( 319773 )  2025/08/28 06:14:25  
00

ミツカンのXの投稿が大騒動に 

 

 SNSの投稿が炎上したので「不快な思いをさせてすみません」と謝罪したところ「理不尽な言いがかりを真に受けていちいち頭下げんなよ」と再び炎上……。そんな調子でネット民から“往復ビンタ”をくらっているのが、ミツカンだ。 

 

 ご存じない方のために、経緯を簡単に説明しよう。発端は8月13日、ミツカンの公式Xが「冷やし中華なんてこれだけでも充分美味しいです」という文言とともに、同社の「冷やし中華のつゆ」だけを中華麺にかけた写真を投稿したことだった。これが一部のSNSユーザーから「主婦の努力をあざ笑っている」「女性蔑視」などとボロカスに叩かれてしまったのである。 

 

 「は? なんで?」と口がポカンと開いてしまった人も多いだろう。実はこの投稿自体が問題ではない。ちょうど間の悪いことに、SNS上では「料理の負担」を巡る論争が起きていたのだ。 

 

 「調理は重労働」と訴える人々は、「何を食べたい?」という問いかけに対して「今日は簡単にそうめんでいいよ」などと答える人は、この酷暑の中で湯を沸かして、そうめんを茹(ゆ)でて、ザルにあげて流水で洗うなどの大変さを分かっていない――などと主張していた。 

 

 そんなところに、ミツカンが「麺を茹でてつゆをかけるだけ」というレシピを発表したため、結果的にその声を揶揄(やゆ)・挑発するような形になってしまった。これをきっかけに「もうミツカン製品は買わない」「家にあるミツカン製品を全部捨てる」と不買を呼びかける人まで現れたのだ。 

 

 そこでこの炎上を受けた8月15日、ミツカンは問題となった投稿を削除。「不快な思いをさせてしまいましたこと、心よりお詫び申し上げます」といった謝罪文を公式Xに投稿したのである。 

 

 ただ、話はこれで終わらない。炎上企業が迅速に謝罪すると、事態は収束するのが一般的である。しかし、ミツカンの場合は、謝罪したことで、同社が炎上していたことをまったく知らなかった人々にも騒動が広く伝わってしまったのである。つまり、謝罪が新たな“燃料”になったのである。 

 

 

 まず、SNSでは「なんで謝るの?」「謝る必要ないでしょ」「こういう言いがかりに屈すると、クレーマーがつけあがるだけだから本当にやめてほしい」など、ミツカンの「弱腰」な企業姿勢が叩かれてしまった。 

 

 これまではSNS上での論争にとどまっていたが、有名企業であるミツカンが公式に謝罪を表明したことで、ネットメディアがこれを「ニュース」として報じることになった。記事では、炎上ウォッチャーや専門家の皆さんが「謝罪したのは悪手」「キャンセルカルチャーの悪しき前例となる」など、やはりミツカンの危機管理を酷評し、注目を集めてしまったのである。 

 

 まさに踏んだり蹴ったりという感じだが、こうなってしまったのはしょうがない部分がある。今回のミツカンの炎上は、謝罪の必要がまったくない。むしろ謝罪したほうがズルズル批判が殺到する「非実在型炎上」だからだ。 

 

 これは分かりやすく言えば、SNS上でほんの一部の人が大騒ぎをして、それを野次馬的に見ている人や、批判している人たちのコメントが盛り上がっているだけの現象だ。明確な不正や人権侵害行為などがあったわけでもなく、あくまで「個人の感覚」で断罪・糾弾し、最終的には「不買運動」を呼びかけるパターンが多い。「そこまで大騒ぎをすることじゃないのでは?」といさめると、「買う買わないは消費者の自由だろ!」とキレる人が多い。つまり、客観的な事実よりも「私が不快に感じた」が主たる原動力の炎上なのだ。 

 

 そんな非実在型炎上、企業側のベストな対応は「無視」である。この炎上は文字通り、企業側が謝らなくてはいけないような落ち度は実在しない。では、何が燃え盛ったのかというと、「お前らのせいで不快になっただろ」「こんな会社は潰れてしまえ!」という個人的な感情である。これを説明や釈明で鎮めることは不可能だ。何か言えば、「言い訳をするな!」と火に油を注ぎかねない。 

 

 実際、このような対応をする企業は増えてきている。分かりやすい例としては、AFP通信の「誤報」がきっかけで「移民推進だ」と批判され、不買運動を呼びかけられた亀田製菓のケースがある。また、「赤いきつね」のCMが「性的だ」と批判され、一部の人たちから不買を呼びかけられた東洋水産のケースもそうだ。 

 

 

 亀田製菓と東洋水産は、メディアがさらなる火を付けようとコメントを求めても「沈黙」を貫いたが、これは妥当な対応だった。もしあの騒動で謝罪や釈明コメントを出していたら、SNSではその文章を細かく添削して「この言い方は誠意を感じられない」「この表現は不適切だ」と吊(つる)し上げ、炎上が1週間延長しただけだ。 

 

 そのあたりにご興味のある方は、「マルちゃん『赤いきつね』CM大炎上はウソ…危機管理のプロが東洋水産の対応を『完璧』と絶賛するワケ」(ダイヤモンド・オンライン 2025年2月20日)を読んでいただきたい。 

 

 さて、ここまで読むと、本稿も「ミツカンの今回の対応がよろしくなかった」と言いたいのかと思うだろうが、実はちょっと違う。確かに筆者も他の専門家と同じく「謝罪すべきではなかった」と思う。 

 

 一方で、この手の炎上企業の内部に入って、彼らの対応をサポートしてきた立場からすると、ミツカンがこういう対応になってしまったのも仕方がないのではないかとも思う。 

 

 つまり、原理原則からすれば「謝罪は悪手」なのだが、組織にはそれぞれ「オトナの事情」があるため、必ずしもベストな危機管理対応ができない厳しい現実がある、ということが言いたいのだ。 

 

 ここからはあくまで筆者の想像だが、例の投稿が炎上した際、ミツカンの社内でも「これ、謝罪とかしないで静観で良くない?」という意見は当然、持ち上がったはずだ。あれだけ大きな会社の企業危機管理担当者ならば当然、昨今の「非実在型炎上」も理解しているし、亀田製菓や東洋水産のような対応をしたほうが、早く収束することも分かっていたはずだ。 

 

 しかし、分かっていながらも「謝罪文」を出した。ということは、謝罪しなくてはいけない「組織内力学」が働いたことが想像できる。 

 

 そして、これは危機管理の現場でよくあることなのだが、「その組織にとって非常に大切なものを守る」ことを最優先するあまり、ベストではない対応、むしろ悪手を選ばざるを得ないことがある。それがミツカンでもあったのではないか、と筆者は考えている。 

 

 その根拠は、SNSでミツカンを攻撃している人たちが訴えている「主婦をバカにしている」というメッセージだ。 

 

 先ほども申し上げたように、これを主張しているのはほんの一握りの人たちだ。アカウントのプロフィールを見ると、「主婦」ではない人も少なくない。大多数は「へえ、世の中にはそんなふうに解釈する人もいるんだね」「ちょっと被害妄想がすぎるんじゃない」という感じで、もの珍しく見ているだけだ。 

 

 ただ、そんなマイノリティーの批判であっても、ミツカンは受け流すことはできない。ミツカンにとって「主婦」というのは、同社をここまで大きく成長させてくれた「大恩人」だからだ。 

 

 

 分かりやすいのは「味ぽん」55周年の際のプレスリリースにも記載されていた「味ぽんメニュー提案の歴史」の部分だ。味ぽんがなぜここまで定番化したロングセラー商品になったのかが説明されている。 

 

■味ぽんの大ヒットは主婦の知恵から 

 

主婦への調査から、味ぽんは西日本では夏場でもさまざまなメニューに使われていることが分かりました。1983年から「おろし焼肉」「餃子」「おろしハンバーグ」などのメニュー提案を実施。その結果、冬だけの鍋専用調味料から年間を通して使われる調味料になりました。(2019年11月6日 同社プレスリリースより) 

 

 これ以降も「主婦観察と12項目点検 ミツカンのヒット連打法」(日本経済新聞 2012年6月25日)という記事からも分かるように、「主婦の知恵」を商品開発に生かしてきた。さらに、戦略的なPRには必要不可欠な「調査ニュースリリース」でも、何をおいてもまずは「主婦」の言葉に耳を傾けてきた。 

 

・一般主婦を対象に聞いた「だしに関する調査」(2018年6月12日 同社プレスリリース) 

 

 最近はテレビCMでタレントの「あのちゃん」を起用するなど、幅広い世代をターゲットにした商品も増えているが、それでもこの創業220年以上の老舗企業の発展をここまで支えてきたのは「全国の主婦」なのだ。 

 

 そんな企業に、いくら顔や性別が分からない匿名アカウントであっても、「主婦」を名乗る人々が攻撃し、「主婦をバカにしている」という怒りの声があふれている現状を「無視」などできるだろうか。 

 

 できるわけがない。ミツカンに長く勤め、「主婦の味方」というブランドで会社が成長してきたことを実感している経営幹部ほど、その意識は強いはずだ。そうなると、これが「非実在型炎上」だろうがなんだろうがとにかく、「主婦の皆さんを不快にさせたことを平謝りすべし」という経営判断になるのは当然ではないか。 

 

 なぜ筆者がそう思うのかというと、実体験によるところが大きい。筆者が「これは下手に謝罪などしたら逆効果です」と強く進言しても、「分かっていますが、創業よりお世話になっている方たちがかなり怒っていて、社長もとにかく謝れと言ってますので」などと押し切られるケースは少なくない。何を大事にして、何を守りたいのか、そしてそのためには何を犠牲にしてもいいか、というのは組織にとって異なるのだ。 

 

 このような「主婦ファースト」というミツカンのこだわりが、あの不必要な謝罪につながったのではないかと個人的には考えているのだが、もう1つ別の可能性もある。 

 

 それは「とにかくアンチを増やしたくない」という経営幹部らの切実な願いをくみ取ったということだ。 

 

 実は2023年ごろ、ミツカンは「お家騒動」が話題になったことがある。創業家に入った元娘婿が、長男の出生後に離婚を強要され、子どもと引き離されたなどと主張して法廷闘争を繰り広げていたのだ。裁判の結果、娘婿側の敗訴が決定したが、これに関する報道によって今も創業一族を批判するネットユーザーもいる。 

 

 冷やし中華のSNS投稿が炎上した際、ミツカンとしてはとにかく早く騒動を収束させ、ミツカンへのバッシング、ひいてはお家騒動を蒸し返されないようにしろという「組織内力学」が働いた可能性はあるだろう。 

 

 ただ、先ほども申し上げたように、非実在型炎上で謝罪することは、火災に燃料をぶっかけるのと同じで逆効果だ。実際、今回の謝罪後も「お家騒動」を蒸し返している投稿が散見される。 

 

 

 
 

IMAGE