( 321933 ) 2025/09/05 05:48:53 0 00 経済同友会の定例会見でサプリ購入を巡り警察の捜査を受けたことに関し、頭を下げる同会の新浪剛史代表幹事。9月3日(時事通信フォト)
突然の辞任は衝撃的で、発表の翌日に行われた会見では、どんな説明がされるのか注目が集まっていた。ネット生配信はもちろん、情報番組に差し挟む形でテレビの全国放送生中継もされた、プロ経営者として知られる新浪剛史氏の麻薬疑惑について説明した会見を、臨床心理士の岡村美奈さんが分析する。
* * * いったい何が起きたのか。9月2日、サントリーホールディングスは新浪剛史氏が、会長を辞任したと突然発表した。新浪氏が購入したサプリメントに大麻由来の違法薬物が含まれている可能性があり、警察の捜査を受けたという。本人は「適法だと思っていた」という主旨の話をしたというが、同社の対応は厳しかった。会見に登壇した鳥井信宏社長は、「サプリメントに関する認識を欠いた新浪氏の行為は、代表取締役会長として求められる資質を欠くと言わざると得ないと判断した」と述べた。
自宅から違法薬物は見つからず、簡易尿検査でも陰性。本人は関与を否定し、「潔白」を主張。だが同社の取締役会は捜査の結果を待つことなく「日本を代表する企業の経営者として、こうした疑義を持たれること自体が問題である」と判断。鳥井社長は新浪氏の辞任に悔しさをにじませ、「二人三脚でやるといったのに非常に残念だ」と声を震わせ、目頭を赤くにじませた。
翌日の3日、新浪氏は代表幹事をつとめる経済同友会の定例会見に現れた。やや青みがかったグレーのスーツに同系色のグレーのネクタイと、謝罪会見らしい色合いである。冒頭、新浪氏は「この度は私のことで、お騒がせして申し訳ありません。深く反省しております」と頭を下げた。“私のことで”と表現したのは、自分は違法なことは何もやっていないという自負があるからだろう。疑義が生じて以降の経緯を説明するが、その言葉にいつものような力はない。
米国で購入したサプリメントは「CBD」(※大麻成分のひとつカンナビジオール、日本国内での規制はされていない)で、「日本でも同じ物を購入し飲用していた」「日本では許されているという強い認識があった」とゆっくりと述べた。購入目的は「出張が多く、時差ボケがひどいので」、なぜ米国で購入したかについては「米国の方が圧倒的に安いから」と説明。米国の後、サプリが違法かもしれない国に出張するため、自分の身体や健康をみてくれる著名な方に預けて、ハンドキャリーで持ち帰ってもらったと話した。
本人の弁によれば、自身が購入した商品も著名な方が自宅に送ってくれたが、家族が捨てて手元にはなく、飲用はしていない。商品は手荷物で持ち込まれ税関を通っているので適法であったと認定できる。なぜか著名な方が、福岡に住む弟経由で二度目を送ったようだが、それは自分が購入したものではなく手元にない、と説明した。送り主が分からない物は廃棄するのが家族との取り決めと述べたが、自らが預けた物で、著名な相手からの配送なら一言連絡すれば済むことだろう。わかったようなわからないような、すっきりしない物言いは、他の企業の不祥事には手厳しいコメントを連発する、日本でもトップクラスの有能な経営者らしからぬ説明だった。
質問を聞いている間は度々、下唇を突き出し苦い表情を浮かべるが、淡々と雄弁に答えていく。「なぜ購入してしまったのか」という質問では、「商品に書いている内容もちゃんと読んだ」「大丈夫だと思った」と答えただけでなく、「身体を面倒みてもらっている大変著名な方が大丈夫だといった」「ご自身も娘さんも飲んでいる」「いろんな方が飲んでいる」「いろんな方が飲んでいる事例がある」といったことを「聞き及び判断した次第」と説明した。
ここには2つのバイアスが隠れている。財界のトップの経営者でも、物事を判断する際、バイアスに左右されるようだ。1つ目は「権威バイアス」。地位や肩書ある人物、自分が信用している人物のいうことは正しいと信じてしまう心理傾向である。”大変有名な方、著名な方”という新浪氏の表現から、その人物に対して権威的なものを感じていることが伺える。
だが新浪氏は、著名な方に言われたことを無条件に信じはしなかった。会見でも「リファレンス、事例があると聞いた」と話したからだ。しかしこの事例の対象が誰か、どのような事例かまで、新浪氏は知らないと答えた。突き詰めて平たくいえば、あの人が言っている、この人も持っているから私もというレベルの話である。これが2つ目のバイアス、「バンドワゴン効果」という心理傾向だ。新浪氏も、信用していた権威のある人が勧める商品を多くの人が購入している。それなら自分もと購入し預けた。信じた結果、このような状況になってしまったということだろう。
サントリーでの10年間は「サントリーの文化が世界に根付く基礎を作った10年」と感慨深げに語ったが、その言葉に力はない。サントリーに傷がつく可能性あるのなら、「大好きなサントリーに傷がつく前に私が辞める」と遠い目をした。ここで、このような形で辞任するのは不本意だっただろう。だが飲料やサプリメントなどを製造販売するサントリーとして、トップがサプリメントで家宅捜査を受けるなど見過ごせない疑義であることを、よくわかっているのも新浪氏だろう。このタイミングで早々に会長を辞任させる、会長が辞任するという決定は、組織としての危機意識の強さと機能している危機管理体制を世間に示した。
ここでふと、疑義を持たれること自体、問題であり資質を欠くという言葉を、そのまま日本の議員らに当てはめてみたらどうなるのかと考えた。さていったいどれくらいの議員が辞任することになるのだろう。
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