( 319891 )  2025/08/29 03:17:48  
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就職面接で「ありがとうございます」を多用する学生が増えており、その背景には若い世代の対面コミュニケーション力の不足があるとの指摘がある。

面接での質問に毎回感謝の言葉を添えることで、丁寧さを表現しようとしているが、頻繁に使われると逆に不快感を抱かれることも多い。

特に、質問が当たり前の場面では必要以上の感謝が鬱陶しく感じられることがあるため、面接担当者はバリエーション豊かな受け答えを心掛けることが望ましいとされている。

(要約)

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就職面接の現場で、「ありがとうございます」を多用する学生が増えているという(写真はイメージです photo/GettyImages) 

 

 いつの頃からだろう。質問されるたびになぜか、「ありがとうございます」とまず礼を言ってから答え始める人が増えている。これに対し、「いちいち感謝されても鬱陶しい」など不快感を抱くケースも多いとか。なぜ、このようなコミュニケーションが広がっているのか。背景を探った。 

 

*   *   * 

 

面接担当者「自分のセールスポイントは?」 

 

学生「ありがとうございます。私の長所は何事にも物怖じしないところだと思います。例えば~(以下略)」 

 

面接担当者「志望動機を話してください」 

 

学生「ありがとうございます。御社の企業理念に共感したからです。それは~」 

 

面接担当者「学生時代に力を入れていたことは?」 

 

学生「ありがとうございます。入学してすぐにテニスのサークルに入り、そこで学んだのは~」 

 

 違和感を持ち始めたのは、10年ほど前。元NHKアナウンサーで、大学や企業などを対象にしたプレゼンテーションや言葉遣いの研修・セミナー経験も豊富な合田敏行さん(67)は、大学生の就職面接トレーニングの場面での「ある変化」が気になった。 

 

■ごく普通の質問に「ありがとうございます」 

 

「ごく普通の質問に対し、必ず『ありがとうございます』と言ってから答える学生が一定数、いたんです。発想としては、1人の学生に対してわざわざ質問をしてくれて感謝します、ということなのでしょう。その後、同様の答え方をする学生の割合は年々増えていったなという印象です」 

 

 学生だけではない。例えば家電量販店で機器の説明をしてもらうとき、質問のたびに「ありがとうございます」と言ってから答える店員。ラジオ番組でパーソナリティーの質問のたびに、「ありがとうございます」と言ってから答え始めるゲストのトレンド研究家──。「近年、ちょっと気になる言葉遣いの傾向だなと思い、注目しています」(合田さん) 

 

 この「いちいち『ありがとうございます』」に違和感を持つ人は、他にも多いようだ。東京都内の会社員の男性(46)は、この言い方が「大嫌いなんです」と眉をひそめる。 

 

「そこまで『ありがとうございます』を連発されるとくどいし、鬱陶しい。何だか、必要以上にへりくだっている感じがして、不愉快な思いさえ抱きますね」 

 

■20数分の取材中に7回も 

 

 現在50代の筆者にも思い当たることがある。仕事柄、さまざまな人に取材する毎日だが、こちらの質問に「ありがとうございます」と答えてから話し始める人は、以前に比べて『明らかに増えた』が体感。言われる側として、必ずしもすべてのケースをネガティブに感じるわけではない。しかし、「なんでまた?」とうっすら違和感を持つのも確かだ。 

 

 答える当人はどういうつもりなのか。筆者が以前にオンライン取材をした東京都の会社員の女性(26)に聞いてみた。そのときは二十数分の取材で計7回、私の質問に「ありがとうございます」と前置きしてから答えてくれていた。 

 

 

■自分に興味を持ってくれたから 

 

「言われてからハッとしましたが、たぶん無意識に言ってますね。理由ですか……おそらく、私に興味を持っていろいろと聞いてくださりありがとうございますという気持ちが一つ。もう一つはこちらが話したいと思っていたことを聞いてくださったときに反射的に出ていたのでは。会議などでも、まず『ありがとうございます』の後に『おっしゃる通りで~』などと続くパターンは多い気がします」 

 

 一方で、意識的だった面もあるのかもしれない、とも女性は言う。 

 

「質問を受けた瞬間に、自分が考える時間を作ろうと思ったとき、『ありがとうございます』で一拍置いてから話し始めていたかもしれません」 

 

■”あり”なシチュエーションとは 

 

 以前の取材、計7回の「ありがとうございます」はさすがに強い印象が残ったものの、丁寧な印象で悪い感じはしなかった。なぜか。合田さんは、相手の問いかけに対し、まず「ありがとうございます」と答えてから話し始めても問題ないシチュエーションもありうる、と話す。 

 

「例えば企業の研修で自社製品のプレゼンをするとき。直後に参加者から質問を受けるケーススタディーも行うのですが、的確に答えようとするあまり、無言で考え込んでしまうシーンもときに生まれるんです。これは質問する人の心証が良くありません。『ご質問ありがとうございます』とまず言ってから、回答を落ち着いて考えましょうとアドバイスしています」 

 

 また、企業が厳しい追及を受けるような記者会見での場面。極端に厳しい質問は別として、ごく紳士的に聞いてきた場合には、まず「ありがとうございます」と答えるのも「あり」だと合田さんは言う。 

 

「自分たちへの配慮、あるいは企業体質改善への提言をもらったことへの感謝を示す意味での『ありがとうございます』で、防御一辺倒ではない受容する姿勢を示せるからです」 

 

■違和感や不愉快な思いを抱くケースとは 

 

 では、「ありがとうございます」と言われた側が違和感や不愉快な思いを持ってしまうケースが多々なのは、なぜか。合田さんは「ポイントは、『ありがとうございます』を使わなくていい場面で使うこと、毎回言わなくてもいいのに使うことへのわずらわしさです」と指摘する。 

 

「就職面接で『ありがとうございます』が頻発されることへの違和感は、その場が『質問するのが当たり前の場』だからです。当初は質問してくれたことへの感謝だったかもしれません。それが、『とりあえず丁寧な言い回しを使っておけばいい』という発想になり、次第に本人も無意識の口癖になっているように感じます。社会人の『させていただきます』や、『こちらが新製品になってございます』『大変使いやすい仕様になってございます』などの頻発にも、同じことが言えます」 

 

 

■対面コミュニケーション力の貧しさ 

 

 そして、こういった同じフレーズを何度も聞かされるほうは、わずらわしく感じてしまう。 

 

「『ありがとうございます』も繰り返し使うと、ありがたみが少なくなります。受け手は内心、『毎回、言わなくてもいいよ』と思っている。つまり“感謝”のニュアンスは残念ながら伝わっていません。とりあえずそう言っておけばいいという感覚は、受け取る側にも伝わってしまうんです」 

 

 なぜ、そんなことになっているのか。合田さんは若い世代の「対面コミュニケーション力の貧しさ」も背景の一つでは、と見る。 

 

「例えば改まった場面での会話にもかかわらず、『どのようなきっかけで始めたのですか』と言うべきところを『何きっかけですか』、『どのようなご関係ですか』と問うべきところで『何つながりですか』と言ってしまったり。コロナ禍の影響もあって対面コミュニケーションの機会が少なく、いざ仕事を任されるようになったときに言葉遣いに不安を感じ、その不安を解消したいがために『これを使っておけばいい』といういくつかの数少ない『便利な言葉』で毎度毎度、すませようとしてしまう。そんな傾向があるのかなと思います。そんな言葉の一つが『ありがとうございます』なんです」 

 

■就活担当の教職員が指導 

 

 合田さんは1年ほど前、ある大学で教職員向けに学生の言葉遣いの指導法について話をした際、就職活動を担当する教職員が学生に「質問を受けたらまず『ありがとうございます』と言いなさい」と指導していると聞いて、驚いたと言う。 

 

「丁寧な印象を与えるから、考える時間ができるから、がその理由でした。もちろんすべての場合で『ありがとうございます』がNGというわけではありません。ただ、なるべく使わないことを基本にするほうがいいでしょう。いつも同じ反応よりは、『ありがとうございます』の代わりに『~というお尋ねですね』『前にも同じような質問を頂戴しました』『それについては、~という視点でお答えしてもよいですか』など、バリエーションのある受け答えができるとよいかなと思います」 

 

(AERA編集部・小長光哲郎) 

 

小長光哲郎 

 

 

 
 

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