( 318223 ) 2025/08/22 07:02:39 0 00 (c) Adobe Stock
先の参議院選挙で自民党と公明党は大敗した。大敗し、過半数維持もできなかった。しかし第一政党は維持している。そうなると気になるのは、給付なのか減税なのか議論の行方だ。自民党は国民一律2万円給付を公約に掲げた一方で、野党の多くは減税を国民に訴えた。たしかにこれまで自民一強体制に国民はNOをつきつけたのだが、その一方で結局国民が最も支持しているのは自民党であることもまた事実だ。経済誌プレジデントの元編集長で作家の小倉健一氏が解説するーー。
参議院選挙の結果、自民党は第一政党の座を守った。しかし、与党全体(自公)では過半数を失う事態に至った。有権者の関心は、自民党が選挙公約として掲げた国民一律2万円の給付金に集まっているようだ。選挙結果を受け、給付金は支給されるのか、見送られるのか。
結論を先に述べれば、給付金が国民の手元に届く可能性は著しく低い。その根源には、政権のトップである石破茂首相自身の、公約を有権者との約束事と見なさない深刻な姿勢がある。給付金が実現しない最大の障壁は、ねじれ国会でも財源問題でもなく、首相の公約に対する信頼性の欠如に他ならない。
石破茂首相は過去の国会答弁で、自身の政治哲学を明確に示している。「当選したからといって公約を掲げた内容通りに実行するとはならない」と断言したのだ。発言の文脈が自民党総裁選挙に関するものであったという事実は、問題の本質を何ら変えない。国民の多くは、この発言を国政選挙で有権者に約束した公約でさえ守る気がないという、政治家の本音の表れだと受け取った。有権者との約束を、政権運営の都合次第で反故にできると考えている姿勢が露呈した。
この公約を軽んじる哲学は、今回の給付金問題において現実のものとなった。選挙期間中、石破茂首相は物価高対策の切り札として給付金の必要性を熱心に訴え、継続的な実施の可能性にまで言及していた。これまで地方創生など効果がない莫大なバラマキを掲げる一方で、減税だけはダメ、減税はポピュリズムなどと論理性を欠く主張を繰り返した挙句、いざ選挙となると有権者の支持を得るため、選挙買収ともおぼしき「現金給付」など甘い言葉を並べ立てた。
その結果、第一政党という肩書きは残ったが、与党は過半数を失い、法案や予算を通すためには維新や国民民主などの野党の協力が不可欠となった。維新は財政規律を重視し、一律給付には否定的だ。国民民主も恒久的な減税や手取り増を優先し、現金給付を最前線に置く考えはない。こうした政局で石破政権が公約通りの給付金を押し通す力を発揮できる可能性は、限りなく低いと言わざるを得ない。
石破首相は参院選後、「国民の理解を得られなかった」として公約を、自らの判断で事実上撤回する意思を示しているようにも見える姿勢を明らかにしている。もともと石破首相は、選挙での約束をそのまま実行する必要はないという考えを持っている。こうした政治姿勢は、2万円給付金のような即効性のある公約をあっさり捨てても不思議ではない。石破首相は党内の財政規律派、財務省に対して弱腰である。
公約は重たいものであり、石破政権が続投するのであれば、公約は守るべきであるが、もし、民意にとって現金給付が否定されたというのであれば、やはり減税を打ち出すべきであろう。
経済的効果の観点から言えば、恒久的な減税は現金給付より優れている面が多い。現金給付は短期的に消費を押し上げても、多くが貯蓄に回り、一過性に終わる。内閣府の分析では、2020年の10万円給付のうち約40%が貯蓄に回った。一方で恒久減税は可処分所得や企業利益を継続的に押し上げ、消費と投資を中長期にわたって刺激する。消費税や法人税を恒久的に引き下げれば、家計も企業も将来の見通しを立てやすくなり、経済全体の安定と成長につながる。
ただし、恒久減税の実現には、安定した財源の確保が不可欠だ。財源を生み出す方法を誤れば、減税の経済効果はあっという間に失われる。安易に国債を発行して減税の穴埋めをするやり方は、国の借金を膨らませるだけで、将来の増税という形で国民に重い負担が押し寄せることになる。未来の世代にツケを回す無責任な政治判断は断じて許されない。恒久減税は、政治家が人気取りで掲げる短命な公約とは異なり、経済構造に長期的影響を与える施策である以上、その財源は徹底した歳出削減によって捻出しなければならない。
自民党政権は長年にわたり、抜本的な行財政改革を避け続けてきた。既得権益や業界団体との癒着は深く、選挙での支持基盤や票田を守ることが最優先され、政策の優先順位は常にそこに引きずられてきた。本来であれば効果の検証を経て大胆に見直すべき公共事業は、採算性や地域経済への波及効果が疑わしいにもかかわらず延命され続けている。特定業界向けの補助金も、成果が薄いと分かっていながら削減されず、税金の投入が既得権の維持のために使われている。さらに、特別会計に積み上がった剰余金は活用されることなく温存され、表面的な財政の健全性を装う一方で、改革は先送りされてきた。
この結果、財政の硬直化は進み、無駄な支出の積み上げが常態化した。予算は既得権の維持装置と化し、経済成長を押し下げる構造が半ば固定されたまま放置されている。こうした構造は一朝一夕に生まれたものではなく、歴代政権が痛みを伴う改革から逃げ続け、公約を破ったり先送りしたりすることで温存されてきた。国民に耳障りの良い約束を掲げながら、いざ実行段階になると抵抗勢力との衝突を避け、増税と赤字国債発行で糊塗する――この政治文化こそが、日本経済を長期停滞へと導いた元凶である。
今こそ、歳出削減を断行する覚悟が求められる。効果が検証されないまま延命されている地方交付金や、農業構造改革を妨げる農業補助金、需要予測や採算性に疑問の残るインフラ整備、機能が重複したまま存続する行政機関や外郭団体、こうした支出はすべて真剣に見直されなければならない。さらには、万博、IR、副首都構想などへの支出は、国民生活に直接的な恩恵をもたらすとは言い難い。
歳出削減は必ず痛みを伴い、与党支持層や業界団体からの強い反発は避けられない。それでも、この政治的リスクを恐れて改革を回避すれば、恒久減税の財源確保は不可能となる。減税なき成長戦略は砂上の楼閣であり、実効性を欠いたまま終わる。むしろ、政治家が避けてきた難題に正面から取り組み、国民にその必要性と目的を丁寧に説明し、共感と理解を得ながら改革を進めることこそが、長期停滞を断ち切る唯一の道である。
石破茂首相と自民党が、有権者との約束を真剣に守る意思があるなら、まずは自らが最もやりたがらない歳出削減という茨の道に足を踏み入れるべきだ。
しかし現実には、参議院選挙の結果とその後の首相の言動を見れば、そうした覚悟は感じられない。2万円給付金は選挙戦で大々的に掲げられたにもかかわらず、結果が出た途端「国民の理解を得られなかった」として後退させる姿勢は、公約を有権者を釣るための一時的な餌としか見ていなかった証拠だ。ねじれ国会や財源問題以上に深刻なのは、政権のトップが約束を軽んじる政治姿勢そのものである。
有権者は、実現しない約束に振り回され続けることから卒業しなければならない。政治に求めるべきは、耳障りの良い短期的な現金給付や一過性の人気取り政策ではなく、日本経済を再生させる骨太なビジョンと、それをやり抜く覚悟、そして何よりも有権者との約束を守る誠実さだ。恒久減税の実現は、その覚悟と誠実さを測る試金石となる。財源は国債や増税ではなく、痛みを伴う歳出削減で確保されるべきであり、それこそが政治家の責任の証明となる。国民が賢明な有権者として、公約破りを断じて許さず、長期的な国家の利益を見据えた政策を求め続けることが、今の日本に最も必要な行動である。
小倉健一
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