( 323758 )  2025/09/12 05:47:34  
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放送100年企画として大々的にPRしていた(NHKホームページより) 

 

『NHKスペシャル』の看板で放送されたドラマが大揺れとなっている。8月16・17日の二夜連続ドラマ『シミュレーション 昭和16年夏の敗戦』について、登場人物の遺族が「卑劣な人物として描かれ、歴史も歪曲している」と抗議の声を上げたのだ。 

 

 同作は〈Nスペが終戦80年の夏に送る渾身の実録ドラマ〉を謳っていた。原案は猪瀬直樹氏・著『昭和16年夏の敗戦』。日米開戦前の1941年夏、首相直属の機関・総力戦研究所に集められた中央省庁や企業の若手エリートたちによる〈模擬内閣〉が、机上演習を通じて「日米戦わば日本必敗」という正確な予測を導き出したのに政治も軍もこれを無視して開戦に突き進む──そんなノンフィクション作品だ。 

 

 ドラマ化の脚本・演出は気鋭の映画監督・石井裕也氏。模擬内閣の〈総理大臣役〉の主人公を池松壮亮、脇にも佐藤浩市、二階堂ふみ、松田龍平など豪華キャストを揃えた。だが、放送前から違和感を抱いていたのが、実際の総力戦研究所所長の飯村穣氏(陸軍中将)の孫で、元駐仏大使の飯村豊氏だ。飯村氏が語る。 

 

「欧米の恐ろしさを知っていた祖父は、対米戦に突き進む空気に“ばかなことを”という気持ちを持ち、所長着任前の昭和9年にも参謀本部で机上演習をやっています。部下の自由な議論を奨励したという証言も残されている。ところが、番組の告知文には全く逆の人格が書かれていた」 

 

 ドラマで國村隼演じる陸軍少将・板倉大道についての記述はこうだ。 

 

〈軍上層部の思惑と異なる研究結果が出始めると、自由な議論の“最大の壁”となっていく〉 

 

 飯村氏は7月から数回にわたってNHK局員らと協議を持ったが、所長の描かれ方の根拠を問うても回答はなく、脚本の確認や内容の修正の要請もかなわなかった。 

 

「受け入れてくれたのは3つ。史実と誤解させる告知文は消すこと、冒頭にフィクションだと明示するテロップを入れること、そしてドラマ後にあるドキュメンタリーパートで祖父や研究所の史実を伝えることでした」 

 

 

 ただ、放送された番組内容は受け入れがたいものだった。所長は軍の方針に不都合になる結論を避けるため圧力をかける、ほぼ唯一の悪役だった。「なぜ悪役に仕立てたのか」──そんな飯村氏の問いに、局員は「若い世代に見てもらいたい」と述べたという。 

 

「(劇中の)若手をヒーローに見せるため、上役に敵が必要だったということでしょう。しかし、戦後80年で歴史をどう後世に伝えるかが問われている時に、Nスペで歴史を歪めることに大いに疑問があります。映画化の構想も耳にしていたので、やめてほしい、どうしてもやるなら内容を修正してほしい、と放送後に伝えましたが、NHK側は“決まっていない”と言うだけでした」 

 

 飯村氏は、放送倫理・番組向上機構(BPO)への申し立てを準備中だ。ドキュメンタリー制作も手がけたテレビ評論家の水島宏明氏はこう言う。 

 

「史実をフィクション化する際、どこまで歴史を逸脱できるのかは難しい課題。ただ、先の戦争では、様々な人間の忖度や保身が絡み合って開戦に突き進んだはずが、ドラマでは所長だけがその役割を担わされたように見えました。であれば余計に遺族に丁寧に説明する必要があったはず」 

 

 問題の背景として水島氏は映画化構想が影響した可能性を指摘する。 

 

「映画化ありきのドラマの都合で、歴史検証番組が踏むべき手順が後回しになった可能性はある。史実の検証で日本一の組織であるはずのNHKだが、多メディア化が急務とされ、Nスペの看板・信頼性で放送し、映画化も……との狙いが裏目に出たのではないか」 

 

 NHKに訊くと「飯村氏とは放送前に頻繁に意見交換させていただいた。番組制作にあたっては引き続き出演者やその関係者に誠意を持って対応してまいります。映画化について、現時点でお答えできることはありません」(広報局)などと回答。 

 

 放送前に問題を認識しながら回避できなかった姿は、まさにドラマの題材と重なってはいまいか。 

 

※週刊ポスト2025年9月19・26日号 

 

 

 
 

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