( 322913 ) 2025/09/09 05:26:05 0 00 残業キャンセル界隈……どうすべきか?
「なぜ仕事が残っているのに、平然と帰れるんだ……」
私が支援している企業の営業部長が、深いため息をついた。定時になると若手社員がスッと席を立つ。「お疲れさまでした」の声だけ残して消える。
締切が明日の仕事があるはずなのに、である。この光景が毎日繰り返されるので、営業部長のストレスはマックスだ。
最近SNSで「残業キャンセル界隈」という言葉を見つけた。いったいどういう意味なのか? どのような背景があるのか? 「静かな退職」という表現が普及したように、この「残業キャンセル界隈」のようなフレーズも市民権を得るのだろうか?
そこで今回は「○○キャンセル界隈」という現象について解説する。とくに「ワークライフバランス」を重視しすぎる若者に悩むマネジャーは、ぜひ最後まで読んでもらいたい。
「○○キャンセル界隈」という表現が若者の間で流行している。これは「○○をやりたくない」「○○を回避したい」という意味で使われる。自虐的なニュアンスを含みながら、同じ価値観を持つ仲間を見つけるための合言葉となっている。
もともとSNS発祥の言葉だ。「界隈」という表現で緩やかなコミュニティーを示す。「キャンセル」は拒否や回避を意味する。つまり「○○をやらない人たちの集まり」という意味である。
代表的な例をいくつか紹介しよう。
1. 風呂キャンセル界隈 2. 外出キャンセル界隈 3. 人付き合いキャンセル界隈
「風呂キャンセル界隈」は、疲れて風呂に入るのが面倒くさい、風呂に入る気力がない人たちを指す。「今日も風呂キャンセル」とSNSに投稿する。すると同じ境遇の人から共感のコメントが集まるようだ。
「外出キャンセル界隈」は、天気や気温に敏感になり、「外に出たくない理由」を探して外出をキャンセルする人たちだ。週に1回ぐらいしか外出しない人もいるという。
「人付き合いキャンセル界隈」は、相手に対する気遣いで気疲れしてしまう人が使う表現だ。友達や同僚にも付き合わないし、親族との集まりもキャンセルしてしまう。
これらの表現に共通するのは「義務感からの解放」である。やるべきことをあえてやらない。その選択を肯定的に捉える文化が生まれている。
この「キャンセル界隈」文化が、ついに職場にも波及した。それが「残業キャンセル界隈」である。定時になったら仕事が残っていても帰る。この行動を「ノリ」で実行する若者が増えている。
ある製造業の事例を紹介しよう。「今日中に、この提案書を仕上げてくれ」と部長が頼んだ。依頼された25歳の営業担当者は素直に「分かりました。すぐやります」と返した。だが、定時である午後5時30分になると、荷物をまとめて帰ろうとする。
「おい。まだ提案書はできていないだろ?」
当然、部長はそう呼び止めたのだが、彼はこう言い放ったのだ。
「私、残業キャンセル界隈の人なんで」
部長は言葉を失った。
「残業キャンセル、界隈……?」
意味が分からないので、気心の知れた課長に尋ねると、「○○キャンセル界隈」というフレーズについて教えられた。
「冗談じゃない!」
部長は憤りを隠せなかった。以前は、定時退社する若者たちの言い分は、
「ワークライフバランスが大事ですから」
であった。そのたびに、この部長はこう語りかけた。仕事をきちんとこなしたうえでプライベートを充実させることが、正しいワークライフバランスだ。仕事を放棄してライフを優先するのは本末転倒だ。責任放棄しているといわれても仕方がないぞ、と。
このように諭せば、ほとんどの若者は部長の言葉に納得した。スキルや経験が足りないのに、最初からバランスのとれた仕事人生を送ることなどできない。とくに部活動を一所懸命にやってきた若者は理解が早かった。
「私は野球部だったので、納得できます。プライベートを充実させながら、スタメンを目指すなんて、できませんよね。まだ経験が浅いのに」
ところが今回は「ワークライフバランス」ではなく、「残業キャンセル」がテーマである。この営業部長は頭を抱えてしまった。
では、なぜ若者は「残業キャンセル界隈」を名乗るのか。その背景には3つの要因があるだろう。
1. 働き方改革の誤解 2. 成果への無関心 3. SNSでの承認欲求
まず「働き方改革の誤解」についてだ。近年、政府や企業が残業削減を推進しており、その流れに乗っかっているものと思われる。若者の一部は「残業=悪」と単純化して理解している者もいるという。
仕事が終わる、終わらないは関係がない。定時で帰ることこそが正義――。このような極端な解釈も広まっているようだ。本来は生産性を上げて残業を減らすべきなのに、生産性はそのままで残業だけキャンセルしようとする。
次に「成果への無関心」である。成果や目標達成への意識が希薄な若者が増えた。「静かな退職」という表現が普及するように、最低限の仕事をして給料をもらえればそれでいい。このような価値観が広がっている。
成果にコミットせず、自分のペースで仕事をこなし、定時になったら帰る。「残業キャンセル界隈」の人だからだ。これでは成長もしないから、いつまでたっても生産性の高い仕事ができないだろう。
最後に「SNSでの承認欲求」だ。ノリで「残業キャンセル界隈」を名乗ることで仲間が見つかる。同じ価値観の人から「いいね」がもらえる。この承認が行動を強化していく。
「今日も残業キャンセル成功!」とSNSに投稿すれば、「お疲れさま!」「私も帰ります!」とコメントが集まる。この連帯感が心地よいのだ。
しかしこの行動には大きな問題がある。誰かが必ずその「ツケ」を払うことになる、ということだ。上司や同僚に負担がかかれば、顧客への対応が遅れる。組織全体の生産性が低下する。これは、アダム・グラントの世界的名著『GIVE&TAKE』で表現されたテイカー(奪う人)的な行動だ。このようなテイカーは、人生で成功することはない。
「残業キャンセル界隈」の人が増えれば、組織に深刻な影響を与えるだろう。
1. チームワークの崩壊 2. スキル向上の機会損失 3. 信頼関係の破綻
まずチームワークが崩壊する。一人が仕事を放棄すれば他のメンバーが補う。この不公平感が積み重なる。やがて協力関係が成り立たなくなる。
次にスキル向上の機会を失う。新しい仕事にチャレンジしない。難しい課題から逃げる。このような姿勢が続けば、当人が成長できない。将来のキャリアにも影響するだろう。
そして信頼関係が破綻する。約束を守らない。締切を守らない。このような人は信頼されない。信頼とは、信じて頼るという意味だ。「頼りにならない信用できない人」とレッテルを貼られ、重要な仕事を任せてもらえなくなるはずだ。
ただし、別の視点で考えれば「残業キャンセル界隈」という表現も悪くはない、と筆者は考えている。
「仕事キャンセル界隈」や「責任キャンセル界隈」であれば大問題だ。しかし「残業キャンセル界隈」は、あくまで残業をしないということだ。つまり仕事を完遂させて残業を回避すればいい(仕事を完遂させているのに、残業を求められたら会社のほうに問題がある)。
そのために必要なのは、徹底的に認識のズレをなくすことだ。そこで、上司からタスクを頼まれた方には「モーレツ確認」を勧めたい。
仕事を依頼された時点で徹底的に確認する。その仕事の目的は何か? 期待される成果は何か? 優先順位はどうか? 何を気を付けるべきか? この情報はどこから取得したら最も効率的か? 依頼者が「いい加減にしてくれ」と根を上げるぐらいに、モーレツに確認するのだ。
最初から認識がズレていたら、どんなに頑張っても「そうじゃない」「誰がそうしろと言った?」などと指摘される。依頼者がどんなに丁寧に説明しても、認識のズレはなくならない。従って、依頼された側が意識して認識合わせをするのだ。そうしないと全て確認不足だ、といわれてしまう。
とはいえ、どんなに最初にモーレツ確認しても抜け漏れは必ず起こる。だから完成させるまでも、何度も「これでいいのか」「この方向性で問題ないか」と依頼者にモーレツ確認するのだ。
そうすれば自分のスキルや経験がそれほど高くなくても、生産性の高い仕事ができる。その時間内で本当に完遂できるかどうかも、早めに明らかになる。どんなに上司から「今日中に頼むな」といわれても、「今日中はムリですよね」と言い返すことができるのだ。
つまり「残業キャンセル界隈」を名乗るなら、モーレツ確認で認識のズレをなくし、最短距離で成果を出せるようにすることだ。ムダな作業を極限まで減らせば、「残業キャンセル」も現実的になるだろう。
「静かな退職」や「残業キャンセル界隈」という言葉の裏には、若者の疲れや諦めも見える。しかし仕事から逃げても問題は解決しない。むしろ「ツケ」がたまっていく。いつか必ず、そのツケを払う日が来てしまうものだ。
上司は若者と向き合い、本当の意味でのワークライフバランスを叶えてあげる必要がある。効率的に働き、成果を出し、充実した人生を送る指導をするのだ。そうしなければ「部下育成キャンセル界隈の上司」と呼ばれてしまうだろうから。
著者プロフィール・横山信弘(よこやまのぶひろ)
企業の現場に入り、営業目標を「絶対達成」させるコンサルタント。最低でも目標を達成させる「予材管理」の考案者として知られる。15年間で3000回以上のセミナーや書籍やコラムを通じ「予材管理」の普及に力を注ぐ。
ITmedia ビジネスオンライン
|
![]() |