( 318881 )  2025/08/25 04:39:14  
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コメ業界は新米シーズンを迎え、備蓄米や輸入米が多く出回っているものの、農家への影響が懸念されている。

生産者米価は高値が続いているが、小泉進次郎農林水産大臣の政策「じゃぶじゃぶ作戦」により安いコメが供給され、価格が下がっている。

これに対して農家は経営への悪影響を懸念し、意見書を提出するなどの動きが見られる。

また、政府の介入が続けば、農政が新たな借金地獄に陥る可能性もある。

全体的に、消費者と農家の利害が対立している状況が浮き彫りになっている。

(要約)

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備蓄米や輸入米が店頭に並び、新米シーズンを迎えるコメ業界は値崩れに戦々恐々。しかし農家保護のために再び政府が介入すれば、今度は農政が借金地獄に!? 写真/時事通信社 

 

生産者が手にする生産者米価は、現時点で、例年の数割増しの高値が続いている。ただ、今年の新米の産地が沖縄、九州を経て北へと移るにつれ、米価の上昇は小幅になっていく。 

 

これは小泉進次郎農林水産大臣による「じゃぶじゃぶ作戦」が〝奏功〟した格好だが、こうして安いコメを求めた結果、財政赤字が膨張する事態になりかねない。 

 

 

* * * 

 

■備蓄米が出回り、棚はダブついた 

今年の3月や4月頃まで、秋田や新潟といった米どころで示される今秋の生産者米価(農家が出荷時に受け取る金額)の目安は、極めて高い水準にあった。中でも高値を示していたのが商社で、提示額は60kg当たり3万円前後に達していた。 

 

高値取引の約束を木っ端みじんに打ち砕いたのは、5月下旬に就任した小泉進次郎農林水産大臣だった。就任直後に、備蓄米を5kg2000円で店頭に並べると表明したのである。 

 

「これは、じゃぶじゃぶにしてかなきゃいけないんだと。そうじゃなかったら、価格は下がらないと」 

 

小泉農相は6月中旬にこう発言し、米価を下げるために市場をコメでじゃぶじゃぶにする「じゃぶじゃぶ作戦」の敢行を宣言する。農水省によると、スーパーで売られるコメの平均価格は6月以降、ガクッと下がった。 

 

 

 

今や首都圏のスーパーには、小泉農相が放出した備蓄米、通称「小泉米」を山積みする店が珍しくない。その価格は5kg2000円程度だ。  

 

また、江藤拓前農相が放出した「江藤米」も3000円台で流通している。アメリカからの輸入も進み、3000円程度のカリフォルニア米が、備蓄米と隣り合って並ぶ店もある。コメの棚は、概してダブついている。 

 

それだけに、7月下旬にこんな報道に触れ、驚かされた。 

 

〈JA阿蘇(熊本県阿蘇市)の生産者概算金 一等米60kg当たり3万240円 前年比8220円高い過去最高額〉 

 

生産者概算金とは、JAが生産者からコメを集荷する際の仮払金だ。JA阿蘇が今年の新米に対して提示した金額は、前年比で4割近く高い。 

 

首都圏の消費者の肌感覚で言うと、米価は下がっている。関東甲信越や東北といった米どころでは、この金額は今や過去の話。そんな状況下にもかかわらず、JA阿蘇はなぜ、今春の絶頂期に近い価格水準で、農家からコメを買うと言うのか。そこにはカラクリがある。 

 

 

■関係者が恐れる値崩れという時限爆弾 

図表1をもう一度見ていただきたい。スーパーで価格が下がっているのは、備蓄米を含むブレンド米。銘柄米の価格は、あまり下がっていない。コメ売り場を訪れても、安いのは備蓄米やカリフォルニア米で、「コシヒカリ」や「あきたこまち」といった銘柄米の価格は据え置かれている。 

 

新米に高値をつけているのは、JA阿蘇に限らない。 

 

「九州や高知といった収穫時期の早い早場米の産地は、特に高い概算金を出している」 

 

 

 

こう話すのは、全国の米穀店約2000店を束ねる業界団体、一般財団法人日本米穀商連合会の専務理事・相川英一さんだ。 

 

コメ業界の関心は今、大きく言ってふたつの問題に集中している。ひとつは新米の出来具合。酷暑による渇水が各地で問題になっており、コメの品質の悪化や収量の低下が心配されている。 

 

そしてもうひとつが、値崩れの開始時期だ。値崩れのタイミングについては、業界関係者の間でも意見が分かれる。新米が本格的に出回る9月との意見もあれば、もっと先との見方もある。 

 

コメ余りは、民間在庫量に如実に表れる見込みだ。例年6月末時点においては、180万~200万t程度が適正な水準で、これを下回ると値上がりし、上回ると値崩れするとされる。昨年6月末には民間在庫量が過去最低の115万tを記録し、同年夏に「令和のコメ騒動」が起きた。 

 

今年に関しては、6月末の在庫は121万tとまだ少ない。ところが来年は一転して、備蓄米の放出に加え各地での増産もあり、300万tに迫ると見込まれる。これでは値崩れしないわけがない。 

 

■税金を投入してコメを叩き売っただけ 

「あからさまな価格介入をしてしまった。これは、農政が最もやってはいけないこと」 

 

 

 

「小泉米」の放出についてこう語るのは、秋田県大潟村で29haの水田を経営する黒瀬友基さん(47歳)だ。同村は戦後の食糧難解消のため、琵琶湖に次ぐ大きさの湖だった八郎潟を干拓して生まれた。住民の大半が稲作に従事する。 

 

世間が「小泉米」の放出に喝采を送っていたとき、黒瀬さんは危機感を募らせていた。5kg2000円という安値で販売できるのは、政府が高く買ったコメを安く放出し、輸送費まで負担する出血大サービスをしたからだ。 

 

要は、国民の血税を原資にコメを叩き売っているに過ぎない。それなのに世間では、2000円がまるで適正価格であるかのように受け止められた。 

 

「随意契約の備蓄米の店頭価格は、生産者米価が60kg1万円くらいまで低迷していたときの水準なんです。しかし、今は生産に必要な肥料や機械などの資材費が上がっていて、農水省によると、直近の個別農家の生産費は60kg当たり1万5948円。備蓄米の価格水準では、大幅な原価割れになって、農家の生活がまったく成り立ちません」 

 

村議会議員でもある黒瀬さんは、安価な備蓄米の放出が農家の経営に悪影響を与えかねないとして、小泉農相宛てに意見書を出そうと考えた。仲間を募ったところ賛同者は増え続け、黒瀬さんが提出した意見書は6月12日、村議会で全会一致(議長を除く)で可決された。 

 

①備蓄米以外の生産者米価を大幅に下げかねないという生産者の懸念に早急に対応すること②備蓄米の放出量と価格を考慮すること――を求める内容だった。 

 

「それまでの各地方議会の意見書は、コメの流通を適正にしてほしいとか、価格を抑えてほしいといった、消費者の視点に立つものしか出ていませんでした。備蓄米放出に農家の立場から懸念を示した意見書は、ほかにはないはずです」(黒瀬さん) 

 

 

■介入が続けば農政は「借金地獄」に? 

意見書の可決を報じた記事が『Yahoo!ニュース』に転載されると、コメント欄は荒れた。意見書や村議会を批判する意見が多く、的外れな指摘も目立った。 

 

筆者がコメントを読んで感じたのは、政府が米価を決めることが「禁じ手」だという基本を、消費者が理解していないということだ。 

 

戦前の統制経済の名残で、政府がコメなどの生産や流通、価格を管理する「食糧管理制度」が1995年まで続いた。その後、統制経済と決別し、市場に価格の形成を委ねた――はずだった。ところが、戦後80年にして、〝戦前の亡霊〟が復活しようとしている。 

 

Yahoo!ニュースのコメントには「政府にいつまでも頼ろうとせず、村独自に市場の開拓をし新しい販売ルートを作っていくべきだ」とたしなめるものもあった。しかし現実はというと、大潟村の農家は全国で最も早くから、自力で販路を切り開いている。 

 

1964年に大規模稲作のモデル農村として開村したのに、1970年にはコメ余りで、生産を抑制する「減反」を強いられたからだ。減反に反発した少なくない農家が、独自に都市の消費者とつながっていく――今でこそ珍しくなくなった直売を、1976年からヤマト運輸の宅急便が普及するのと軌を一にして始めたのである。 

 

黒瀬さん自身、生産するコメのほとんどを消費者に直売している。 

 

「もともと農政に何かを求める立場ではありません。むしろ、よけいなことは何もしないでほしいのが正直なところです」 

 

備蓄米は特殊なコメだから、銘柄米の価格に影響しないという反応もあった。しかし黒瀬さんは言う。 

 

「備蓄米によって市場に出るコメの総量が増える以上、どこかで滞留してくる。『銘柄米だけは備蓄米の値段に引っ張られない』ということにはならないんじゃないか」 

 

 

 

黒瀬さんは「昨年からの急激に高騰した米価がいいとは思わない」としつつ、政府が備蓄米を倉庫から出し入れして市場に介入するやり方には否定的だ。 

 

「民間の価格の上下に任せるべきだったんじゃないか。どうしても生活が苦しくコメを買えないという人がいるのであれば、低所得者への備蓄米の無償配布などをするべきでした」 

 

じゃぶじゃぶ作戦を決行した小泉農相はというと、もし2025年産の新米が値崩れしたら、新米を備蓄米として政府が買う可能性があると7月に表明した。 

 

「政府は価格介入をすべきではない。どうやって長期的に政策の整合性を取るのか、結果の責任をどう取るのか......。そういう考えは、何もないんだろうという気がします」(黒瀬さん) 

 

備蓄米は、農家の売値を消費者の買値が下回る「逆ザヤ」の状態にある。食糧管理制度の時代には、逆ザヤ(政府が抱える事実上の負債)の累積額が3兆円に達したことすらあった。過去の借金地獄を再現していいのか。「本当に怖いものは最初、人気者の顔をしてやって来る」なんてことにならなければいいが。 

 

 

取材・文/山口亮子 

 

 

 
 

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