( 321946 ) 2025/09/05 06:08:19 1 00 新宿西口にオープンした「伍福軒」は、ラーメンファンの注目を集めています。 |
( 321948 ) 2025/09/05 06:08:19 0 00 伍福軒新宿西口店、オープニングセールの様子
「天下一品」の首都圏店舗が2024年に続き、2025年も大量閉店した。ラーメンファンが騒然とする中、さらなる驚きとして、その跡地に「伍福軒」という新しいラーメンチェーンが一挙10店、ほぼ同時にオープンしたのだ。
ラーメンに限らず、飲食店の新ブランドが10店もの大量出店でデビューするのは異例中の異例であり、よほどこの味を広めたいという思いと、勝利の確信がなければできないことだ。各店舗はオープンから5日間、ラーメン1杯を500円で提供するセールを繰り広げ、累計販売数が1万杯を突破するロケットスタートとなった。
伍福軒は「東京背脂黒醤油ラーメン」を標榜しており、都内でここまで黒いスープのラーメンは珍しい。全般に懐かしい屋台の味を感じるラーメンで、スープは見た目ほどしょっぱくはなく、醤油の旨みが伝わってくる。背脂が入っていても脂っこさはなく、あくまで旨みを足す範囲にとどめている。
経営するのは、東京を中心に「天下一品」のフランチャイズ店を展開してきた飲食企業のエムピーキッチンだ。同社は、つけ麺専門店として著名な「三田製麺所」や薄皮餃子専門店「渋谷餃子」などを自ら開発してチェーン展開する、実力派である。伍福軒も東京のラーメンシーンに一石を投じるべく、自社で立ち上げた。
「黒ヤキメシ」も看板商品で、仕上げに使った濃口醤油の旨みがご飯に染みて、より醤油味がガツンと来る。これらを武器に、同社の広報は「東京の人が好む醤油味に仕上がった。毎日でも来られるように価格も抑えた。ぜひ、ラーメンとヤキメシの定食を食べていただきたい」と話す。
天下一品はラーメン1杯900円を超える価格になっているので、もう少し値段を下げたい意向があった。また、一時期、天下一品では黒っぽいチャーハンを出していたが、磨いていけばもっと良くなると考えたようだ。
2024年、エムピーキッチンが経営する都内の天下一品6店が一斉に閉店した。一部を同社が経営する一口餃子の業態「八宝亭」に転換した以外は、三田製麺所になった。2025年の一斉閉店では、各店の近くに既に三田製麺所の店舗があり、自社競合を避けるため伍福軒を開発したのだろう。
主なメニューの価格は「背脂黒醤油ラーメン」(並)が790円。スープ付きの黒ヤキメシ(並)が760円で「黒ヤキメシ定食(背脂黒醤油ラーメンと黒ヤキメシハーフサイズのセット)」は1050円となっている。店によってはサイドメニューで餃子、水餃子、唐揚げなどもある。東京では「1000円の壁」を超えたラーメンが珍しくないが、800円を切る価格で食べられ、顧客の財布にやさしい価格設定だ。
東京では「背脂チャッチャ系」のラーメンが、1980~90年代に流行った記憶がある。総じてスープは明るい茶色の豚骨醤油で、黒くはなかった。また、伍福亭と異なり脂っこい印象もある。その他、ご当地ラーメンでは広島県の尾道ラーメンも、大ぶりな背脂ミンチが大量にスープに浮いているが、伍福亭の場合はそこまで背脂は主張していない。
これらより類似性を感じるのは、京都駅近くの「たかばし」と呼ばれる地域にある老舗ラーメン店「新福菜館」だ。1938年に屋台のラーメンとして発祥し、都内にもいくつか店を出している。
新福菜館の中華そばは、背脂は入っていないものの刻んだ九条ネギや軟らかいチャーシューをトッピング。濃口醤油を使った黒いスープで、中細ストレート麺のラーメンだ。黒いヤキメシも提供している。背脂を除けば、この店こそが伍福軒のルーツではないかと思える。
京都・たかばしの新福菜館の隣には、同じく人気の老舗ラーメン店で都内に店を出す「本家 第一旭」もある。こちらのラーメンもかなり黒っぽいが、真っ黒ではない。見た目は新福菜館と似ているが、シャキシャキのもやしもトッピングされていて、味はマイルドに感じられる。チェーンの全店ではないが、一部にはヤキメシを出す店もある。東京・神保町店のヤキメシは、かなり黒っぽい。
黒いラーメンと黒いヤキメシは、京都のラーメンの伝統としてあったようだ。
新福菜館で修業した人が秋田で開業し、東北の人が好む味に進化させた「末廣ラーメン本舗」という店がある。仙台や都内にも進出していて、深夜に多くの人が締めに食べに来ていてにぎわっている。
こちらの中華そばも、当然黒っぽいが、そこまで真っ黒でない。刻みネギはとても控えめに入っていて、カウンターには追加用の刻みネギがあり、適量を入れると新福菜館の中華そばによく似た外見になる。末廣ラーメン本舗はヤキメシもかなり黒っぽく、秋田の人が好むように、料理全般の味は塩気が強くなっている。
このように、京都のラーメンを東北で独自に進化させたような人気店があるなら、京都のラーメンを東京の人が好むように改良したラーメンも、ありだろう。
末廣ラーメン本舗が新福菜館のラーメンを秋田の人が好むようしょっぱくアレンジしたのに対し、伍福軒は新福菜館のラーメンをベンチマークして東京の人が好むように背脂を入れた、といった感がある。
つまり伍福軒の黒いラーメンと、ヤキメシのルーツは新福菜館と見受けられるが、背脂は何がルーツなのだろうか。
天下一品は屋台の頃からこってり一筋のイメージがあるが、周知のとおり、あっさりラーメンも販売している。どういう商品かというと、これが背脂醤油ラーメンなのである。
とはいえ背脂は控え目で、ほんのりと入っている程度。天下一品の店員によると「あまりに背脂が多いと、こってりしてくるので、あっさりの趣旨に合わない。背脂は風味を足す程度に抑えている」とのことだ。伍福軒のラーメンはもっと背脂が目立つが、同様に脂っこいイメージにならない範囲にとどめている。天下一品のあっさりラーメンの背脂の使い方と、通底する考え方がある。
1971年に京都の北白川で発祥し、こってりを磨き続けてきた天下一品であるが、北白川ではあっさりスープに背脂を乗せて旨みを加えた、独特なラーメンが既に人気になっていた。1947年に創業した「ますたに」という店だ。「元祖!京都背脂鶏ガラ醤油」とアピールしている。
天下一品は、日本の人口構成が高齢化した結果、こってりが口に合わない人が増えてしまい顧客が減っているという実態がある。こうした背景から、京都の西院で天下一品を業態転換した「かけラーメン一(はじめ)」という背脂チャッチャ系で具材が刻みネギのみの実験店を、今年4月にオープンしている。
ベースの「かけラーメン」は400円と安いが、チャーシューとメンマが入った「ラーメン」は600円、半熟玉子なども加わった「スペシャルラーメン」は1290円と、具材が増えるたびに高くなるシステムになっている。
かけラーメン一は、ますたにのマネに見えないよう工夫を凝らしてはいるが、こってりの総本山・天下一品がこういう店を出していること自体、こってりから背脂に時代が移っていると認めたに等しい。天下一品のフランチャイズ店を展開していたエムピーキッチンが、背脂ラーメンの伍福軒を立ち上げてチェーンを脱退するのを、あたかも背中を押したように映る。
ますたにが流行らせた、あっさりスープにコクのある背脂を浮かせたスタイルのラーメンを、都内を含む郊外ロードサイドで全国展開しているのが、1997年に滋賀県野洲市で1号店をオープンした「来来亭」だ。店舗数では天下一品をいつの間にか追い抜いている。
休日は家族連れが多いのが来来亭の特徴だ。天下一品のこってりをおじいちゃん、おばあちゃんから、幼稚園児までファミリーで食べているシーンは想像しにくいが、来来亭のラーメンは背脂が乗っていてもあっさりしているので、顧客層が広い感がある。
来来亭のラーメンは真っ黒ではないが、結構黒い。そして、チャーハン(ヤキメシではない)も黒くてインパクトがある。今、勢いのある来来亭のやっていることを、もっと醤油味を徹底して、関東風につくり変えると、伍福軒の背脂黒醤油ラーメンと黒ヤキメシになるのではないか。来来亭はロードサイドがテリトリーなので、東京都心部には来ないから競合もしないのである。
伍福軒のテーブルには、たくあんが無料サービスで置いてある。
ラーメン店でたくさんのサービスはあまり見たことがない人も多いだろうが、京都発祥の背脂醤油ラーメン「京都北白川 ラーメン 魁力屋」というチェーンでは、たくあんの無料提供を行っている。ちなみにますたにの一部店舗でも、ご飯を提供する際にたくあんを出していた。おそらくではあるが、たくあんサービスの原点もますたになのではないか。魁力屋も、ますたにの創始した背脂ラーメンを受け継いで、郊外ロードサイド中心に店舗数を伸ばしており、都内を含めて現在では約150店まで広げた。
魁力屋の運営企業は、2023年12月に東証スタンダード市場へ上場している。エムピーキッチンは三田製麺所に加え、東京背脂黒醤油ラーメンで勢いを増して2025年中の上場を目指しているようだ。魁力屋による「京都背脂醤油ラーメン」の対抗軸として、伍福軒では「東京背脂黒醤油ラーメン」を打ち出し、上場への弾みを付けようとしているように見える。
魁力屋のラーメンはそんなに黒くなく、焼きめしはチャーシューが多め。見た目は普通のチャーハンだ。伍福軒と都心部のマーケットで競合する可能性があるが、ラーメンとヤキメシ(焼きめし)の見た目の色と、醤油味の強さが相当違う。同じ背脂醤油でも、京都風と東京風で差別化できるだろう。
こうして見ると、エムピーキッチンは天下一品の首都圏有力フランチャイジーとして、著しい成果を挙げながらも、同じ京都ルーツの背脂系ラーメン、あるいは黒っぽい醤油ラーメンがどんどん東京に進出してくるのを目の当たりにし、トレンドの交代を察知したのだろう。
そして、京都の背脂及び醤油ラーメンをヒントに、天下一品のあっさりをベースとして換骨奪胎し、東京、関東の人が好む背脂黒醤油ラーメンへと再構築したのが伍福軒といえる。華々しく登場した伍福軒がこのまま順調に成長していけるのか。動向を見守っていきたい。
(長浜淳之介)
ITmedia ビジネスオンライン
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