( 320568 ) 2025/08/31 06:38:55 0 00 自動車(画像:写真AC)
インターネット上で形成される情報環境を語る際に、よく指摘される概念がある。それが「フィルターバブル」と「エコーチェンバー」である。
フィルターバブルとは、アルゴリズムやユーザーの行動履歴によって、見たい情報や同調的な意見ばかりが表示され、異なる視点や批判的情報が遮断される現象だ。SNSや動画サイトで特に顕著である。例えば、ユーザーが一度
「残クレアルファードを笑う動画」
を視聴すると、同種のコンテンツばかりが次々に提示される仕組みになっている。結果として、偏った情報だけが目に入る環境が自動的に作られる。
一方、エコーチェンバーとは、同じ意見を持つ人々が集まり、互いの主張を反響させ合うことで、信念が強化される現象だ。匿名掲示板やSNSで
「残クレでアルファードを買うのは身の丈に合わない」
といった書き込みが増えると、他の参加者が同調し、批判が自己強化的に拡大する。こうした環境では、異なる意見が排除されやすく、事実の吟味が阻まれる。
このふたつが組み合わさると、「残クレアルファードは馬鹿げている」という認識が、根拠を欠いたまま社会的事実のように扱われる。情報環境の構造自体が、誤った印象を固定化してしまうのである。
「残クレアルファード」とは、トヨタ・アルファードを残価設定型クレジット(残クレ)で購入することを指す。残クレは、契約時に設定した将来の車の価値(残価)を差し引き、残りを分割で支払うローンだ。
月々の支払いは通常ローンより軽くなるが、金利は高めである。銀行ローンと比べると条件面で不利な点も多い。アルファードを残クレで購入すれば、5年間で約50万円の金利負担が発生するという。表面上は確かに「割高」に見える。
しかし現実には、2019年に新車価格約500万円のアルファードが、2024年には400万円で売却できる事例がある。コロナ禍の
・半導体不足 ・円安 ・トヨタの納期遅延
など、供給制約が中古車価格を押し上げたためだ。この市場環境を踏まえれば、残クレを利用したユーザーが手元に150万円程度の利益を残す可能性もあるという。
それにもかかわらず、ネット上では
「手取り20万円で残クレ」 「ドンキ(ドン・キホーテ)しか行けない」 「破産する」
といったミーム的描写が拡散されている。こうした意見は、供給制約やリセールバリュー(再販価値)の上昇を無視した偏った認識に過ぎない。結果として、叩く側は
「自分は堅実だ」
と信じている一方で、実際にはアルファードユーザーが資産形成に成功している逆転現象が起きている。ネットのイメージと市場の現実には大きな乖離があるのだ。
フィルターバブルのイメージ(画像:消費者庁)
ネットで残クレアルファードを笑う行為は、一見「正義の告発」のように見える。しかし実際には、
「自分の不満を他者に投影する場」
になっている。フィルターバブルやエコーチェンバーに閉じこもることで、中古車市場や残クレの金融商品としての実態を学ぶ機会を失い、正しい情報を持たないままでは合理的な購買判断ができず、将来的に損をする。前述のとおり、残クレアルファードは、高額車でありながら再販価値の高さによって資産形成に寄与する可能性がある。こうした情報を無視すると、その機会を逃すことになる。
さらに、他人の消費行動に過剰に関心を持ち続けることで、
「自らの生活改善や収入増加への努力」
が後回しになり、不満は解消されない。ネット上での批判は攻撃的な発信を助長し、精神的負担も増大する。加えて、アルファードのようにリセールバリューの高い車種に投資する「発想」を拒むことで、資産効率の低い消費に留まることになる。このように、ネット上の叩きに加担することは、短期的には共感を得られても、
「中長期的」
には経済的利益や精神的安定を損なう行為になる。情報リテラシーと市場理解こそが、幸福と資産形成のカギとなる。
この状況を改善するためには、いくつかの取り組みが必要だ。まず、自動車ローン商品に関する透明な情報提供の強化が欠かせない。販売店は、金利負担や残価設定、再販価格などの数値シミュレーションを標準的に提示すべきである。ユーザーは短期的な支払いだけでなく、5年後や10年後の資産変動まで理解して購買判断を行う必要がある。残クレは高額車でも月々の支払いを抑えられる利点があるが、将来の資産価値を無視すれば損失につながる可能性もある。
教育機関での金融リテラシー導入も重要だ。残クレ批判の多くは
「ローン = 借金 = 悪」
といった単純化に基づく。高校や大学での金融教育に、耐用年数資産である車や住宅の再販価値、為替や金利の影響などを組み込むことで、学生の段階から資産効率を意識した消費判断を促すことができる。
さらに、SNSプラットフォームの責任も見過ごせない。アルゴリズムが偏った情報を過度に拡散しないよう、運営者は調整を行う必要がある。特に「残クレ破産」など事実に基づかないコンテンツについては、ファクトチェックや注意表示を徹底すべきである。こうした仕組みを整えることで、ネット上の
「馬鹿にする/される」
というゼロサム的な空気から脱却できる。車の購入や利用を、単なる消費ではなく資産形成と生活の質向上の両立として捉え直すことが可能になる。
ネットで笑う人のイメージ(画像:写真AC)
日本社会では依然として「身の丈に合った消費」が美徳とされる傾向が強い。しかし世界的に見れば、資産価値のある財にレバレッジを効かせてアクセスすることは一般的な行動である。
残クレを無条件に肯定する必要はないが、ネットで叩く側が抱える情報の偏りや嫉妬心が、自らの選択肢を狭めている事実は否定できない。高リセールバリューのアルファードを残クレで購入することは、資産形成の一手段になり得る。
今後、中古車市場のデータや金融商品の透明性が高まれば、残クレを巡る議論は「茶化し」から「投資戦略」へと進化する可能性がある。しかし、この転換を阻害しているのは、フィルターバブルとエコーチェンバーである。偏った情報環境のなかでは、事実に基づく合理的判断が後回しになり、消費行動も限定されてしまう。
最後に、中古車販売会社BUDDICA(香川県高松市)代表の中野優作氏の言葉を引用して締めたい。やっかみで茶化している人もいるが、
「実はいま残クレアルファードに乗っている人は勝ち組なんですよ」(『デイリー新潮』2025年8月27日配信分より)
ネットで笑う人々は、知らず知らずのうちに自らの可能性を狭めている。この言葉はその現実を端的に示している。
顔の見えない他者を茶化して自己満足に浸る行為はやめるべきだ。何より、そんな振る舞いを続ける人は、外から見てもまったく幸せそうに見えない。そういえば先日、
「正義感の9割は嫉妬」
というつぶやきもネットで話題になっていた。
伊綾英生(ライター)
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