( 323253 ) 2025/09/10 06:13:34 0 00 (※写真はイメージです/PIXTA)
「産後の恨みは一生」という言葉を聞いたことがある人もいるでしょう。熟年離婚の原因が、数十年前の産後に生じた不和だったというケースも少なくありません。今回はトータルマネーコンサルタント・CFPの新井智美氏が、熟年離婚によって発生する財産分与の内容や離婚を防ぐためのポイントについて解説します。
中野茂雄さん(65歳・仮名)は定年を迎えたばかりです。長年コツコツ返済してきた住宅ローンも退職前に完済。40代から運用も行っていたことから、退職金を合わせた老後資金は5,000万円に到達。年金は月17万円、2年後には妻の年金受給も始まります。
「これだけあれば、夫婦2人でのんびりと老後生活を送れるだろう。なにか趣味を見つけようかな」などと考えていた矢先、妻の藤子さん(63歳・仮名)から切り出されたのは――まさかの離婚話でした。
突然のことに言葉を失う茂雄さん。理由を問いただすと、返ってきた答えにさらに愕然としました。なんと原因の発端は、40年も前の「産後の恨み」だったのです。
藤子さんは22歳で茂雄さんと結婚し、翌年には長女を、25歳で次女を出産しました。
長女の出産時は、初めての子どもということもあり、茂雄さんも体調を気づかい、立ち会い出産で涙を流すほど感激していました。藤子さんも「これからは夫婦で力を合わせて子育てしていける」と信じて疑いませんでした。
しかし、退院して家に戻った瞬間から、その期待は裏切られたのです。
長女は夜泣きがひどく、藤子さんは慢性的な寝不足状態でした。それなのに、朝食や夕食の支度、洗濯や掃除、アイロンかけなどの家事を、当たり前のように求めてきたのです。
「ずっと家にいるのに、なんでやっていないんだ?」そう言う茂雄さんに、「赤ちゃんの世話で精一杯なの、初めての子で分からないことばかりだし」と訴えても、「俺だって仕事で疲れてるんだからな」と取り合おうとしません。
産後の体調不良から買い物も行けず、会社の帰りに買ってきて欲しいといっても聞いてくれません。仕方なく、藤子さんは実家の母を頼り、生活に必要なものを送ってもらっていました。
休みの日こそ買い物や家事をやってもらおうと思っても、「疲れているから無理」とバッサリ。しかも「子どもの泣き声がうるさいから、休みだってのにゆっくりできやしないよ」とまで言われ、気が狂いそうだったといいます。
次女を妊娠したときはつわりが重く、「このままでは身が持たない」と判断して里帰り出産を選びました。仕事が休みの日だけは実家に来てくれましたが、平日は友人と飲み歩き、連絡すら寄こさない日も多かったといいます。
出産後に茂雄さんの実家を訪れた際、義母から「また女の子なのね」と言われ、藤子さんは胸を刺される思いでした。そんな場面でさえ、茂雄さんは「そうなんだよ。本当は男の子が欲しかったのにな。二人目なんか作るんじゃなかったな」と軽口を叩き、妻を庇うどころか追い打ちをかけました。
「この恨み、絶対に忘れない……」
藤子さんが心に誓ったのは言うまでもありません。
振り返れば、茂雄さんは「子育てはすべて妻の役割」と当然のように考えていました。それこそが、藤子さんの恨みを買う原因になってしまったのです。
仕事が忙しくても、会社での仕事の時間は限られています。それに対して、母親となった藤子さんには24時間365日、母親としての仕事が待っていました。茂雄さんが会社から帰ったあとにおむつ交換や赤ちゃんをお風呂に入れてあげるなど、もっと子育てに参加し、藤子さんを労るべきでした。
ところが実際には、産後どころか、その後も家事や育児は藤子さん任せ。義家族との関係でつらい思いをしても、茂雄さんは庇ってくれませんでした。ちょっとした出来事のたびに「やっぱり私を守ってくれない」と感じ、産後の恨みが薄れるどころか、折に触れて思い出されるようになったのです。
もちろん40年以上の結婚生活には、笑顔や感謝の思い出もありました。しかし、ふと立ち止まると、そこには「ずっと一人で背負わされてきた」という感覚が消えずに残っていました。
子育てが終わり、夫の定年退職を迎えたとき、藤子さんの胸にあったのは「これから先も一緒に過ごしたい」という温かい感情ではなく、「この人と老後を共にするのはもう無理」という冷めた思いだったのです。
せめて、たった一言でも「いつも子どもの面倒をみてくれてありがとう」と感謝を伝えていれば、藤子さんの心も救われたかもしれません。
妻からの突然の離婚宣告に戸惑った茂雄さん。もし離婚となれば、避けて通れないのが財産分与です。
茂雄さんは知り合いの弁護士に問い合わせ、財産分与の内容について教えてもらいました。
財産分与の対象となる財産は、基本的に婚姻期間中に夫婦が築いた財産です。茂雄さんの場合は家や預貯金のほか、車や家電、家具などが当てはまります。そして、それらを半分に分けなければなりません。
つまり、茂雄さんが用意した老後資金である5,000万円の半額である2,500万円は藤子さんに渡さなければならないのです。家は売却して売却額を半分ずつにするか、茂雄さんが住みつづけるなら、藤子さんに評価額(約2,000万円)の半分を渡すかを考えなければなりません。
また、藤子さんは専業主婦のため、茂雄さんの年金の一部を受け取れます。これを年金分割といいます。具体的に受け取れる金額は、茂雄さんの老齢厚生年金(婚姻期間中)の2分の1で、計算してみると月額約9万円を受け取れることがわかりました。つまり、その分茂雄さんの受け取れる年金が少なくなるわけです。
こうした財産や年金の問題だけではありません。茂雄さんはこれまで家事のほとんどを藤子さんに任せきりでした。自分で生活を回す術がないのです。
さらに不安を募らせたのは、孤独な老後のイメージでした。夫婦で過ごすと信じていた日々が一変し、「一人ぼっちで生きていくのか」という現実が突きつけられたのです。
老後資金、年金、家事能力、そして孤独――。積み上げてきたはずの生活設計が音を立てて崩れ落ちるのを感じ、茂雄さんは深く頭を抱えました。
離婚を前に、茂雄さんはようやく自らの過ちを認め、藤子さんに頭を下げました。そして「これからは家事を分担して暮らしていこう」と提案します。
藤子さんはすぐには首を縦に振りませんでしたが、「半年間様子を見てから判断する」と答えてくれました。
その半年間、茂雄さんはごみ出しや掃除を担当し、手を抜かず続けました。少しずつ変わっていく姿に藤子さんの心も動き、最終的に離婚は取りやめ。夫婦はこれまでどおり生活を続けることになったのです。もちろん、家事分担はそのまま継続されました。
産後の夫の態度がきっかけとなり、その後も不満が積み重なって熟年離婚に至るケースは少なくありません。いざ離婚を突きつけられると、妻に頼りっぱなしだった夫の側は「自分は一人で生きていけるのか」という不安にさいなまれます。
確かに仕事をして家庭を支えるのは大変です。しかし、同じように子育ても大変なのです。特に、出産時には死ぬかもしれないくらいの痛みを耐え、子どもを産むのです。その苦労を理解し、まずは妻の体調や気持ちを優先する――それが熟年離婚を防ぐ大切なポイントといえるでしょう。
もし心当たりがあるなら、今からでも「あのときは申し訳なかった」と謝ってみることです。恨み言が返ってくるかもしれませんが、それだけ妻が我慢してきた証拠。自分の責任として受け止め、歩み寄ろうとする気持ちこそ、これからの家庭を変えるきっかけになるはずです。
新井智美 トータルマネーコンサルタント CFP®
新井 智美
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