するためにお金が必要だっていって……」という答え。――典型的な詐欺の手口。急速に体中の血液が冷えていくのを感じます。Aさんにとって、人生で初めて生きた心地がしないと感じた瞬間でした。 

 

警官をかたる詐欺の増加 

 

特殊詐欺の認知件数と被害額は右肩上がりで増加。なお、被害の高額化も問題で、500万円超の被害額は812.3億円と、全体の被害額の93.3%を占めていることがわかっています。 

 

また、Aさんの母親が騙されたように、警察官を語り逮捕名目等で現金を騙し取る特殊詐欺も増加しています。警察官を名乗って電話をかけてきたり、SNSに誘導したりして金銭をだまし取る、といった手口があります。 

 

さらに、注意すべきは高齢者だけではありません。若年層であっても騙される人がいるようで、ビデオ通話で警察手帳や逮捕状をみせるなどしてインターネットバンキングで送金させる、といった手口もあるようです。警察はビデオ通話やSNSを使ってのやりとりはしませんので注意しましょう。 

 

加えて、最近はインターネットバンキングを利用した振り込みが増えており、全体の6割を超えている状況です。 

 

 

病院に連れて行くと母親は「認知症」と判断されました。しっかりした母親だと思っていたAさんはかなりのショックを受けました。 

 

父親が亡くなって悲しみがやむ間もなく新型コロナウイルスが流行り、ほとんど誰にも会わずに一人で家に引きこもるようになったことが原因なのかと考えると、母親が可哀そうでなりません。Aさんは自分ではまめに電話をかけていたつもりだったのですが、なぜか母親は電話口で詐欺にあったことは話さず、Aさん自身も母親の異変に気が付かなかったことを悔やみます。なお、通帳からの多額の引き出しからは1年以上も経っており、母親も当時のことはほとんど覚えていないため、泣き寝入り状態です。 

 

[図表3]年齢別認知症有病率 出所:「認知症施策の総合的な推進について」令和元年6月20日厚生労働省老健局より筆者作成 

 

厚生労働省の調べをみると、高齢になるほど男性よりも女性のほうが認知症になってしまう割合が高いことがわかります。女性のほうが平均寿命が長いことや女性ホルモンの減少が関係しているようです。 

  

 

今後も日本は高齢化が進みますので、認知症有病者数とその割合は増え続けます。厚生労働省の発表によると、2050年には1,000万人を超え、2060年には高齢者の3人に1人が認知症になることもあり得るとしています。高齢者がいるご家庭では、食事や運動の習慣、コミュニケーションを増やすなど、できるだけサポートして認知症を予防するようにしましょう。 

 

 

 

〈参考〉 

 

「令和6年における特殊詐欺及びSNS型投資・ロマンス詐欺の認知・検挙状況等について」令和7年5月23日 組織犯罪対策第二課広報資料より 

 

https://www.npa.go.jp/bureau/criminal/souni/tokusyusagi/hurikomesagi_toukei2024.pdf  

 

「認知症施策の総合的な推進について」令和元年6月20日厚生労働省老健局 

 

https://www.mhlw.go.jp/content/12300000/000519620.pdf  

 

https://www8.cao.go.jp/kourei/taikou-kentoukai/k_1/pdf/ref3-2.pdf  

 

厚生労働省認知症参考資料R5.4.19 

 

https://www.mhlw.go.jp/content/12404000/001088515.pdf  

 

川淵 ゆかり 

 

川淵ゆかり事務所 

 

代表 

 

 

 
 

IMAGE