( 323317 ) 2025/09/10 07:17:01 1 00 このディスカッションでは、日本における死刑制度、特に絞首刑の残虐性や人権に関する議論が展開されています。
- 殆どの発言は、死刑囚が持つ「人権」に対して疑問を呈し、被害者に対する人権が優先されるべきだと強調しています。 - 死刑制度を廃止すべきだという意見は少なく、むしろ死刑は犯罪抑止力として必要であるという認識が共有されています。 - 絞首刑については、苦痛が少ない・合理的とされる意見が多く、特に現行制度を維持することが望ましいとの主張が主流です。 - 一方で、執行の方法や期間、及びその一貫性に関して、改良を求める声も挙がっています。
このように、全体的な論調は死刑制度の維持や絞首刑に対する理解を求めるものが強く、加害者の人権よりも被害者の尊厳や感情についての配慮が特に強調されていることが示唆されます。
(まとめ) |
( 323319 ) 2025/09/10 07:17:01 0 00 =+=+=+=+=
被害者は突然の日常を惨たらしく奪われた。それなのに加害者の絞首刑は残虐だというのは全く意味がわからない。国家が命を奪うというなら、それが起きないように国家が被害者の命を守るべき。この国はどこまで加害者に甘いんだ。税金の無駄だから法律通り6ヶ月以内に執行するべき。
▲8870 ▼99
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自分は残虐なことをしておいて、絞首刑は残虐だからやめてほしいとは、筋の通らないことを。 絞首刑は経済的ですし、合理的だなと思っていますが、死刑囚に配慮すべき人権ってなんなんでしょう。冤罪の可能性については別として。
▲6248 ▼64
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死刑判決を受けるような犯罪に手を染めた時点で、被害者の尊厳を奪っている。 「国家が強制的に生命を剥奪する手続きに、万に一つも違憲、違法の疑いがあってはならない。」 と、違憲や違法について主張するというのはおかしな話であり、死刑囚に自身の尊厳について語る資格はないように思う。 一方で、日本の死刑制度はあまりに不明瞭で閉鎖的に思えるから、死刑方法の変更というよりせめて法治国家として訴えを一方的に退けるのではなく、本人に詳しく説明する義務はあるように思う。
▲402 ▼21
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そもそも死刑囚は身勝手だから「身勝手」な犯罪を犯して死刑を宣告される。 執行までの期間に犯罪と向き合い反省すべきなのにやっぱり「身勝手」な訴えを起こすのだな、と思った。 ですが、 同じ「死」になるなら最期くらいは人のためにっていうのはありかも、と実は思っていて、例えば臓器提供。提供を受ける側の心境はあるかもしれないが、そこは選択してもらう、とかあっても良い気もする。
▲781 ▼29
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死刑囚ということはそれなりの罪を犯したということ。 何を今さら人間の尊厳だろうか。 自分達がその人間の尊厳を踏み躙った行為を行ったからその結末があるのだろう。 それが嫌なら犯罪を犯さなければいい。 死刑は抑止力としても機能すべき。 まあ、死刑執行までの時間稼ぎかなと。
▲3730 ▼30
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死刑が宣告される程の凶悪犯罪を犯しておいて何を言うかと思います。被害者の遺族は殺害された時から死刑執行までどれだけ苦しんで恨んでいるか考えた事はあるのかと。凶悪犯罪を防止するという事で死刑制度が残っているという事であれば、その執行は自身が犯した犯罪と同等のものでもいいくらいだと思います。
▲2092 ▼26
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日本の場合、死刑になる条件が、外国と比べても、それ殆ど厳しとは思いません。日本では人を2人以上殺害しない限り死刑の判決は基本でません、中国や北朝鮮などと比べるとかなり良心的だと思います。それに死刑は凶悪犯罪の抑止力に少しはなっていると思います、フランスの様に死刑が無く最高でも終身刑が1番重い刑の国も有りますが、日本でもそうなれば、少なくとも刑務所を増やす必要がでるかも知れないし、凶悪犯罪も今以上増える可能性が有ります、勿論そうはならないかも知れませんが、少なくとも自分は死刑の廃止には反対です。
▲817 ▼12
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人間の尊厳を損なうような事件を起こした人にそんなことを訴える権利はありません。絞首刑は誰の目にも明確に刑が執行されたと認識され尚且つ経済的で合理的な方法だと認識します。そして死刑とは命を奪う事が目的というより命をもって罪を贖う行為です、薬で眠るように執行されたのでは意味が無いと思います。
▲1423 ▼25
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そもそも、人を殺めといていざ自分がそうなると泣きを入れるってどうなんだ?と呆れてしまう。 残虐性を主張しているが、その死刑囚は残虐性の高い殺人を犯した訳で、被害者の家族や親族は何を言っているんだと怒るだろう。 個人的には、同じ殺され方をされればいいとすら感じるし、こんな事に相手せず、冤罪でないのならば、さっさと執行するべきだと思う。
▲1224 ▼19
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死刑ってのは多分すべての刑罰の中で一番重いものだと思う。恩赦でもない限りは残りの人生をすべて刑務所で過ごさなくてはならない無期懲役よりも上。それだけの罰を受けるほどの犯罪を犯した人を薬とかであっさり安楽死させるのは刑罰になるのだろうか。 ただこれによって法務大臣の罪悪感が薄れてたまってる死刑執行をちゃんと行えるようになるのであればまあ仕方ないかなって気もする。
▲340 ▼109
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最近の司法の判決はえっ?ってなるものが多過ぎるから、どんな判決が出るか怖い。 被害者や被害者家族を苦しめるような、追い討ち判決だけはやめて欲しい
でも刑の執行方法は個人的には変えて欲しいと願う。 朝から晩までキツくて危ない強制労働してもらい、その給金の3分の2は被害者か被害者家族への賠償金として。 後は生活費として刑務所へ納めて。 もしくは被害者と同じ目に遭わせるか、被害者や被害者家族が居れば決めればいい。決める人が存在しない場合は加害者に選ばせてあげればいいんじゃないかな。
時間が戻らない以上、それが少しは公平ってもの。
▲859 ▼43
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執行ボタンを押す方の精神的苦痛をどうにかしましょうという方向の話なら検討すべきなんだけど(っていうか、そろそろオートで執行できるシステムにできるんじゃないの?)、死刑囚の尊厳という方向の話にはのれない。
日本ではよほどの内容でなければ死刑にはならない。なにか汲むべき点があるなら無期懲役以下だ。つまり死刑囚に殺された方々は、尊厳も何も無く殺されているということだ。絞首刑はそれに比べたら充分人道的だろう。
▲725 ▼10
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死刑になるような犯罪を犯しておきながらどの口が言うのかと思いますが、死刑囚に対してというより刑を執行する方々の心的なストレスを思うと納得はできます。
それよりまず刑の執行をもっと早く行ってほしいと感じます。苦しみや恐怖の中で命を絶たれた被害者の立場になれば、同じような目に合わせたいのが本音です。
▲558 ▼4
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裁判中なら刑の執行はないとでも思っているんでしょうか? 再審請求のしようがないから、執行方法違憲ってのはこれまでにもありました。死刑囚の原告が死刑場まで実地検分で、意見じゃあなくて結局その刑場で執行されたという話しと記憶してますが。 法務省法務大臣が怠業するからこんな事案がおきるんでしょう。法令通りの執行を望見ます。この3人も判決前に執行してください。
▲475 ▼10
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絞首刑がどうしても嫌なら薬殺による死刑でも良いとは思うが、原告である死刑囚の訴えを見る限り、絞首刑が残虐だからと死刑制度そのものの廃止を主張しているようだ。つまり、死刑の手段は争点にはなっていない。
絞首刑が仮に残虐だとしても他の執行手段に変更されるだけなので、死刑をまぬがれることはないはずだ。原告の主張は論理がおかしいのではないだろうか。
▲592 ▼18
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死刑は1979年の最高裁の判決で示された基準(通称永山基準)を参考にされており、更生の可能性がなく、重大な犯罪を犯した人に出される日本では最大級の刑罰です。複数人を殺害、動機が身勝手・利欲的で酌量の余地が殆ど無い、極めて残虐で、社会的に到底許容できない場合に判決される。 また、日本国憲法36条では拷問や残虐な刑罰を禁止している。 しかし、1973年の最高裁では絞首刑は直ちに残虐と言えないと判断された。 つまり、今回の裁判は1973年の最高裁判決に異を唱え、過去の判断を見直すことを求めた裁判と言える。
ここで、重要なのは過去の最高裁判決を今見直して、解釈を変更することができるのなら、そもそも1979年の死刑になる基準と言われる永山基準も見直せば良いんじゃね?ってなりませんか? 残虐だって判決されるなら永山基準も見直して、故意に一人でも命を奪ったら死刑になるよう基準見直しも求めたい
▲340 ▼3
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執行にかかる時間とされるのが死亡確認までの時間で平均14分前後のようです。 ブラックボックス化する背景として外部組織からの抗議等の干渉が起きやすい問題があり、かつては前々日に行われていた事前告知も自殺や抵抗等の発生により直前になっています。 死刑執行に対しては獄中闘争が度々起きるため冤罪を防ぎつつも公平に機能するよう継続的に適性化を行うことが必要だと思います。
▲3 ▼10
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死刑判決が確定した場合は法の規定通りの期限で実行する事が義務付けられてるはず、其を行わない国は其こそ法に違反しているのではないかな、国ですら違法でしょ、余計な税金を使って何年も収容する必要は無いと思う。確かに検察側のミスで冤罪の可能性も無いとは限りませんが、其は死刑執行後に分かった場合は検察側の違法調査での冤罪と言う事に成るでしょうね。其の場合は検察側が責任を取れば良いだけ、求刑を求める立場の組織は其の責任を義務付ければ良いと思う。人のやる事ですから絶対は無いはずですからね。判決を言い渡す裁判官、其の判決を求める検察官、互いに其の判決、求刑には責任を持って貰わなければ組織の意味は無いでしょうね。
▲274 ▼12
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第三者から問題が提起されるのなら分かるけれど、死刑囚からというのはとても違和感を覚える。 日本で死刑判決を受けるのは殺人犯のみで、自分たちが被害者に対して行った行為は残虐ではなかったのか? 被害者と同じ方法で殺されれば納得するのか? 是非問いたい。 「それとこれとは違う話」は加害者の口から言うべきことでは無いと思う。
▲373 ▼4
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原告側は、絞首刑は残忍なので他の執行方法にしてほしい、ということなんですかね?(たぶん核心の部分は違う気がしますが) ちょっと求めていることが良くわからないですね。
まあ、極刑判決が出る犯罪が起きないような安全な世の中になって欲しいものですが。 世の中、基本的に法を犯すような行為は罰せられるのは当たり前ですが、まあ中には稀にやむにやまれずというものもあるかもしれません。ただそれは極刑になることはありえません。 原告は自らの意思でやらなくても良いことをして極刑となっているので、同情や理解を得るのは感情的にも論理的にも難しいでしょうね。
▲253 ▼9
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対応する人も大変なので、薬物投与ですかね。 事前に安静剤飲ませておいてからとか。 それよりも、冤罪の可能性ないなら、 時間とお金の無駄なので、素早い執行がいいと思う。 躊躇せず他者殺害している時点で、反省とか無意味。
▲546 ▼16
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何をもって残虐だというのかわからないけど、我々の祖先は江戸時代にかなり残虐な死刑制度を設けていたのを知っているから、現在の絞首刑を残虐だとは思わない。 安楽な制度ではないかもしれないけど、決して残虐ではない。 寧ろ、現場で直接死刑執行に携わる人の気持ちを考える方が気の毒に思う。
▲201 ▼5
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死刑囚が訴えることではない。 弁護士の入れ知恵もあるでしょうが、執行を引き延ばすための作戦としか思えない。
人の人権を踏みにじっておいて、人権を語る資格は無い。
被害者はこういう方法で殺してなんて勿論言いませんし、被害者の恐怖たるや想像に絶するし、無念だと思う。
死をもって償うということは、どういうことなのか、わかっているのか、ただただ、死ぬのが怖いと叫んでいるだけでしょ。
賢明なる判決を待ちたい。
▲253 ▼9
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この3人の死刑囚は被害者をどのように殺害したのだろうか。犯した殺人と同じやり方で執行される方が遺族には慰めになるような気もするが、執行官はたまったもんじゃないだろうとも思う。絞首刑で誰のボタンで実行されたのかは解らない現状のやり方でも、執行官は相当なダメージを受ける人が多いと聞くと、このような事はロボットに任せたらと思います。死刑囚の執行を長引かせているからこなような事を言い出すのではないだろうか。確実な死刑囚には早急に現状の方法でロボットに執行させて、死刑囚に余計な事を考える時間も税金も使わないで欲しいし、執行を躊躇うような判決を裁判官は出すべきではない。被害者は何も訴えられないのだから確定囚がほざくなと言いたい。日本は加害者に甘すぎる。死刑確定囚には人権を与える必要はないと思う。薬で楽に執行してもらおうなんて馬鹿馬鹿しくて話しにならないし、このような裁判をおこせる法律が間違ってる。
▲103 ▼3
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原告が死刑囚になったのは、自ら残虐な犯罪を犯した結果のことであろうから、当人たちが残虐な執行方法を止めるべきだと訴えることは、「どの口が言う」としか受け止められないだろうし、私もそう思う。被害者遺族の感情を逆撫でするものでもあるだろう。ただ一方で、刑を執行し、後始末をしなければならない人たちがいることを考えると、それが仕事とはいえ、如何せん気の毒な気がする。個人的には、そちら側からの議論はあってもいいと思う。
▲1 ▼1
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普通に考えれば、極刑は、人の手による最も残酷な刑だろう。 しかし、だからと言って、「絞首刑」という、刑の執行の手段を問うのは、意味がないと言えます。 いかなる手段によって刑を執行するのと、極刑を「残虐な刑罰」と同義で話をするのは意味が違う。 よって、絞首刑を含む、いかなる手段によって、刑を執行するその工程を問うのは、ナンセンスであると言えます。 つまりは、法により、究極の刑を執行する方法は、同じく、法によって、決められる。とも言えます。 なので、法の定めによる「絞首刑」と言う手段は、残酷な刑罰とは言えないのです。
▲105 ▼6
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人を殺した犯人の行為も残虐だが、殺された人の親族が仇討ちで殺す事も残虐。つまり、人を殺した行為が既に残虐に当たるので、殺人を犯した当人に残虐であると言われる筋合いはない。そして死刑は本来、社会秩序の安定の為に、私刑によって被死刑執行者の生命の剥奪そのものを目的とさせないようにする刑罰であり、国が代行者として被害者に著しい苦痛を与えたのものに見合う苦痛を与えることを目的とするもの。
▲17 ▼1
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国際的な流れでは死刑廃止が主流ではあるけど、やっぱり残虐な事件に巻き込まれた被害者や遺族の処罰感情を考えると、個人的には死刑制度はあっても仕方ないとは思う。一番いいのは死刑になるような罪を犯す人が新たに発生しなくなることではないかな。そうすれば死刑が必要なくなる。 逆に既に刑が確定して、絞首刑を残虐と主張してる原告の死刑囚が、どういう執行方法がいいと思うのか、対案を聞いてみたい気はする。
▲5 ▼1
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そもそもなんだけど、死刑を言い渡されるってことは、それなりの事をした訳でしょ。それこそ誰かの尊厳を損なうような事をしでかさないと言い渡されない刑罰だと思うのだけど。それでも尊厳尊重しなきゃいけないの?いくら反省なり償いをしたとはいえ、それだけでは元に戻らないことの方が多いでしょうに。 加害者側の人権もあるだろうけど、犯罪に 見合った刑罰は必要だと思う。個人的には犯罪者の人権とか尊厳は二の次三の次でいいと思う。
▲38 ▼2
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日本では殺人を犯してもなかなか死刑になることはないです。それでも死刑判決が出たということはかなりむごたらしい行為に及んだということではないでしょうか。 日本国憲法に違反というけど、死刑囚は今一度自分が犯したことを振り返ってほしい。また、死刑判決から長い年月執行しないというのも良くないと思います。 絞首刑が嫌なら自分が行った行為をそのまま受ければいいと思います。 そっちの方がよほど残虐だと思います。
▲33 ▼2
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どの口が言っているのか?と素直に思う。
被害者は普通に明日が来ると思って生きている、被害者に関わる家族、友人も同様に被害者が明日も生きていると思って生活している。 それが急に目の前が真っ暗になり無になる。 関わっていた方々も怒り悲しみ悔しさ精神的苦痛を与えられる。
殺害された被害者は皆助けてと願い、死にたくない恐怖と苦痛を味わって亡くなる 楽に死ねた人など1人もいないと思う。
こういった刑(絞首刑)で今から執行しますよ。 と、教えて貰えるだけありがたいと思って頂きたい。
▲38 ▼0
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「身体損傷と見た目のむごたらしさが避けられず、人間としての尊厳を著しくそこなう非人道的な方法で、国際人権規約や日本国憲法に違反している」
「執行に至るまでの経過に違法・不当な措置がないか、常に社会の検証を受けなければならない」
被害者の尊厳を奪った非人道的な犯人には、6か月を超過して収監されるなど違法な措置がないよう、速やかに刑を執行していただきたい。
▲86 ▼2
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受刑者の犯行は置いておいて 諸外国で用いる薬物注射や電気 椅子と比較して、絞首刑は一瞬で 自重により頸椎を骨折させ意識を 喪失し絶命に至る方法なので、 苦痛は少ないと思われます。 執行の直前までは恐怖やもしれません が、それは注射も椅子も同じなので せめてもの温情なのです。
▲146 ▼3
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被害者の権利・尊厳を理不尽に奪った加害者に対して、権利・尊厳を付与する司法の姿勢は変えるべき。 加害者には権利も尊厳も無く、被害者が受けたであろう心身の苦痛以上の苦痛を罰として科すことで、最低限の懲罰感情緩和に繋がると思う。
▲28 ▼2
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死刑囚になる人は、相当の罪を犯してきたから死刑になるのであって、それは人を殺めてきたのでしょう。1人ではなく何人もの殺したから死刑になる。そんな人に絞首刑が残虐だと言えるのだろうか?もしも自分の家族や友人達を殺されたとしても、残虐だと言えるのだろうか? 残虐だという人は、被害者になって体験してから残虐ですと言えるのだろうか?
▲27 ▼2
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日本国憲法31条は『法律の定める手続によらなければ、その生命若しくは自由を奪はれ、又はその他の刑罰を科せられない。』と定められており、法律の定める手続により生命を奪う刑罰として死刑を容認している。そして、死刑を容認する憲法が制定された当時に死刑の手段として絞首刑が採用されていたのだから憲法が絞首刑を残虐と捉えていないのは明らかだ。さらに、残虐とは、大きく個人の捉え方に左右される面があるが、主権者たる国民の多くは死刑を容認しているし、刑罰として絞首刑が残虐とも捉えていない。自殺の手段として首つりが用いられることが多いのも命を絶つ手段として首つりが一つの手段と捉えられていることの証左だろう。人は自分が残虐と考える手段で自殺しようとはすまい。 このように考えると死刑は合憲であることはもちろん、絞首刑も残虐な刑罰には当たるまい。
▲11 ▼1
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死刑が廃止されている国は大抵、現行犯での射殺が認められていると思う。情状酌量の余地なく、殺されなければならぬ罪かという議論もなく。個人的には、死刑よりもその方が余程に人間の尊厳を損なっていると思っている。 そして個人的感情を述べるなれば、被害者と同じ方法で執行されるのが妥当と思っているので、一律で短時間で終わる刑は優しい方法では。 あと親を縊死で亡くしたn=1の経験で言うと遺体は特にむごくは無かったので、その点でも尊厳には影響しないと思う。
▲11 ▼0
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死刑は本来〜どれだけ凄惨な事件を起こして被害者に著しい苦痛を与えたとしても、それに見合う苦痛を与えることを目的とする刑罰ではない」と訴えています。 己が犯した罪が、死刑と相応だと思っているのだろうか。被害者や遺族の苦痛などは死刑であっても解消されるものではなく死刑以上なんだよ。その上でせめて死刑であれという事。 その罪と死刑は同等でもなければ、己らが受ける苦痛もまた被害者以上という事はない。絶対に。 自分が死ぬ時だけ尊厳だの訴えるなんて、罪と向き合ってない証拠では。 法で絞首刑と定められてるが、それでなくてもいいんだよ。電気でも薬物でも。 被害者遺族が希望するなら選択肢を渡していいとすら思う。だけどそれだと、遺族が背負わなくていいものを今以上に背負う事になるだろう。この訴えをしてることさえどんな気持ちになるのか、、、 定められた期間と方法でまだ残ってる死刑囚の執行をしていただきたいものです
▲21 ▼1
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話しによると、絞首刑は比較的苦痛を伴わない刑らしいので「絞首刑」が反対というなら、自分も反対。 むしろ絞首刑なんて残虐じゃなくて、人道的すぎる刑じゃないだろうか。そんなんで、本来の抑止力には役に立たないとも思う。 もっと過酷な刑でいいと思うけど、執行官の苦痛だけは取り除くような刑がいいとは思う。 そんな都合が良いのがないから絞首刑なのかもしれないけど。
▲32 ▼2
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冤罪は無い前提で、 死刑判決を受ける程の凶悪犯罪を起こした犯罪者に、残虐な刑は良くないなんて微塵も思わない。 何なら、江戸時代の様にもっと残虐な刑罰があっても良いと思うくらい。 犯罪は割に合わないと思わせるだけの刑でなければ執行する価値がない。 犯罪抑止の為にも必要。
▲11 ▼1
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この記事を読んで思った素朴な疑問だが、この裁判を起こした死刑囚3人は一体どのような罪を犯してこの様な刑になったのだろうか。 死刑と決まったということは、加害者が被害者に与えた苦痛は想像に絶するものであったと思う。 自分たちは「確定した死刑判決を覆そうとしているわけではない」と言いつつ、翻って自分たちはその苦痛を免れるべく裁判で争っていることに矛盾を覚えないのだろうか。 いくら加害者の人権云々と言われようが、まず最優先されるべきは被害者の人権であってその次以降にくるのが加害者の人権ではないのだろうか。 昨今、加害者により奪われた被害者の人権より、この様な加害者達の人権が考慮・優先されるている様に思えてならない。
▲25 ▼2
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明治六年に発布されたと言う事なので今現在生きている人達は死刑とはこういう方法だと言うのが前提にある 死刑判決を受けるだけの犯罪を犯しておいて今更何を言っているのだ
例えば薬物による安楽死のようなカタチから急に絞首刑に変更になったと言うのであれば言わんとしている事は理解出来るが
百年以上前から定められ、その刑罰の苛烈さを知らしめる事で抑止力にもなる訳だし
むしろ判決が確定したのであれば期限内に粛々と刑を執行して頂きたいくらいだ。
▲21 ▼3
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現在、死刑になる人は確実に2人以上を殺害した凶悪犯です。彼らは絞首なんてものではない方法で複数人を殺害しているのです。事故では死刑になりません。例外なく、故意で、自分の意思で複数人を殺害した凶悪犯だけが死刑になります。 「自分の行いと比べて残酷か否か」を基準にすれば良いと思います。
▲226 ▼4
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絞首以外の楽な生命剥奪方法、何を望んでいるのか。死刑を望んで罪を犯す者もいるし、抑止力になる重い罰でなければ意味がない。 死刑囚が被害者をどのような方法で苦しめ殺害したのか、同じ方法、若しくはそれを上回る苦痛を持って罰を受ける方がいい?複数の被害者がいる場合は?執行人の負担を考えると、死刑囚同士で突然執行役を命じられ、残虐な方法で殺し、執行役死刑囚も自分の犯行方法と同様に殺される日を怯えながら待つ方が罪を思い知るのではないか。 被害者やご遺族に賠償責任も果たさないのかという問題や、受刑者や死刑囚が実は他の事件に関わっていたという事もあり、すぐに執行するのが望ましいと思う人、犯人が死んでも怒りも悲しみも消えるわけではなく反省し続けて生きてほしいと遺族が望んでいる場合もあり… 様々議論はされながらも、合理的に今は絞首刑になっているだろう。 わかっている方法で死を迎えるなんて…贅沢なくらい。
▲19 ▼2
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人の尊厳を損なう行為をした犯罪者がそれを自身に当てはめるのはおかしくないですか?悪事を働けば絞首刑になる事は承知の上での犯罪。本当に反省しているなら刑を粛々と受け止める姿勢を見せるべき。 本当に死刑囚の考えで訴えを起こしているのでしょうか?もし弁護士の「知恵」なら許される行為ではないです。
▲35 ▼2
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残酷というか、自分が死ぬ時そうされたら嫌だな、という対応はむしろ延命措置の中にある。 死期が近いのに、点滴だの人工呼吸だの、拷問と変わらない。頼むからモルヒネばんばん使って意識レベルを下げてくれ。呼吸苦しいのが長引くのだけは、勘弁だ。首吊りは一瞬で気絶するから、点滴責めで肺が水浸しになるより、遥かに優しいです。
▲9 ▼0
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それだけ残虐な事件を犯してるのだから、絞首刑が違法とか言うこと自体おかしなこと。自分が犯した残虐かつ悲惨な事件で被害者やその家族は想像し難いほどの悲しみ、苦しみを抱えている。犯罪を犯した自分たちが置かれてる状況を考えたら違法とか言えないと思う。現行のままでいいと思う。
▲16 ▼2
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絞首刑と言っても日本の場合は首縄をして床が開き落下する事による頚髄断裂が原因で死に至らしめます。首をしめるのではなく、頚髄断裂で意識を失いますので苦痛は感じません。ただし心停止までは10分以上かかる場合もあります。
▲237 ▼2
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「身体損傷などが避けられず、人間としての尊厳を著しくそこなう非人道的な方法」 ↑死刑判決を受ける罪を犯し、被害者とその家族に一生消えない傷をつけておきながら、この死刑囚たちは何をいっているのか(怒)。この様な事を裁判所に訴訟する時間があるなら、自分たちの来るべき日に備えて罪を悔いながら粛々と迎えるべきだと思います。この様な死刑囚の訴訟など被害者家族の事を思うといたたまれない気持ちになります。
▲17 ▼1
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この訴えを行う権利は日本国民としてはありですが、人間としては資格なしと思う。 ただ、日本の死刑制度や死刑囚の状況、死刑執行の手順や流れなど、あまりに情報公開が少なく遺族も放って置かれているような状況もある。 せめて遺族の前で土下座して涙が枯れるまで謝るくらいの申し出をしてから、方法が残虐だとか意見してほしい。 死刑囚の中にも、遺族から死刑の撤回を求めるほど更生した人もいる。 自身が置かれている状況が理解できていないのなら、死刑台で人生を後悔するしかないのかもしれない。 個人的には判決後、半年ほどの一定期間内に刑を執行すべきと思っている。 それほどの罪を犯したのだから相応しい罰を受けるのは当然のことと思う。
▲20 ▼2
=+=+=+=+=
死刑判決が下されているのであれば、余程、凶悪な事件を起こしていた筈。 被害者は人間の尊厳を損なう方法で命を奪われていたのでは? 普通、人の心があるなら、死刑判決が下されるような事はしないだろう。 被害者や被害者遺族に対して本当に詫びる気持ちも反省する気持ちもないという事か? 既に人の道を外れた残虐な加害者に人道的尊厳は必要か?
▲15 ▼1
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死刑を執行する刑務官の精神的な負担や後始末などが大変であれば、執行の方法を見直すべきだろう。 重罪を犯した死刑因の都合を聞いて、変更するものでは全くない。 また、時間をかけて裁判をしているのだから、原理原則としては、早期に執行すべきで、長期間の未執行は法に反している。
▲137 ▼4
=+=+=+=+=
死刑囚の皆さんは、違う方法としてどんなことを提案されるのですか? 電気は失敗もあり得ます。残虐さ、体の損壊と言うが、ご自分も多かれ少なかれ、誰かにそのようなことをしたから招いた結果ではないでしょうか?
執行する側(心理的、確実性)のことも考えて、最善かどうかは別として今は絞首刑が続いているんでしょう。
そもそも死刑はすみやかに行うなら継続、行わずに時間を経過させるのであれば廃止のほうが良い。いつ行われるか分からずに何年も朝を迎えるのは精神的な罰だけど、それもどうなのだろう? その議論を政治家はもっとすべき。 死刑の方法は、死刑存続決定の後で検討してほしい。
▲3 ▼0
=+=+=+=+=
死刑になるほどの犯罪とはおそらく殺人罪でしょう、それも被害者が複数もしくは著しく残虐な殺害方法か身代金目的の誘拐殺人か。 こんな凶悪犯が毒殺や二酸化炭素中毒など身体を損壊する殺人でなければいいとでも言うのでしょうか? そう言うふうに聞こえますが、己のやらかした罪に向き合えと言いたいです。
▲2 ▼0
=+=+=+=+=
良い機会だよね。 執行されずに長期拘置所にいる事なども含めて議論したらいい。 苦しさを与える事が目的ではないのも分かる。 死は不可逆だから二度と戻れない事から執行には慎重さが必要も分かる。 感情に引っ張られない新しい刑法が必要だと思う。
一つ聞きたいのは、全く論点は別になるし、法律的ではないが、では仮に薬物が認められてるとして、薬物で今すぐに苦しくもなく痛くもなく死刑を実行します。と言えば納得するのか?と言う意地悪なことも感じるな。
▲4 ▼1
=+=+=+=+=
「死刑」自体が残虐な行為ではあるので、これが前提である以上はいかなる方法であっても残虐でないとはいえない。 ただし、その「死刑」とは、何の咎もない他者の命を誰の目から見ても非道と映る形で奪った者に課せられる、いわば自ら残虐を極めた者に課せられた刑罰。それを考えると比較対象は「これまで死刑囚の手にかかった被害者の死に方」であっていいと思う。
一番公平なのは、被害者と同じ方法で断罪されること。
▲24 ▼1
=+=+=+=+=
却下されて当然だと思います。 被害者側からすれば本当に残虐に時間をかけた地獄さながらの極刑でさえでさえ足りないと思います。 絞首による死刑執行はそれを許さず、国家が被害者側に成り代わって厳かに行使し、被害者側もそこで納得や諦めで一区切りとする刑罰だと思います。
▲7 ▼2
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執行されれば一瞬で意識を持っていって貰えるだけありがたい話だと思うよ。 というか『人道』って話なら、国家が人を○す時点でその道からは外れてるって見方も出来る訳で、どの道『人道』から外れているなら、もっと凶悪犯罪を抑制出来るインパクトのあるやり方でもいいと思うけどね。
▲0 ▼2
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絞首刑そのもののことを言ってるようですが、それと同じ方法で他人を殺めてる場合もあるでしょう? そうなると、その方法は残虐だからとは説明がつかないじゃないですか。 執行を待っている時間をどう過ごしているのですか?と問いたいですね。 方法が嫌なら、そんな罰に値するような罪を犯さなければよかったのです。 他人の命を奪っておきながら言える立場ではないでしょう。
▲33 ▼2
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非人道的な行為をした者が、自分の身には人道的な措置を求めるという矛盾。 そもそも絞首刑があると知っていながら非人道的行為に手を染めているわけだ。 その多くは被害者が命乞いをしようと無視して無慈悲かつ無惨に非人道的行為を行う。 死刑宣告ともなれば複数名の命を奪っているはず。 となれば、理屈上、絞首刑がなくなれば更に非人道的行為が増えかねないという懸念が払拭できない。 つまるところ、この死刑囚3人の主張など聞く必要はない。
▲16 ▼1
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自分のやったことを省みてから刑が残虐だとか言ってるんだろうか? まず、更生の余地が無く極刑以外はあり得ないっていう判決を理解して欲しい。 それだけのことをしたから、罰を受けるだけだ。
死刑執行までは何ら罰を受けないのだから、せめて静かに暮らして執行を待って欲しいもんだ。
▲4 ▼0
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おかしな事を言う。
そもそも人間としての尊厳を尊重し人道的な生活を送っていれば、死刑囚になる事もなかったはずでは?
自らは他人の尊厳を一方的に奪い非人道的な行いで亡くなられた方はもちろん遺族たちにも精神的苦痛を与えておいて、自分たちは精神的苦痛に対する慰謝料を国に求めるとな?
被害者に与えた苦痛に比べれば、本来はそれに見合うだけの刑罰を受けるべきなのに、絞首刑で済んでる事にむしろ感謝すべきでは?
▲30 ▼2
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被害者が「人間の尊厳を損なわれ、残虐な殺され方をし、更には人間の形すらわからぬように迄解体されたり・・・」しているのに対して、加害者がそれと同じような事をするのは法に反するからと訴えるのは、やはり、まともな人の考える事では無いと思う。 それこそ、被害者と同じ目に遭わせたいとすら思ってしまうが、結局のところ 「死刑判決後半年以内に執行する」約束事が守られていないからこその、時間的余裕が生んだものとも考えられ、少なくとも冤罪が一切疑われないのであれば、速やかに執行するか、どうしても死刑が駄目というなら終身刑を設定し、気がおかしくなるまで反省さえれば良いとすら思ってしまう。
▲27 ▼3
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日本も戦後の何年間は、死刑囚に執行の日を告げて、死刑を執行していたという話は聞いたことがあります。 死刑囚の人権の話になるのかと思うけど、死刑囚の多くは殺人犯で、被害者は急に自分の命が絶たれたことを考えたら、個人的にはその日の朝に死刑執行を告げたら良いと思います。
▲6 ▼1
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死刑は憲法第36条のいわゆる残虐な刑罰には該当しないと、私は思います。死刑宣告を受けた死刑囚は理不尽な理由又は己の欲得で人の生命を奪ったのだから何故この様な裁判を起こしたのか?理解に苦しむ。私は死刑制度に賛成です。これからも死刑制度の存続を望みます。理不尽に生命を奪われた被害者の無念を晴らす為に。
▲4 ▼0
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死刑囚の方々の求める、絞首刑に代わる残虐でない処罰とはどんなものがあるのだろうか? 日本で育った人は、幼い頃から人に手を上げてはダメ!と育てられており、思春期以降は犯罪であることも知っているから他人に暴力振るう人は少数派で集まってる感じを受けるのですが。
人権という言葉についても、どういった層を守るためなのだろう。 特別な我儘や強要を、周囲が我慢の限界まで守らないといけないのかな?
▲5 ▼0
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こうした頓珍漢な主張を受け付けないために、死刑囚に対しては死刑判決が出た時点で訴求する権利や基本的人権を剥奪する法案をつくることも考えるべきだと思う。 まあ、最高裁までいって絞首刑妥当とする判決が出れば済む話ではあるが、この裁判自体が死刑執行の時間稼ぎが主な目的であることは明白なので、迅速に願いたい。
▲17 ▼2
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法治国家では被害者や被害者の関係者が加害者に対して行う敵討ちの代わりに裁判結果に基づき国が刑を執行する。死刑囚側の「死刑は本来、被執行者の生命の剥奪そのものを目的とする刑罰であり、どれだけ凄惨な事件を起こして被害者に著しい苦痛を与えたとしても、それに見合う苦痛を与えることを目的とする刑罰ではない」と言っているが、本来ならば被害者や被害者の関係者は加害者が被害者に与えた著しい苦痛、もしくはそれ以上の苦痛を加害者に与えたいところである。多分この死刑囚の後ろには下らない人権弁護士が付いているのだろうと思う。慰謝料として一人当たり1100万円を要求しているが、この人権弁護士に踊らされた死刑囚の報酬なのかと思う。
▲3 ▼1
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絞首刑の実態については、これまでにも報道されて来たけど、薬物を用いる方法とくらべても、前時代的な気がする。刑を執行する人達の負担も大きい。こういうものも現代化して良いのではないかと思う。
▲13 ▼9
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死刑に関しては思う点もないわけではないが。抑々冤罪でもないのなら絞首刑になるような罪を犯している人。他人の人生を奪った人に人間の尊厳などと語ってもらいたくはない。被害者個人の人生を奪っただけでなく周囲の人たち家族や友人、恋人、すべての人生まで狂わせ一生涯きえることのない心の傷を負わせたとは思わないのだろうか?
▲3 ▼1
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死刑になるという事は、それ相応の事件を起こさないとならない思いますが。 死刑囚の名前が無いのですが、なんで名前出さないのですか? 被害者遺族は氏名を公表されているのに。 冤罪の可能性があるという事なのですか? それなら上告しましょうよ。 無理矢理に命を奪っておきながら、自分はその苦しみから逃げるなど言語道断です。 命の対価は命となります。 死刑囚の方の事件がどのような事件か分かりかねますが、何人もの命を奪ったのに、死刑囚1人の命でなんとか治りつけようとしてる被害者遺族の事を何とも思っていないんですね。 冤罪なら上告すべきです。
▲4 ▼1
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刑事罰は、国家が社会秩序を維持して統治を行うためにある そもそも被害者や被害者遺族の感情を癒すためのシステムではない 判決中で「被害者感情を考慮すれば…」とか「察するにあまりある…」などと述べられるが、あれば量刑にあたっての判断材料の一つにすぎない 被害回復というのは民事裁判で行われるものであり、それも最終的には金銭での解決しかできない。しかも弁済能力がなければ泣き寝入りだ。 金銭解決できない損害や悲しみなどの感情は法で解決できる問題ではない。 私刑や仇討ちを認める法律を作れば別だが、秩序維持に反するから作られない。法律で社会秩序を構築するのが法治主義だ その法に「残虐な刑罰」を禁止するという規定がある 残虐かどうかは感情論だが、裁判所は感情論を酌みした判断を回避している。 つまり裁判所ではなく、政治が判断しろということだが、政治も司法も向き合うことから逃げてはいけないと思う。
▲2 ▼1
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まぁ海外からは日本の司法制度と死刑制度の内容は昔から何回もいじられてきたところやから、いろんな意見が出るやろう。死刑自体はおいといても、執行方法やそれに至る過程の変更のようなものはある気がする。 それに絞首刑は明治くらいに後で息を吹き返して生活に戻った人もいたし、薬物とかのほうがいいような気がするけどなぁ
▲1 ▼2
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絞首刑判決を受けた者から亡くなった被害者が受けた行為が、人の尊厳を損なうものであったり残虐なものであったとしたら絞首刑になるものは何も言えないと思うけど。 遺族の気持ちからしたら絞首刑でも足りないとおもう。 絞首刑が人間の尊厳を損なうかなどの議論は不要。
▲148 ▼5
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この3人の死刑囚が冤罪ではなく、死刑に値する罪を犯した方々だとするならばこう言いたい「それはあなた方が訴えるべきことではないですよ」と。外野からそんな問題提起が出るなら分かりますが、被害者遺族の方々にしてみれば「目には目を 残虐には残虐を」という気持ちを抱いて当然。もしも死刑実行を先延ばしにするために起こした行動であれば、早急な判決を望みます。
▲3 ▼2
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人間の尊厳などと言う言葉が出てきてますが、被害者の遺族としては被害者と同じような殺され方やより苦しんだ形を望むと思います。
当然大事な人は帰ってこないのは100も承知だろうが、それぐらい残された者は辛いだろうし、被害者の無念は計り知れない。
▲3 ▼0
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死刑囚が裁判を起こせるのがなんとも、もどかしい気がします。執行日は当日まで知らせないので、朝の巡回で自分の独居房の前で足音が止むのが恐ろしいと取材記事を読みました。死刑判決が出ても、刑事訴訟法通りに6ヶ月以内に執行されることはないので、ある意味では残酷か、、、。まさか安楽死、なんてことは無いでしょうが被害者の無念を思えば、こんな裁判は釈然としない。
▲2 ▼1
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自分達の事は棚に上げておいて自らの命に関わってきたら執行伸ばしの意味もあるのだろうがどの口で言ってるのか?と弁明を聞いてみたい。 絞首刑が残酷と言うならどんな執行方法が良いのか死刑囚が提案してほしい。 提案したらその方法で執行すれば良いだけだ。
執行の引き伸ばし工作はやめてほしい。 死刑囚の毒牙にかかった被害者やそのご遺族の事を思うならば潔く執行を受けるべきである。
▲20 ▼2
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死刑に対して反対ではなく、要は酷いからってことなんですね。 延命のための時間稼ぎなんですかね? 弁護士としてはどう思ってるのかも聞いてみたい。 あと、死刑囚同士で纏めて今回のように訴えるのってありなんだ?
再審などについては良いけど、世間からことごとく存在含め却下され絶望を感じたまま執行されるか、生かされててください。それくらいなら多少、被害者や世の中に対して役に立ってくれても良いのかもと思う。
▲5 ▼1
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自分のした事が凄惨かもしれないと分かりながらの訴え、色々考えさせられます。やはり常人には理解し難いものがあります。 それとは別に、死刑やその方法については時代や海外と照らし合わせるなどして議論し続ける必要があると思います。
▲0 ▼1
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被害者の苦しみを思えば、遺族の復讐感情はとても強いだろう。国が遺族の代わりに仇を討つという意味があるので、処刑に関して、ある程度の非道さは仕方がないかもしれない。
しかし、その結果として、死刑囚の遺族が復讐感情を抱くことを止めることもできない。死刑を宣告した裁判官や死刑執行官に対して、復讐の仇討ちを為すことを一方的に非難することもできない。その結果は、次の死刑を招く。いわば復讐の連鎖。この論理的矛盾をどう解決するのか。
▲0 ▼12
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絞首刑が人間の尊厳を損なう残虐な刑罰か否か、ではなく、 絞首刑の判決を受けるような犯罪者から被害を受けた善良な被害者、被害者の家族等の尊厳をどう考えるか、の方が大事と思います
▲1 ▼1
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死刑囚ということは被害者に人間の尊厳どころか命そのものを奪っているわけだが?その被害者、または遺族の苦しみに寄り添う気があるのなら、いつ来るかわからない、突然苦しみながら死ぬのが最適ではないかな?もっと言うなら半年以内で執行してくれ、と思う。
▲3 ▼1
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「絞首刑」とは比べ物にならないくらい残虐な行いをして、「被害者の人としての尊厳」を踏み躙り、あまつさえその生命を絶ち、遺族の人生をも悲惨なものに変えてしまった結果、「極刑」に処せられたんでしょ。
裁判を起こす自由はあるけど、刑が犯罪の重さに見合っていないという国民感情もあるし、自身は複数人の尊厳を損なっておきながら、「自分が損なわれるのは嫌だ」などという自分勝手な事情を汲む余地は微塵も無いと思われる。
「絞首刑」が嫌だというなら遺族に刑を執行してもらうというのはどうなんでしょうか。
▲77 ▼2
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死刑執行は残虐な行為を国家が行うことだから反対します。殺人者は、加賀乙彦氏が述べているように、既に尋常の精神を失っている状態、だとみるべきです。報復的な意味を死刑に添えても何の意味もありません。犯した罪を償う方法はほかにもあると思います。遠い将来、誰もが罪を犯さない社会ができればいいのですが、刑務所だって、塀のない刑務所の実験もヨーロッパではあると聞きます。そうした方向へ日本も舵を取るべきではないでしょうか?
▲3 ▼49
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痛くも 苦しくもない死刑があるなら 犯罪者が増えるだけだと思います。
やけを起こした時 自分で死ぬのが怖い人は わざわざ犯罪を犯して 死刑になるような事件を起こして 死なせてもらうのを選ぶ人が出てきてしまう可能性もあります。
犯罪を、犯してない
一般の人が死ぬ時
病死でも 衰弱死でも
苦しみはあります。死に至るまで 大きな不安悲しみ 痛み 苦しみはあります。
人の死はそもそもどんな形であっても 苦しく厳しくある程度むごたらしいものかと思います。
死刑が一瞬の痛みで終わるものなら それほど楽なものはないかと思います。
絞首刑は 苦しいものだから 誰もが犯罪を犯さず真面目に生きるような気もします。
▲3 ▼1
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こういう議論が生まれるから、「死刑廃止」にして、「終身刑」を早いところ設置しましょう。確かに被害者の方をアヤめたことに対しての対価が死刑ですが、冤罪も少なからずあるわけで、加害者にも「人権」を尊重することは大切だと思います。
▲1 ▼23
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絞首刑が残酷ならどんな死に方が望みなんだ?そういうことではなくて死刑制度そのものを反対してるんだろう? 被害者の尊厳を奪っておいて自分は奪われたくないってか。随分勝手な申し出だな。 冤罪の可能性がない死刑囚を生かしておくからこのような戯言が飛び交ってくる。法に則って半年以内に執行すべきだ。 死刑囚は死刑を執行するために存在しているのであって、寿命を全うするのを見届けるためにあるのではない。
▲12 ▼2
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死刑執行が当たり前のように滞っているのは 執行方法について議論の余地があるということでもありそう。
記事の死刑囚の言い分はともかく、 執行者の精神的苦痛などももっと考慮する時代(というか遅れ過ぎ)。 金一封とか妊婦がいる職員ははずすとか そんなレベルの話ではないと思う。
死刑という刑罰を貫くなら、執行方法について議論をしてもよいと思う。 100人以上待機中で病死待ち、介護中とか、 精神病の死刑囚は執行しないとか 全てをいまいちど考えるべきだが みな関わりたくないのだろうな。
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「どれだけ凄惨な事件を起こして被害者に著しい苦痛を与えたとしても、それに見合う苦痛を与えることを目的とする刑罰ではない」
そんなこと死刑囚が言うな。人としての尊厳とか言える立場か? むしろ、見合う苦痛を与えてやった方が犯罪の抑止になる。見合う以上の、でもいい。
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