( 317938 )  2025/08/21 06:45:25  
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 参議院選挙が終わり、結果は自公政権が大敗し過半数維持に失敗した。その一方で、参政党や国民民主党が躍進し新たな国会議員が生まれた。そんな国会議員の仕事とはなんだろうか。簡単にいうと、法律を制定したり、国家予算を審議したり、内閣総理大臣を指名したり、内閣を監視したり、だ。そういった仕事をこなすための手段のひとつとして、国会議員は内閣に対して文書で質問できる「質問主意書」という制度がある。2025年は140件の質問主意書を提出した元参議院議員浜田聡氏の秘書である村上ゆかり氏が事務所でどんな主意書を提出してきたのかを解説するーー。 

 

 テレビ中継される国会質疑とは別に、国会議員が内閣に対して文書で質問を行う質問主意書という制度がある。あまり知られていないが、国民が政治の動向を監視し、理解を深めるための重要な制度である。2025年の通常国会では、参議院議員浜田聡(当時)が140件の質問主意書を提出した事実は、SNSで大きな注目を集めた。提出された数の多さに加え、質問の質を高く評価する声がある一方、一部には国民生活に直結しない質問も含まれるという批判的な意見もあった。提出された主意書の中には、石破茂内閣総理大臣の過去の疑惑に関するものもある。 

 

 この質問主意書は、石破茂氏が1992年に北朝鮮を訪問した際の接待疑惑を取り上げている。2003年に週刊誌が報じた内容が元になっており、報道によれば、石破氏が、現地で女性による接待を要求し、実際に受けたという疑惑である。質問主意書では、この疑惑が日本の安全保障に重大な影響を及ぼす可能性があると指摘している。一国の首相が、外国勢力から弱みを握られているかもしれないという懸念は、外交や機密保持の観点から極めて深刻な問題だ。 

 

 質問は8項目にわたるが、簡単に抜粋すると 

 

・政府が石破氏の過去の訪朝についてどこまで把握しているか 

・疑惑について政府が調査を行ったことがあるか 

・政治家が自身への重大な疑惑報道に対して訴訟などの行動を取らない場合、その背景に国家的な配慮や外国からの脅迫がある可能性を指摘し、安全保障上のリスクとなり得るのではないか 

 

といったことを尋ねていた。 

 

 

 この質問に対する政府の答弁書は、ほとんどの項目で実質的な回答を避ける内容だった。石破氏の訪朝や訴訟に関する質問に対しては、内閣総理大臣就任前の政治家個人としての活動や私人としての行為に関するものであり、政府として答える立場にない、と回答した。政府が疑惑を調査したかという問いには、個人の活動に関することである点に加え、情報収集活動に支障が生じるおそれがあるため答えを差し控えたい、とした。その他も含め一連の答弁を見ると、具体的な情報はほとんど引き出せていない。 

 

 国会の委員会や本会議での質疑は、テレビ中継などを通じて国民が直接議論の様子を見聞きできる利点を持つが、質疑時間は制限され、特に少数会派はその質疑の機会が非常に少ない。一方、質問主意書は文書による質問であるため、時間的な制約を受けない。複雑な背景を持つ問題や、詳細なデータに基づく専門的な内容であっても、文字数に実質的な制限なく質問を構成できるうえ、提出回数にも制限がない。政府は期限内に文書で回答する義務を負う。 

 

 質問主意書に対する政府からの答弁書は、閣議決定という極めて厳格な手続きを経て確定する。 

 

 閣議決定とは、内閣総理大臣と全ての国務大臣が出席する会議で、政府の方針として全員一致で物事を決定する手続きである。答弁書に書かれた内容は、内閣全体の公式な統一見解となる。また答弁書案は、完成前に内閣法制局による審査を受ける。内閣法制局は、法律解釈の専門家集団であり、答弁内容が憲法や法律に矛盾していないか、法的な整合性が保たれているかを厳しく確認する。 

 

 質問主意書の価値は、得られる答弁の内容だけに限定されない。国会議員が特定の課題について政府に質問したという事実と、政府が質問に誠実に回答したか、あるいは回答を避けたかという結果も、質問書と答弁書の一対で公的な文書として永続的に保存される。例えば問題が起きた当時はその問題を知らなかった国民も、その後一度関心を寄せて調べれば、衆議院や参議院のウェブサイトを通じて見つけることができる。質問主意書を定期的にチェックしている有識者等には確実にその情報が届く。 

 

 政府は、政治的に不都合な質問や、答える準備ができていない質問に対し、実質的な回答をはぐらかす傾向を持つ。 

 

 

 駒澤大学の大山礼子教授の研究によれば、政府の答弁には、今後の捜査に支障をきたす、個別の事案にはお答えできない、といった実質的な回答を避けるための定型的な表現が用いられる事例が多数確認されている。このような答弁回避の傾向は、日本特有の現象ではない。イギリスの議会制度に関するユニヴァーシティ・カレッジ・ロンドンの研究報告書でも、大臣が意図的に曖昧な言葉を使ったり、質問の核心から論点を逸らしたりする答弁戦略の存在が指摘されている。政府からお答えを差し控えるという趣旨の、いわゆるゼロ回答しか得られない答弁でも、その事実を公文書として積み上げること自体が重要である。後々になってその問題が社会的に大きな影響を及ぼした際、少なくとも政府は当時、問題を把握していなかった、と主張することは困難になる。 

 

 石破総理の接待疑惑に関する質問主意書についても、この質問主意書が提出されたことによって政府は今後、この疑惑について知らなかったという言い逃れはできなくなった。もし将来、この疑惑に関連する新たな事実や問題が明らかになった場合、この質問と答弁は極めて重要な意味を持つ。また政府が、現職総理大臣の過去の重大な疑惑について、総理大臣就任前の行動を個人の問題と位置づけ、政府として回答する責任はないという立場を取った。つまり、政府はこの疑惑と距離を置き、深く関与せず、説明責任を果たそうとしていない、という事実をはっきりと知ることができる。 

 

 そして当然だが、この質問主意書は、答弁書を作成する過程で、その内容が石破総理に報告される。石破総理は、自身の過去の疑惑が国政の場で公式に問題視され、安全保障上のリスクとして追及されている現実を再認識することとなったはずだ。これは、総理大臣という公の立場にある人物に対し、説明責任を果たすよう求める無言の圧力としても機能する。 

 

 さて、答弁内容で分かる事は多岐にわたる。例えば、岸田内閣が掲げる少子化対策におけるEBPMが明確ではない可能性等に関する質問主意書(第213回国会、浜田聡参議院議員(当時)提出)に対する答弁書では、「御指摘の因果関係とは、例えば、広辞苑(第七版)によれば、原因とそれによって生ずる結果との関係とされているものと承知している」という一節が含まれていた。 

 

 

 この質問で取り上げられているEBPM(Evidence-Based Policy Making)とは、政府が新しい法律や制度といった政策を作るとき、これまでの経験や勘、一部の人の意見だけに頼るのではなく、信頼できる統計データや科学的な研究結果などの客観的な証拠を重要な判断材料にしようという考え方である。 

 

 当然だが、この考え方は因果分析を行う事が大前提である。しかし政府は、政策の有効性を科学的に検証するための因果関係について問われたのに対し、一般的な辞書の定義を答弁で引用した。この答弁から、政府内で政策効果を測定する上で因果関係、因果分析という極めて基本的な概念が、政策立案の現場で日常的に共有されていない可能性がうかがえると筆者は考える。このような一見すると奇妙な答弁は、政府の政策立案能力や科学的根拠に対する姿勢を国民が推し量るための重要な情報源となる。 

 

 ちなみにこの主意書の答弁はゼロ回答ではなく、むしろ問題の確信に迫った。「こども家庭庁や他省庁の政策のうち、合計特殊出生率と因果関係がある政策は存在するか」という質問への答弁は驚きのものであった。 

 

 結論をいうと、巨額の予算を投じてきた少子化対策の数々が、出生率の上昇に直接つながるという科学的根拠を何一つ持っていない事実を認めた。合計特殊出生率と個別施策の因果関係を示す資料を持ち合わせておらず、こども家庭庁以外の政策についても少子化の背景は要因が複雑に絡み合っているため、特定の施策と合計特殊出生率の間に因果関係があるとは言えない、というものだった。回りくどい言い訳のような答弁内容は、政府側が最も聞かれたくなかった質問である証左であろう。 

 

 公的年金シミュレーターに関する質問主意書についても、政府から驚きの回答が返ってきた。公的年金シミュレーターとは、厚生労働省がウェブサイトで提供するツールであり、いくつかの情報を入力するだけで、将来受け取れる年金額の目安が試算できる。 

 

 政府は質問に対する答弁書で、試算した年度の翌年度以降のマクロ経済スライドは反映されず、表示される年金額はマクロ経済スライドが反映された水準とはなっていないことを認めた。 

 

 

 
 

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