( 319768 ) 2025/08/28 06:07:04 0 00 (※写真はイメージです/PIXTA)
「大転職時代」といわれる昨今、その波は、かつて最も安定した職業の代名詞だった公務員、特にエリート中のエリートである「キャリア官僚」にまでおよんでいます。国を動かすという大きな使命と、誰もが羨むブランドを手にした彼らが、なぜその輝かしい地位を捨ててまで転職を選ぶのでしょうか。本記事ではAさんの事例とともに、現代日本の「働き方」について、元国家公務員の川淵ゆかり氏が解説します。
大転職時代といわれる昨今、転職希望者は1,000万人を超えるともいわれています。公務員も例外ではなく、転職を考える人も多いようです。
霞が関のとある省庁にキャリアとして勤める29歳のAさんも転職について真剣に考えていた一人です。実はAさんが転職について考えはじめたのは新卒として就職したばかりの時期、当時はまだ23歳でした。新人で慣れない仕事に追われ、残業が続いていたころ。残業に苦しんでいたのはAさんのような新人だけではなく、省内のほとんどの人間が「残業は当たり前」といった状態で働いていたのです。
当時のAさんは「噂には聞いていたが、こんなにハードなのか?」と思いながら、毎朝母親に叩き起こしてもらい、重い身体を引きずって満員電車に乗り込む生活を送っていました。新人だったAさんが衝撃を受けたのは、入省から4カ月目。夜遅く、トイレに行ったときに30代の先輩がトイレで戻しており、そのまま倒れこんでしまったことを目撃したことでした。Aさんは釣られて自分も吐きそうに……。その先輩はまもなく休職に入りましたが、トイレでの一件が忘れられず、そのころから「転職」という文字が頭をかすめるように。
ですが、「キャリア官僚」というブランドから、なかなか家族には転職したいことを伝えられませんでした。現在は都内の賃貸マンションに住んでいて通勤もかなり楽になりましたが、それでも月に100時間近い残業に耐える日々です。
自分自身がリバース&ダウンした先輩の年齢にだんだんと近づいています。30代40代になったときに、どのように生きていきたいのか、強く考えるようになりました。そして、本格的に転職の準備を始めたのです。
残業の多いAさんにも彼女ができ、結婚も考えるようになったころの話です。家庭的な彼女は、忙しいAさんのためにマンションの部屋の掃除に来てくれたり手料理を作ってくれたりする優しい女性。「結婚したら子どももできるだろうし、少しは早く帰れる仕事に就いて、ゆっくり家族と過ごしたいな」そんな思いを抱くようになりました。
ある日、Aさんは思い切って彼女に転職について告白をします。優しく背中を押してくれると思っていた彼女から飛び出たのは、予想外の激しい言葉でした――。
「キャリア官僚だからお父さんも交際を許してくれたのに! 私もお掃除やお料理頑張ったのよ。転職したってうまくいくとは限らないんでしょ! もう一回冷静になって考えてよ!」
[図表1]退職年度別・在職年数別の退職者数 出所:人事院「総合職試験採用職員の退職状況について」
[図表2]人事院「2025年度国家公務員採用総合職試験の申込状況等について」 出所:人事院「2025年度国家公務員採用総合職試験の申込状況等について」
中堅・若手官僚の離職増加が問題となっていますが、人事院の発表によると5年〜10年未満の退職者が目立って多くなっています。特に平成26年の採用組については実に23.6%が退職しており、採用された職員のおよそ4分の1近くがすでに退職してしまっている状況です。
採用から5年経過した令和元年採用組の5年未満の退職率も13.4%と高くなっていて、近年の転職ブームからか、若手官僚の退職時期が早期化しているのも問題です。
退職者は増加、申込者は減少
キャリア官僚になるための国家公務員採用総合職試験は年に2回実施されますが、申込者数は年々減少しており、2024年度秋試験と2025年度春試験の申込者数の合計は16,762人。前年に比べると4.8%減少しています。民間企業との人材獲得競争も激化しているのでしょう。優秀な人材の確保も難しいようです。
その後、Aさんは彼女とも別れ、大手コンサル企業への転職を果たしました。
「入省直後は、国のために働きたいとか自分の力で国を動せる、と思っていたのは本当の気持ちです。ですが、日々の流れに自分を見失いそうになってしまったんです。彼女にはわかってもらえると思って僕の気持ちをぶつけたんですが違ったようですね。両親も最初は転職にとまどっていたようですが、僕が職場で泊まり込んだり終電ギリギリで帰ってきたりする姿をみていたせいか、身体を心配していたようで、いまでは静かに見守ってくれています」
以前に比べると少しふっくらとしたAさんに「次は彼女ですね」というと、照れたように少し微笑みました。
筆者も当然キャリアではありませんが、元国家公務員だった経験があります。人が公務員を辞める理由はさまざまですが、筆者の場合はコンピュータの仕事を続けたくて事務官を辞めました。
やりたい仕事をみつけることは難しいでしょうが、みつけたやりたい仕事に就くことも難しいものです。Aさんのように飛びぬけて優秀な大学を出ている人と違い、いくら人手不足といえども希望職への転職はそう簡単ではありません。筆者の場合は、仕事をしながら国家試験を受験したり簿記の資格も持っていたりした経験から「人生なんとか食べていけるだろう」と思い、転職を決意しました。いまでもコンピュータは好きで、FPの仕事をしながらIT講師の仕事もしています。
続く物価高、年金の目減り、住宅ローンの平均完済年齢が70代といわれる時代に働き続けることは非常に重要になってきています。2025年6月には、総務省が「地方公務員の兼業に関する技術的助言の通知」を発表し、こちらは地方公務員についてですが、兼業・副業規制が大幅に緩和されることになりました。人生100年時代、ご自身のキャリア形成について、真剣に考えてみませんか?
〈参考〉
人事院「総合職試験採用職員の退職状況について」
chrome-extension://efaidnbmnnnibpcajpcglclefindmkaj/https://www.jinji.go.jp/content/000004799.pdf
人事院「2025年度国家公務員採用総合職試験の申込状況等について」
https://www.jinji.go.jp/kouho_houdo/kisya/2503/sougoumousikomi.html
川淵 ゆかり
川淵ゆかり事務所
代表
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