( 318973 ) 2025/08/25 06:25:06 0 00 画像はイメージです Photo:PIXTA
自動運転技術をめぐる競争は、ある日を境に一気に「テスラの圧勝」になるかもしれません。実際にテスラを所有する経済評論家である筆者は、その運転支援システムの性能を高く評価しています。しかし、「次はトヨタ」と乗り換えを宣言。技術的優位性を認めながらも、なぜテスラを手放す決断をしたのでしょうか?その背景には、自動運転の未来を左右する根深い問題がありました。(百年コンサルティングチーフエコノミスト 鈴木貴博)
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テスラが日本国内でフルセルフドライビング車の技術テスト走行を開始しました。これは正確には「監視義務付き運転支援システム」で、テスラ社員のドライバーが常時監視することを前提に日本での実証実験を行うものです。
実は専門家の間ではテスラの自動運転技術は進んでいるという評価と、まだこれからという一見正反対の評価があります。このあたりの実情について記事にまとめてみたいと思います。
私は経済評論家としてこの分野に関心を持っていて、私生活でもなるべく先進的な車に乗るように心がけています。2年前まではスバルとトヨタを所有していて、現在ではテスラとBYDに乗っています。
それでこの4社の運転支援システムを使ってみたユーザーとしての感想から話をしますと、テスラが飛びぬけて運転がうまいと感じました。
市販車の場合どれもレベル2というまだ自動運転とは言えないタイプの運転支援になります。これは高速道路など自動車専用道路で作動させて、一定のスピードで運転するかないしは先行車両と一定の距離を保って運転してくれる仕組みです。
このレベル2の運転支援のハンドルさばきの実力差が出るのはカーブの多い道路です。具体的には東名高速の大井松田付近や、首都高を走るときに差が出ます。
あくまで評論家の感想としてお伝えすると、トヨタ、スバル、BYDはほぼ横並びの印象です。感覚としては、3社ともカーブでハンドルを切るのがちょっと遅れる場合があります。それでもカーブは曲がれるのですが、自分でハンドルを切ろうかどうか一瞬迷うというか、最後まで運転をシステムに任せるには胆力がいる感覚です。
テスラは2年前に乗り始めた当初から、カーブの多い自動車道路の運転が得意でした。御殿場でも軽井沢でも、システムの運転に任せてもストレスがない。その点では非常によくできた支援システムだと満足しています。
さて、今回のニュースはそういった「現在の市販レベルの技術」ではなく「未来技術」の実験が始まったという話題です。これからどうなるのか、3つのポイントを説明したいと思います。
ポイント1:実は出遅れ組のテスラ
先ほど私が購入した車の比較ではテスラが優れているという話をしました。市販車の運転支援システムの比較感では私だけでなく業界の専門家の方もテスラが優れているという評価をしています。
一方でアメリカや中国ですでに営業運転が始まっているロボタクシー(運転手がいない自動運転タクシー)のジャンルでは実はテスラは後発組になっています。ここが先述した「正反対の評価」の背景です。完全自動運転システムではグーグルの子会社のウェイモや中国の百度が運行するロボタクシーの方が、運転技術として先行しているのです。
なぜなのかというと、ウェイモや百度のロボタクシーにはライダーやレーダーといった最新鋭の監視装置が実装されているのに対して、テスラはカメラだけで自動運転を実現しようとしているからです。
これはイノベーションを実現するためのアプローチとして実に興味深い差異です。いち早く実現することを目指す場合は、最新鋭の探知装置であるライダーなどを実装させた方が早道です。テレビなどでよく見かけるアメリカの自動運転車の天井には、タクシーの行灯(あんどん)のある場所にくるくると回転する装置がついています。あれがライダーで、人間の目よりも効果的に周囲の状況をデータ化します。
一方で自動運転の普及期を想定した場合は、高価なライダーやレーダーを使わない、カメラだけで自動運転を実現したシステムのほうが有利です。なにしろそのほうが市販コストは格段に安くなります。
テスラは2人乗りでハンドルがないロボタクシーを3万ドル(約440万円)で販売する計画です。購入した人が自分で使わないときはロボタクシーを街で走らせて営業できるというコンセプトです。テスラが行っている営業実験では初乗りは4.2ドル(約600円)です。
ウェイモが実現しているライダーやレーダーを満載したロボタクシーは市販価格が一桁上になるでしょうから、実証実験は成功していても、商業運行で利益を上げるのはまだ先になります。
後発のテスラの場合は、今のところアメリカの一部の州の一部の都市でしか認可されないでしょうけれども、能力さえ追いつけば、将来的にウェイモを逆転できるとイーロン・マスクは読んでいるのでしょう。
ポイント2:長期的な逆転の布石
さて、今回の日本での実証実験はロボタクシーではなく、市販のテスラモデル3をベースにした実験車で行われます。
テスラが目指すフルセルフドライビングは市販車に搭載できることを目指したシステムです。そのこだわりが先述したようなカメラだけを頼りに運転する仕組みです。
この方式を採用するように提案したのはイーロン・マスク自身だったと言います。会議の場では、「人間だって目だけで運転できているじゃないか」と、前方を向いたカメラだけでの自動運転方式を主張するイーロンに対して、開発責任者は内心、「でも人間は頭をくるくる左右に動かせるんだよね」と思ったけれども反論しなかったそうです。
まあそのやり取りは笑い話だとして、現在市販されているモデル3には8つのカメラが搭載されていて360度の視野をカバーしています。テスラ方式は安価なコストで人間同様にくるくると周囲を見渡して運転できるような基本設計になっているわけです。
このカメラだけで運転するというのは技術的にはいくつかの革新を前提にしています。たとえば他の自動車メーカーが開発するシステムでは高精度地図の情報が重要です。単なる道順だけでなく道路のカーブや傾き、交通規制の情報をデータとして処理しています。しかしテスラでは人間の目が行っているように高精度地図なしで運転できることを目指します。
これらの革新の中でも最も重要な視点が「ニューラルネットワーク」を採用した点です。これまでの自動運転技術はルールベースでアルゴリズムを設定したり、認識と操作を別々のアルゴリズムで分担したりといったアプローチを採っていました。それに対してテスラは認識に沿って操作するという人間と同じような動きをAIに学習させます。
この方式の利点は3つあります。ひとつは学習開始段階では後発でも、学習データの量がある閾値を超えるとAIは急速に運転がうまくなるという点です。ふたつめにテスラの場合、全世界で走る600万台のテスラ車両から16億キロを超える走行データを吸い上げられるので、実験車両を走行させる方式よりも早く学習スピードを上げられます。
そして3つ目の点は、テスラの設計思想であるSDV技術、つまり車のスマホ化です。いったんセルフドライビングの技術が完成すれば、それを以前販売した車にダウンロードさせることが技術的に可能なのです。その後付けの自動運転アプリをいくらで販売するかは別にして、その気になれば全世界600万台のテスラ車がある日、一斉に自動運転化することもありうる仕様なのです。
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ポイント3:日本での自動運転
さて、ここまでお話ししたことを前提にすると、今はまだ後発のテスラの完全自動運転車ですが、近い将来、ある日突然、日本で走っているテスラ車が同じようにアップグレードされて、自動運転化される日がやってくるのでしょうか?
私はこの点については悲観的です。
これは良くも悪くも日本経済の特性だと思いますが、護送船団方式で新しい技術の導入に制限をかけることが行政の基本になっています。護送船団方式ですから特に嫌うのは一社だけが革新的な技術を先駆けて導入することです。
変化は基本的にゆっくりと、既存の企業の業績に大きな影響を及ぼさない形で進めるのが日本式です。遠隔医療にしても、処方薬の通販にしても、テレビ番組の動画配信にしても、ビットコインにしても、ライドシェアにしても、ドローンの実用化にしても、大病院、テレビ局、金融機関、タクシー業界などさまざまな既存企業に配慮します。本当にゆっくりとしか進化を進めない政策をとるのです。
結果として他国が先進国になり、日本ではイノベーションが起きないという欠点があります。失われた30年というものは技術革新に対する日本政府のサボタージュの歴史でもあるのです。
実は私が使用をはじめたわずかこの2年間でも、テスラ車は徐々に運転しにくくなっています。ソフトウェアをアップデートするたびに謎の規制が加わっているのです。
先ほどテスラ車は高速道路での運転がうまいという話をしました。ただ長距離を運転する場合はスバルの方が楽です。私は地元の名古屋と東京を往復することが多いのですが、スバルのクルーズコントロールを使えば新東名で速度をいったん最高速度の120km/hに設定すればあとは流れにまかせて目的地まで運転してくれます。厚木から川崎までの東名高速道路で頻繁に起きる渋滞時についてはハンズオフ支援機能があるので、リラックスしていても前の車が進めばそれについていってくれます。
ところがテスラの場合は違います。120km/hでオートクルーズを設定していても、数分おきにシステムから「ハンドルを動かしてください」と命令が入ります。要は手放し運転をしている疑いを晴らすように命令が入るのです。
これが120km/hで運転しているときには結構怖くて、下手にハンドルを動かすと車があらぬ方向に飛んでいきそうになります。かといって少しだけハンドルを切ってみせてもシステムが検知しないと警告音が鳴って、最終的にオートクルーズが解除されてしまいます。そうなると次のPAまでは自力で運転して、そこで車を停めて一度電源を切らないと元には戻せません。
渋滞時も同様です。常に目が前を向いていないと警告音が響き、前を向いて運転していないと判断されるとオートクルーズがオフになります。厚木から川崎までの渋滞時にこれが発動すると運転者としてはかなり悲惨で、のろのろとした渋滞の中、自力でテスラ車を運転し続けなければならなくなります。
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