( 317873 ) 2025/08/21 05:31:20 0 00 賞与の給与化がもたらすメリット・デメリットを理解するのが重要(出所:ゲッティイメージズ)
人手不足の深刻化に伴い、優秀な人材の確保は企業にとってますます重要な課題に。これを受け、多くの企業が「賃上げ」を行っています。人件費の増加に伴い、企業は限られた予算の中で人的資本への投資効果を最大化することを求められるようになりました。
このような状況下で、給与体系の見直しの必要性が高まり、具体的な方策の一つとして注目されているのが「賞与の給与化」です。実際にソニーグループやバンダイなどの有名企業がこの制度を導入し、話題になりました。
本稿では、日本の会社員が月給を重要視する理由から、主に企業が賞与の給料化を実施した場合のメリット・デメリット、これからの給与体系のあり方について解説します。
都内にある機械メーカーで、従業員数が200人のX社は、2024年4月に社員1人当たり平均で5%以上の賃上げを実行しました。昨今の経済情勢の中で、今後も賃上げが必要だと考えた社長以下経営陣は、その資金を確保する目的もあり、夏・冬と原則年2回、2カ月分を支給していた賞与をいずれも原則1カ月分支給へと変更することにしました。
1月の集会で、社長が全社員への説明を行い、全員に詳細な内容の文書も配布しています。月給も年収も増えるということで、その時点で特に反対意見はなく、就業規則の変更も無事に済ませたのですが……。
7月中旬、Aさん(管理課勤務の30歳)は「今日はボーナスの日だ」と朝からウキウキしていました。旅行が趣味のAさんは、ボーナスを当て込んで夏休みに海外旅行を予約しています。ところが、賞与明細を確認したところ、目に飛び込んできたのは……。
Aさん: 「えっ? 何これ!」
B課長(48歳。管理課長でAさんの上司): 「いきなりそんな大声出してどうした?」
Aさん: 「課長、見てください。僕のボーナス、去年の冬よりめちゃくちゃ減ってます」
B課長はAさんのスマホの画面をのぞき込みました。
B課長: 「あーそれね。社長が集会で話してたことだよ」
Aさん: 「すっかり忘れてた。困ったなあ。自分の基本給は28万円だから、額面で56万円もらえると思って、タイ旅行の予約をしちゃいました」
B課長: 「君は遊びに使えるからまだいいよ。ウチなんか住宅ローンの返済に子ども2人の学費の支払いもあるし……。去年は額面で90万円だったボーナスが45万円だなんて、全然足りない。確かに給料は上がったけど、生活が楽になった実感なんてないよ」
2人が周りを見ると、みんな賞与明細を見てため息をついています。中には「わーっ、本当にダダ下がり!」などと冗談交じりに騒ぐメンバーもいました。
夕方所用で管理課を訪れたC総務部長(50歳。会社の人事・総務担当責任者)は、部署の雰囲気がいつもと違うことに気付きました。
C部長: 「あれ?みんないつもより元気がないみたいだけど」
B課長: 「原因はボーナスですよ。いきなり半分になっちゃったからみんながっくりきてるってわけです。私もどうも仕事のやる気がでなくて」
C部長: 「そうか、よほどボーナスを楽しみにしていたんだな。事前に周知して反論がなかったので、納得してくれたと思っていたのに違ったようだ。この調子じゃ、モチベーションの低下が心配だ」
会社員の給与形態は主に「年俸制」「月給制」「日給制」「時給制」に分けられます。日本の場合、正社員の大半は月給制(支給額が1カ月単位で決められた給与形態のことで、月当たりの基本給+固定手当で構成される)です。
昨今は物価の上昇で生活費が増加し、その基盤となる月給額に対してますます労働者の目はシビアになっています。外資系を中心に年俸制(1年単位で給与総額の合意・更改を行う給与形態のこと)を導入する企業が増加傾向にあるとはいえ、年収ベースで比較するのはまだ一般的ではないと言えるでしょう。
「賞与の給与化」企業側のメリットとデメリット
あらためて、賞与の給与化とは年に1~2回支給していたような賞与を廃止・縮小し、その金額を月々の定期給与(基本給や職務給など)に組み込む制度設計を指します。「夏・冬の賞与支給額を減らし、その分を月給ベースに加算する」「成果連動型賞与を廃止し、固定的な給与体系に変更する」などがあります。
賞与の給与化が企業にもたらすメリットは、月給を高くして人材の獲得及び引きとめへのプラスとなることでしょう。具体的には、
・求人サイトや転職市場で、月額が明確に高いことによって「この会社は報酬面で安心できる」「待遇が良い会社」というブランディングにつながり、応募率の向上を期待できる。特に20代後半~30代前半の社員に効果的とされる ・実務経験のある中途人材は、年収全体よりも「月々どれだけ入るか」に注目する傾向がある。生活設計や住宅ローン審査などに関わるため、月給が高いほど転職判断がポジティブに働きやすい
などが挙げられます。
デメリットとしては「賞与のように業績などによる弾力的な運用が難しく、人件費が継続的に増加するので費用捻出の準備が必要である」「年収ベースで変化がなくても、賞与額の大幅な減額は社員のモチベーションを低下させる可能性がある」などが挙げられます。制度を導入する際には、事前に社員への十分な説明を行い、納得してもらうことや数回に分けて徐々に賞与割合を減らしていくなどの対処が求められます。
社員側のメリットとデメリット
賞与の給与化に関して、社員側のメリットは、固定給が増加して安定した額の生活賃金を得られることです。労働契約法によると、労働条件の変更なく基本給を減額することは「不利益変更」に該当するため、労働者の同意がない限り変更はできないとされています。
デメリットとしては「一時的な大型支出(旅行、大型消費財の購入など)に対応しづらくなる」「頭では年収額が同じ、あるいは上がるとわかっていても、人間心理として賃上げ分を毎月もらうよりも賞与としてまとめてもらった方がモチベーション向上につながりやすい」「ボーナスが減った分、仕事に対するモチベーションが下がる」などが挙げられます。しっかりと会社の事前説明などを通じて制度変更への理解を深め、必要に応じて早めに家計の見直しを行うべきでしょう。
まとめ
今後、日本企業の年収に占める賞与の割合は徐々に減っていくものの、賞与制度そのものが完全に消滅するわけではなく、企業文化の一部として残っていくと考えられます。月給重視の給与設計は、賞与だけにとどまらず退職金制度にも波及するでしょう。
企業が長期雇用から転職市場の活性化など流動性の高い雇用環境へと移行する中で、退職金という将来の支払い義務を抑えるとともに、短期的な成果やスキルを正当に評価し、報酬化することが求められるなど、変化に対応できる給与設計が必要になるはずです。
木村政美 1963年生まれ。旅行会社、話し方セミナー運営会社、大手生命保険会社の営業職を経て2004年社会保険労務士・行政書士・FP事務所を開業。労務管理に関する企業相談、セミナー講師、執筆を多数行う。2011年より千葉産業保健総合支援センターメンタルヘルス対策促進員、2020年より厚生労働省働き方改革推進支援センター派遣専門家受嘱。現代ビジネス、ダイヤモンド・オンライン、オトナンサーなどで執筆中。
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