( 320223 )  2025/08/30 05:00:11  
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随意契約の備蓄米、店頭販売を開始 

 

昨年から続く、コメ価格の高騰。「南海トラフ地震や台風への不安から買い占められた?」「業者が売り惜しみをしている?」など、さまざまな意見、推測が飛び交っていたが、2025年8月、政府は、根本的な原因は「生産量の不足」にあるとし、増産に舵を切る方針を固めた。ではなぜ生産量が不足し、ここまでの値上がりを生んだのか。また一方で、以前から農業協同組合(JA)が決める「概算金」をはじめとする価格決定の仕組みも高騰の要因にあるのではという意見もあった。こちらについてはどうなのか。コメ価格が決まるメカニズムや今後の見通しとともに、専門家に聞いた。(取材・文:エクスライト/Yahoo!ニュース オリジナル 特集編集部) 

 

コメの需要・供給の状況 

 

「今日もおコメが買えない……」。昨夏、スーパーに行くたびに、ため息をついていた人も多かったのではないだろうか。その後、店頭にコメは戻ってきたものの、価格はなかなか下がらず。年が明けても、歴史的な高騰が続く中で、農林水産相の交代、備蓄米の放出などコメに関する話題は尽きない。この“令和のコメ騒動”はなぜ起きたのか――。その答えは「需要に対して生産量が不足していたため」という見解に落ち着きつつある。 

 

政府は8月、これまで「事実上の減反政策」と言われていたコメの生産調整を見直し、増産の方針を打ち出した。また農水省が7月30日に公表した調査結果では、中間業者らが在庫を抱え込んでいるという、いわゆる「流通の目詰まり」は確認できなかったと報告している。 

 

三菱総合研究所で農業政策の研究提言を行う稲垣公雄氏も、同じ考えだ。こうした報道が出る前から、稲垣氏はコメ高騰の理由を「生産量の不足にある」と伝えてきた。 

 

では実際にどのくらい不足していたのか。毎年、農水省では年間のコメ需要量と生産量(日本全国の計画供給量)を発表している。それによると、2022年産と2023年産を合わせて、約65万トンも生産量が不足していたという。さらに、2024年産についても、32万トンほどの不足が起きていたことが、今年7月に発表された。あわせて97万トンも不足していたのだ。 ごはん茶碗でいえば、約140億杯分にものぼる(※)。 

※生米を炊くと重さが約2.2倍になり、茶碗1杯につき炊いた米を150g盛ると仮定した場合 

 

実は、コメのような食品は、わずかに生産量が減っただけでも価格が変わりやすい。モノの値段は、基本的には需要と供給によって決まり、そのギャップが大きいほど価格は上がっていくもの。嗜好品であれば、高くなったら「今は買うのをやめよう」という選択をする人も多いので、需要が下がり、結果的に価格はそこまで動かないこともある。一方、コメは日本人の食生活に欠かせない。多少高くなっても、多くの人がコメを買い続けるので、需要が大きく変わらず、供給との差が広がってしまうのだ。このように、わずかに量が不足しただけでも大きく値動きするような商品は、経済学的には「価格弾力性が低い」と表現される。 

 

実際、ここまでのコメの供給不足も、年間の生産量に対して1割ほど。それでもこれほどの高騰が起きてしまう。似たケースとしては、2024年に起きた白菜の高騰だ。不作のために白菜の供給量が例年の2〜3割落ちただけで、販売価格が5倍ほどに上がった。 

 

これらをふまえると、コメ価格を安定させるのに必要なのは、第一に「増産」ということになる。供給を増やして価格を安定させる。市場原理に基づいたシンプルな政策が必要だと稲垣氏は言う。 

 

「ただし注意すべきは、増産により価格が下がりすぎるリスクもあるということです。あまりの値下がりは生産者にとってマイナスですから、価格低下に対する政策的な対応が必要です。現状のセーフティネットで十分なのかの検討、備蓄米の買い入れ・買い戻しを機動的に行う準備など、早急に検討して提示しないと、農家としては安心して増産が進められません」 

 

 

水不足の水田 

 

それにしてもなぜ、大量の不足が発生したのか。稲垣氏は3つの要素が重なったためだという。1つ目は、もともと計画していた生産量が、以前より少なめに抑えられていたこと。毎年、政府はコメの生産量の目標を提示しているが、近年は日本人の食生活の多様化などもあり、コメの消費量が下がり続けていたので、多く作りすぎないように調整していたのだ。2つ目は、その計画に対して実際の生産量がさらに不足したこと。3つ目は、インバウンドなどにより需要が想定以上に増えたことだ。 

 

特に注目されるのは、2つ目。コメの品質低下が生産量の不足を招いたといわれている。コメは収穫後に精米してから販売する。玄米の外側を削って白米にするのが精米作業だ。品質が低下すると、精米の際に削る部分が大きくなる。たとえば、今までは1キロの白米を作るのに1.1キロの玄米があればよかったのが、品質の低下により1.5キロ必要になるということも。その結果、精米として販売される量が減ることになる。 

 

ここ数年の品質低下は深刻で、北陸や東北では、通常80%以上ある一等米(品質の評価が最も高いコメ)の比率が15%まで落ちた産地もあるという。その結果、農水省の試算では、2023年産で10万トン、2024年産で6万トンの影響があったとされる。「その原因とされているのが、酷暑などの気候変動です。気候変動をきっかけに、コメ農業の担い手の減少、高齢化などにより、基本的な農業生産の地力が落ちていることが明らかになってきたと言えるのではないでしょうか」(稲垣氏) 

 

気になるのは、今秋以降の需給バランスだ。2025年6月末時点の農水省の発表では、2025年産は50万トンほど供給が需要を上回る見込み。 

 

「計画通りにコメが作れれば、価格も5キロ3000円台後半くらいに収まっていくことも期待されます。ただし心配なのは、水不足などが今年のコメの出来にどう影響するか。この夏も猛暑日が続き、7月末時点で生産者から『水が足りない』という声が聞かれました。深刻化すると生産量や品質に悪影響を及ぼす可能性もあります。その動向次第ではないでしょうか」(稲垣氏) 

 

 

コメ(主食用)の流通経路 

 

ここまでは生産量の話だが、一方でコメ高騰の原因は「流通にあるのでは」という意見も多く見られた。とりわけ話題になったのは、JAが決める「概算金」である。こちらについても考えていきたい。 

 

コメの流通は、基本的に「生産者(農家)」から「集荷業者」「卸」「小売」へと渡り、消費者に届けられる。このうちJAは集荷業者にあたり、農家 からコメを預かり、卸や小売へ販売する。 

 

日本のコメは、ほとんどをJAが取り扱っていると思われることも多い。しかしそれは、かつて政府がコメの流通を完全管理していた時代のこと。2004年に自由化されてからは、様相が異なるようだ。 

 

「近年のデータを見ると、JAが流通を担っているコメは生産量全体の40%ほど。1970年代前半ならほぼ100%がJAでしたが、現在はシェアが大きく減っています。JAを通さず、農家が卸や小売に直接販売するケースも40%以上に上っているんですね」(稲垣氏) 

 

コメの価格決定の流れ 

 

つまり、現在市場に出回っているコメはJAを通していないことも多く、JAの動向だけで価格は決まらない。こうした多様な流通経路の中で、コメも市場競争が起きているのだ。 

 

そして、この流れの中で、JAが農家に提示する価格こそが概算金である。JAがコメを集荷する際に農家へ前払いするお金だ。注意しておきたいのは、JAが農家からコメを“買い取っている”わけではないこと。あくまでいったん預かり、農家に代わって販売を行う「委託販売」形式のケースが多い。収穫時点で概算金を前払いするが、最終的な金額の確定はその1年後になる。1年を通じた販売状況を見て、当初の概算金に不足があれば(1年を通じて、当初想定よりもコメが高く販売できれば)農家に差額を追加で支払う。 

 

以前は、この概算金がコメの価格が上がる要因になっているのではないか、という見方をされがちだ。一般的なイメージとしては、概算金をベースに卸への販売価格が決まり、それをふまえて消費者への販売価格(小売価格)が決まると考えられていたためだ。こうした仕組みであれば、流通の“川上”となる概算金が高くなれば、“川下”の販売価格も上がるのでは、と思うだろう。 

 

しかし、実態はその逆だ。市場の動向や、その年のコメの需要・供給を分析しながら「このくらいの金額で売れば、採算が取れそう」「このぐらい出さなければ、コメが集まらない」という見立てによって、概算金は決められていく。 

 

こうしたことから「概算金がコメの値上がりを招く、という見方は必ずしも正しくない」と稲垣氏。むしろ、“コメ高騰が概算金を上げている”という方が正しいだろう。販売価格が高くなることが予想されれば、JAは概算金を高めに設定する。それに対抗するように、民間業者もより高い価格でコメを買い取る。あくまで起点は販売価格にあるのだ。 

 

コメ価格安定のために、概算金を廃止するという意見も出た。つまりJAが委託販売を行うのではなく、農家から買い取って卸に売るということだ。しかし、価格の決まり方を考えると「概算金を無くしても、価格が抑えられるとは考えにくい」という。 

 

「仮に概算金を廃止したとしても、需要と供給にギャップがあれば、自ずと価格はつり上がっていく。安定させるためには、やはり増産がポイントになるでしょう」(稲垣氏) 

 

長引く令和のコメ騒動。消費者にとっては不安な日々が続いたが、一方で日本の農業のあり方、とりわけ国民食であるコメの生産に対する関心を高めたのも事実。これを機に、多くの人が安心してご飯を味わえる環境が整えられることを願う。 

 

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