( 317403 )  2025/08/19 06:27:06  
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“やる気”を引き出す新しい方法 

 

 コクヨが発売した「大人のやる気ペン」(希望小売価格9900円)に注目が集まっている。2019年7月に発売した子ども向けの「しゅくだいやる気ペン」(同7599円)のヒットを受けて開発。同製品は、累計販売台数が5万台を突破している(2024年2月時点)。 

 

 「大人のやる気ペン」は、ペンに取り付けて学習すると専用アプリで学習量を可視化。継続することで叱咤激励のメッセージが届いたり、すごろくを進めながらアバターの着せ替えができたり、同製品を使う仲間の存在を感じられたりする。こうした仕組みを通じて、日々の学習のモチベーションにつなげていく。 

 

 2025年1月に応援購入サービス「Makuake(マクアケ)」で先行発売した結果、3600人以上が購入し、総額は約3500万円に達した。2025年5月には一般発売を開始。「文房具総選挙2025」(主催:GetNavi)では、大賞を受賞した。 

 

 価格は約1万円と安くはないが、なぜこれほど人気があるのか。コクヨ イノベーションセンター やる気ペングループ グループリーダーの中井信彦氏に、開発背景や反響を取材した。 

 

 コクヨが「大人のやる気ペン」の開発に着手したのは、「しゅくだいやる気ペン」を発売してから3年ほど経過した頃。SNSやWeb上のレビューで、「大人がしゅくだいやる気ペンを使っている」といったコメントを目にするようになったためだ。 

 

 「以前から、『仕事やる気ペンがほしい』といったネタ的な投稿はよく見かけていました。しかし、それとは異なる『資格勉強に使っている』などのコメントが増え、『本当に使っているのかな』と思って、『しゅくだいやる気ペン』の利用者に聞いてみたんです」 

 

 すると、利用者のうち数%が大人であることが判明。インタビューしてみると、約7割が資格勉強や自己学習に使用していて、難易度の高い資格試験に挑戦する人が多かった。そんななか、「どうしても最初の10分ができない」「以前、資格勉強に挫折した」「誰も褒めてくれないし、怒ってもくれない。孤独感がつきまとう」など切実な悩みを抱えていたという。 

 

 「何とかして学習を継続したいけれど、自身のがんばりだけでは続けられない。そうした悩みを持つ方が『しゅくだいやる気ペン』に興味を持ち、購入されていました。使ってみた結果、製品のおかげで合格できたという方も。子ども向けの製品を購入した極めてレアな方々ですが、製品の魅力が強烈に刺さっていると感じました」 

 

 「商品開発において最も大事なのは、深く刺さる人がいるかどうか」だと中井氏は言う。事業として成り立たせるには、ターゲットが広いかどうかの指標もあるが、人を幸せにすることにフォーカスした時には、「とにかく深く刺さっている」ことが価値になる。インタビューを通じて、ターゲット層の解像度がクリアになったという。 

 

 市場ニーズについても調べると、ニッチではあるが意外と広いことも分かった。コクヨが実施した1万人規模のアンケート調査では、大人の26%が資格勉強に取り組むものの、そのうち71%が途中で挫折していた。そうした背景から、“資格試験の勉強に切実に取り組む層”をターゲットに「大人のやる気ペン」の開発が本格化した。 

 

 

 「大人のやる気ペン」は、子ども向けよりも約60%軽量化した8グラムで、従来の鉛筆だけでなく、さまざまな筆記用具に取り付けられるよう設計した。体験設計も大人向けに変えているものの、コアとなる製品価値は変わらない。日常で感じるごく小さな動機付け「マイクロモチベーション」の誘発だ。 

 

 「学習の習慣化には『自己効力感』が重要だと言われますが、それは学習を一定継続して、ようやく得られる感覚だと思います。やる気ペンは、成長実感を得られる前段階の小さなやる気を引き出すことをサポートする製品と位置付けています」 

 

 同製品をペンに取り付けて文字などを書くと、そのボリュームに合わせてライトの色が白からピンクまで10段階で変化する。学習が終了したらアプリにデータを転送。すると、学習量がグラフやカレンダーに可視化されたり、一週間の学習傾向に応じて叱咤激励のメッセージが届いたりする。 

 

 さらに、学習量に応じて進めていく「すごろく」では、学びの旅の相棒として存在する亀のアバター(やる気ポット族)の着せ替えアイテムを取得できる。また、ポット族の仲間に出会うことがあり、これは同製品を使用している他の利用者のアバターとなる。 

 

 「学習量の可視化も重要ですが、多くの利用者がモチベーションにつながると話しているのは、仲間に出会った時にもらえる『ナカマカード』です。カードには、勉強する理由や勉強のコツ、かなえたい夢などが書かれていて、『どこかに自分と同じようにがんばっている人がいるんだな』と思えるのが、やる気につながるそうです。SNSのような双方向のコミュニケーションではなく、これぐらいの距離感が心地良いようです」 

 

 「カフェなどで勉強している感覚に近いのかもしれない」と中井氏。確かに、誰かが勉強している様子が見えると孤独感が軽減され、やる気の維持につながる人は一定存在するだろう。 

 

 「大人のやる気ペン」は、2025年1月にマクアケで先行発売。「どんな製品なのか」「なぜこれを発売したのか」という背景を丁寧に伝えたかったためだ。 

 

 「資格試験の勉強がどうしても続かない、挫折してしまうという方に向けた新規性のある製品であり、かつ単価が高い。ですので、なぜこの製品が必要なのかというストーリーを伝えて、それに共感した方だけに買ってもらうようにしないと、世の中に広く認めてもらえないと考えました」 

 

 結果的に、期間中(46日)に3600人を超えるサポーターから約3500万円の応援購入が集まった。目標は50万円だったので、6910%という達成率だ。想定以上の反響に、急きょ追加生産した。 

 

 「マクアケの会員は、新しいコンセプトのモノが好きな方が多いのですが、本製品は従来の会員とは異なる層から多く支持を得ました。では、そうした方がどこから製品を知ったかというと、『資格勉強が続かないあなたへ』と題したYouTube上の製品紹介動画です。勉強したいと思いながらも、『時間がない』と目を背けていた人がこの動画を視聴して、応援購入にいたったようです」 

 

 「あなたは一人じゃない。孤独な資格勉強に寄り添う超小型軽量ラーニングデバイス」といった動画上のメッセージが、資格勉強で挫折した経験を持つ人々に響いたようだ。8月中旬時点で、本動画の再生回数は26万回に達している。 

 

 その後は、5月12日に一般発売を開始。コクヨの公式ECサイトのほか、Amazonと楽天のコクヨ公式ショップで販売しており、好調だという。 

 

 「資格勉強への熱量が高く、製品コンセプトに強い興味を持つ方に購入していただきたいので、購入前にストーリーを丁寧に伝えやすいEC販売のみとしました。さらに利用者のレビューを集約したい狙いから、あえて店舗数を3つに限定しています」 

 

 8月中旬時点でAmazon42件、楽天140件のレビューがあり、いずれも評価が高い。マクアケを通じて得たフィードバックを生かし、一般発売前に製品を改善したことが高い評価につながったようだ。こうした一連の販売戦略によって、好調な流れを作り出している。 

 

 

 直近の販促では、ベネッセコーポレーションが展開するオンライン動画学習プラットフォーム「Udemy(ユーデミー)」と共同で、「大人の学び」を応援するプロジェクトを実施している。 

 

 「第1弾として、7月に本製品などが当たるキャンペーンを実施しました。引き続きコラボを続ける予定です。現状、新規性のあるモノが好きな層や文房具が好きな層には製品情報が届いている手応えがあるため、今後の展開として、勉強をする大人が集まる場所にアプローチしていきます」 

 

 また、“今日のやる気に出会うサイト”として「YARUKI ON」(やる気オン)を展開し、イベントの様子や関連コラムなどを配信している。将来的には、やる気ペンシリーズを通じて、「新たな事業の柱」を作りたい意向があるそうだ。 

 

 「IoT文具には、発売後に利用者とつながり続けられる強みがあります。取得したデータを研究材料にして、学びへのやる気を高めるための法則を見いだせれば、『文具』という枠を超えた『新たな事業の柱』になると思っています」 

 

 「やる気の法則」が見えてくれば、「やる気」を起点に製品展開が広がるかもしれない。 

 

(小林香織、フリーランスライター) 

 

ITmedia ビジネスオンライン 

 

 

 
 

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