( 320028 )  2025/08/29 05:55:56  
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 政権与党の「国民との約束」を守らない状態が続いている。自民党は7月の参院選で国民1人あたり2万円(子どもと住民税非課税世帯の大人は4万円)の給付を公約し、石破茂首相(自民党総裁)は今年中の給付を想定していると約束した。だが、衆院に続いて参院でも少数与党になったことで党内は世論離れした「石破おろし」で大忙しだ。国民そっちのけの権力闘争に明け暮れる始末に、経済アナリストの佐藤健太氏は「高市早苗、小林鷹之、小泉進次郎氏といった『ポスト石破』候補たちは現金給付や消費税の減税・廃止を実現する気があるのか早期に宣言すべきだ」と指摘する。今生活で苦しんでいる国民に救いの手を差し伸べる気はあるのか。自民党は「国民政党」ではないのかーー。 

 

「仕事の話はやめましょう。大統領とか、総理大臣とかをやっているとあまり楽しいことはございません。楽しいことはそんなに多いわけではございません」。8月22日に閉幕したTICADアフリカ開発会議の晩餐会で、石破首相はつい愚痴をこぼした。 

 

 おいおい、一国のトップが公の場で世界のリーダーたちにそのような発信をするなよ、と思うのは筆者だけではないはずだ。何より、石破首相は今年1月の施政方針演説で「これからは一人ひとりが主導する『楽しい日本』を目指していきたい」「『楽しい日本』を実現するための政策の核心は『地方創生2.0』」などと宣言していたではないか。 

 

 昨年の自民党総裁選で念願叶って自民党のトップとなり、宰相の座までのぼりつめたわけだが、「楽しい日本」を目指すと語った当の本人はそんな気持ちにはなれないらしい。だが、残念ながら首相に同情する人はあまり多くないのではないか。なぜなら、首相は自民党のトップとして様々な「約束」を国民にしてきたものの、期待される公約の実現はほとんど未達成だからだ。 

 

 先の参院選で、自民党は「責任政党 3つのビジョン」として①強い経済②豊かな暮らし③揺るぎない日本―の3点を掲げた。その中に足元の物価高騰対策として「物価高騰下の暮らしを支えるため、税収の上振れなどを活用し、子供や住民税非課税世帯の大人の方々には1人4万円、その他の方々には1人2万円を給付します。マイナンバーカードの活用により、手続きの簡素化、迅速化に努めます。」と明記している。 

 

 

 公明党も「生活応援給付」として国民1人あたり2万円を一律給付し、子供や住民税非課税世帯の大人には1人あたり4万円とすることを掲げた。石破首相は7月2日、毎日新聞のインタビューで「年内には当然開始する」と明言し、参院選中には「速くなければ意味がない。実現したが1年後でしたみたいなことにはならない」と繰り返した。 

 

 だが、7月の参院選で与党が惨敗し、一気に公約の実現が怪しくなっている。8月24日に読売新聞が報じた「参院選公約『2万円給付』、政府・自民党内で見直し論・・・野党賛成のメド立たず」と題した記事によれば、少数与党となったため衆参両院で野党の賛成が得られる保証がないことから給付対象の再考を求める声が出ているのだという。筆者も、この点について複数の首相周辺に投げかけたが、やはり「現実的には難しいだろう」との答えが返ってきた。給付対象を絞り、低所得者対策に限定するなどの案が浮上しているようだ。 

 

 これでは、物価高騰対策として全国民に給付するという「目的」が完全に破綻するのは言うまでもない。立憲民主党の野田佳彦代表は8月24日、1人あたり2万円の現金給付に関し「明確に民意に否定された。2025年度補正予算案にそのまま出してきても、どの政党も反対するだろう」と与党への協力を否定している。 

 

 国民がイラ立つのは、少数与党下の自民党が政策推進力を失われたのであれば、野党が公約を実現するチャンスを迎えているはずなのだが、参院選で野党が掲げた「減税」が動き出していないことにある。立憲民主党と日本維新の会は消費税の「食料品0%」(2年)を掲げた。社民党、日本保守党も「食料品0%」の立場だ。 

 

 消費税を「5%」にすると訴えたのは、国民民主党と共産党。国民民主は実質賃金が持続的にプラスになるまで一律5%に下げ、共産党はまず5%に引き下げてから「廃止」とした。れいわ新選組は「消費税廃止」と現金10万円給付を訴え、参政党は消費税の「段階的廃止」を掲げた。 

 

 議席を大幅に増やした参政党は、約30兆円の財源は「赤字国債の発行」で対応するとし、食料品の消費税率を恒久的にゼロにすると掲げた日本保守党は経済成長による税収増を充てるとした。 

 

 

 直近の「民意」ということならば、「減税」は国民の声ということになる。衆院でも参院でも少数与党になった石破政権は、野党が一丸となって「減税」するよう突きつけていけば最終的に飲まざるを得ない。にもかかわらず、野党は石破内閣の不信任決議案を提出するのでもなく、消費税減税・廃止法案を出すのでもないのだ。一体、これでは何のために物価高騰対策を最大の争点に選挙が行われたのかわからなくなる。 

 

 誤解を恐れずに言えば、現金給付も減税もいまだ実現していないのは野党の責任も大きい。参院選後、与野党6党の実務者はガソリン価格を引き下げる措置の協議をスタートさせた。立憲、維新、国民民主、共産、参政、日本保守、社民の野党7党は先の通常国会で廃止法案を提出した経緯があり、今度は成立する可能性が高いとみられている。ただ、暫定税率廃止に伴う税収減は年間約1兆5000億円程度とされ、こちらを先行させれば「現金給付」の財源はさらに見つけることが難しくなるとの見方が広がる。 

 

 ガソリン税は揮発油に課されている「揮発油税」と「地方揮発油税」の総称で、本来の課税額(1リットルあたり28.7円)に暫定税率(1リットルあたり25.1円)が上乗せされている。ガソリン価格が高いのは、合わせて1リットルあたり53.8円の税が乗っているためである。この暫定税率部分がなくなれば、1世帯(2人以上)あたりの年間ガソリン購入費負担は1万円程度低くなると試算される。特にマイカー利用者や商用利用が多い人々にとっては「減税」を実感できる策と言える。 

 

 与野党実務者は8月21日に3回目の協議を開いたが、結論には至らなかった。立憲民主党の重徳和彦政調会長は「野党7党の最低限の共通認識として具体的な財源を示した」と説明し、新たな国民負担増は受け入れ難いとしている。しかし、自民党サイドは暫定税率を廃止する場合には代替財源の模索を先行する考えを崩していない。 

 

 筆者は、7月28日に配信された「みんかぶマガジン」の記事で、ガソリン税の暫定税率が廃止されることになれば、「『新税』導入によって財源を補うというプラン」があると書いた。これについては1カ月後の8月24日、朝日新聞が「ガソリン税のかわりに新税? 政府検討、車利用者からの徴収案」という記事を出している。 

 

 

 与野党が年内廃止で合意したガソリン税の暫定税率にかわる財源として、内閣官房が国土強靱化関連の税制改正要望で「財源確保方策の検討の開始」を求めることになったというのだ。ガソリンなどの燃料に課税する案が浮上している、としている。 

 

 つまり、ガソリン税の暫定税率廃止は既定路線であるものの、「税収が失われる分」は「別の新税で徴収する」ということだ。これでは、あまりに国民をバカにした話だろう。現金給付はそもそも国民から絞っておいて、要は「あまりがあるから少し返してあげるわ」ということだ。だが、新税導入ということになれば、「減税はしてあげるけど、別の税は払ってね」ということになる。どこが「減税」になるというのか。多数派を形成できる野党は「民意」を背に、もっと与党と激しく交渉すべきだ。これでは、参院選で示した国民の意志が無碍にされてしまう。 

 

 思い返せば、最近の自民党の「約束」は特にひどいものだった。岸田文雄政権の「新しい資本主義」「異次元の少子化対策」とは、一体なんだったのか。岸田政権下の施策によって国民所得が倍増するのではなかったのか、少子化にストップがかかるはずではなかったのか。 

 

 石破首相の「令和の日本列島改造」「地方創生2.0」「楽しい日本」も理解に苦しむ。さらに言えば、石破氏は「アジア版NATO」「日米地位協定の改定」「平壌に連絡事務所開設」といったことも言及していた。だが、今や触れられなくなっている。 

 

 もちろん、自民党の「責任」を石破首相だけに背負わせるのはあまりに酷だ。30年以上も国民の給与が上がらなかったというのであれば、その間に責任を負うべき人物たちはたくさん存在する。つまり、過去も含めて現在の自民党議員たちは連帯して責任を追う立場にあるはずだ。 

 

 こうした状況にもかかわらず、自民党内では「石破おろし」ばかりやっている。旧安倍派の裏金問題や旧統一教会問題の反省は霧消したようだ。「石破おろし」に動いている中心議員たちは「衆院選、都議選、参院選で敗北した石破氏はスリーアウトチェンジだ」などと言っている。だが、これは世論離れしたメチャクチャな話ではないか。なぜならば、そのうちの1つである昨年10月の衆院選は「石破首相のせい」とは言えないからだ。 

 

 

 
 

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