( 323813 ) 2025/09/12 06:37:30 0 00 写真はイメージです Photo:PIXTA
三菱商事が洋上風力発電事業から撤退した。その数日前に、鹿島建設の計画離脱が報じられた。政府は、発注した事業者と綿密にコミュニケーションを取っていれば、別の方策が取れた可能性もあっただろう。3海域で事業者を再公募する見通しだが、不確定な要素は多い。電力料金の値上がりに対しては消費者も敏感になっている。一刻も早いエネルギー政策の練り直しに、絶対欠かせない視点とは?(多摩大学特別招聘教授 真壁昭夫)
● 三菱商事が洋上風力発電から撤退ショック
8月27日、三菱商事は洋上風力発電事業からの撤退を発表した。2021年、同社は中部電力や米GE系のエネルギー企業とコンソーシアムを組み、3海域(秋田県能代市と三種町および男鹿市沖、秋田県由利本荘市沖、千葉県銚子市沖)の洋上風力案件を落札した。
しかしその後、ウクライナ戦争などによる想定外の資材高騰で、プロジェクトを予定通り履行することが困難になった。その結果、同社は多額の違約金を払ってでも、プロジェクトから撤退することを選択した。
今回のプロジェクトの頓挫の影響は大きい。三菱商事で難しいと、他の企業も当然厳しいはずだ。わが国のエネルギー政策の柱の一つとみられていた、洋上風力発電構想は重大な岐路を迎えたといえる。
本年2月の「第7次エネルギー基本計画」で、政府は40年度の発電源構成の4〜5割を再生エネルギーにする計画を示した。その中で、太陽光と並んで重視されているのが洋上風力だ。しかし大手事業者の撤退で、主要計画の一つである洋上風力発電の先行きが不透明感を増し始めた。
AI(人工知能)産業が成長するにはデータセンターが必要で、電力需要の増加に、いかに対応できるかは重要な課題だ。また、エネルギー政策の行き詰まりが本格化すると、家計の電力料金負担にも影響が及ぶことになる。
今後、政府は早急にエネルギー政策を練り直す必要があるだろう。AI戦略に必要な電力供給の確保と同時に、家計に大きな負担をかけない電力供給網の構造が喫緊の課題となる。あまり時間は残されていない。
● 洋上風力発電、三菱商事の見通しは甘かったのか
世界の電力関連分野は大変革期を迎えている。地球温暖化を食い止めるため、脱炭素推進は長期的な課題だ。一方で、AI向けの電力需要は拡大することが予想される。カギを握るのは再生可能エネルギーであり、その柱の一つが洋上風力発電とみられていた。
東日本大震災以降、わが国では原子力由来の電力供給が減少した。代わって、石炭や天然ガスを使った火力発電は増えた。現在、わが国の発電源の約7割は火力発電だ。
ただ、火力発電には地球温暖化などの環境問題が付きまとう。加えて、わが国は天然ガスや石炭を輸入に頼っている。円安の進行で天然ガスの輸入額は増加し、貿易赤字の一因になっている。脱炭素を推進するという国際世論の要請に照らしても、洋上風力発電の重要性は高まっていた。
21年12月に三菱商事をはじめとする企業連合が、圧倒的な低コストで3海域の洋上風力発電案件を落札し、多くの注目を集めた。一部では、事業の採算計画が甘いとの見方もあったほどだ。とはいえ政府内部では、有力な総合商社が内外企業を取りまとめることで、洋上風力発電が増える起爆剤になるとの期待は高かった。
しかし、三菱商事の見通しは甘かった。特に、ウクライナ戦争や中東情勢による物価上昇、金利上昇のあおりを受け、風車などの資材価格が急上昇した。その結果、多額の違約金を払ってでも、プロジェクトから撤退せざるを得ない状況に陥った。
実は洋上風力発電に手をこまねいているのは、三菱商事だけではない。海外でも類似のケースが起きている。例えば、デンマークの風力発電大手のオーステッドも、想定外のコスト増で減損費用を計上した。スペインでは風況の変化により洋上風力発電の持続性に対する懸念が高まった。欧州全体で見ると、洋上風力よりも太陽光発電を重視する国が増えている。フランスやスロバキアは原子力発電を再評価し始めている。
わが国は、洋上風力発電構想を続けるか。ペロブスカイト太陽電池など他の発電源との組み合わせを見直すか。極めて重要な岐路を迎えている。
● AI開発競争、このままでは米中への勝ち目はない
エネルギー政策は、当該国の産業に重要な影響を与える。電力供給が制約になると、わが国が世界的なAI開発競争に生き残れなくなる恐れがある。現在、米国と中国はAI関連分野での覇権を競っている。両国ではAIデータセンターが急増し、サーバーの稼働、冷却向け電力需要はうなぎ上りだ。
国際エネルギー機関(IEA)によると、30年の世界のAIデータセンターの電力需要(消費量)は24年に比べて倍増する見込みだ(25年4月時点)。この勢いに対応するために、米国でも中国でも洋上風力発電を増やしている。
24年の中国の洋上風力発電コストは、政策補助金などで10年対比71%減だ。中国はデータセンター運営規格で世界をリードするため、積極的に低炭素型の発電技術に取り組んでいる。
24年、米国では統計開始後初めて、風力と太陽光由来の発電量が石炭火力を上回った。米国エネルギー情報局は、26年も風力発電の増加を予想する。
AIデータセンターの電力需要をどう満たすかは、洋上風力をはじめとする「再エネ推進競争」でもある。仮に、今回の三菱商事の撤退で洋上風力発電が減少すると、わが国はAI利用だけでなく世界的なクリーンエネルギー利用競争にも後塵を拝する懸念がある。
もう一つ見逃せないのは、電力料金が上がる懸念だ。ウクライナ戦争をきっかけに、世界的に天然ガスの価格が上昇した。中東情勢の緊迫化でタンカーによるエネルギー資源の物流体制も不安定化している。円安が進み、わが国の天然ガス輸入コストは増え、電力料金は上がっている。今後、電力価格には一段と上昇圧力がかかる可能性は高い。
現在、わが国では物価上昇ペースが名目賃金を上回っている。電力料金まで上がれば、冷暖房を自由に使うことすら難しい世帯が増えるだろう。猛暑が当たり前となった日本の夏、熱中症対策として冷房は欠かせない。しかし高齢者や貧困世帯を中心に、安心・安全な日常生活を送ることが難しくなるかもしれない。3海域からの三菱商事撤退は、わが国の経済安全保障、国民生活をも岐路に立たせたといっても過言ではない。
● 電気料金は値上がりするのか…消費者も敏感に
今回の三菱商事の撤退に対して、政府の対応は遅れたようだ。8月22日、主要工事を担当する予定だった鹿島建設の離脱が報じられた。政府が発注した事業者と綿密にコミュニケーションを取っていれば、別の方策が取れた可能性もあっただろう。
政府は3海域で事業者を再公募する見通しだが、不確定な要素は多い。主なポイントは、価格(売電価格)を重視した公募形式をどう修正するか、政府の関与、事業者の見通しをどう評価するかなどの点だ。
政府が関与を強めれば、民間のリスク許容度は高まるだろう。一方、事業運営の効率性が毀損されるとの懸念もある。どのような方策が良いのか、政府の方針はまだ明確ではないようだ。
20年に政府が「カーボンニュートラル」を宣言した時、関係者の心中には洋上風力発電の伸びしろは大きいとのもくろみがあった。ところが、火力発電と二酸化炭素の回収・貯留(CCS)を組み合わせるなど、高効率発電システムの実用化はなかなか進まなかった。
対照的に米国では、小型モジュール炉(SMR)と呼ばれる従来よりも安全性が高いといわれる、次世代原子力発電や核融合発電スタートアップに出資するAI、IT関連企業が増えた。また、大手企業、例えばGoogleは米内外で再生可能エネルギー由来の電力購入を増やした。中国でも、再エネ、次世代発電技術の研究開発が加速している。
日本も、事業者不在になった3海域での公募を可及的速やかに進めることが必要だ。加えて、太陽光など他の再生可能エネルギー、CCSなどを組み合わせた環境負荷の低い火力発電、さらには安全性の高い原子力発電技術の実用化に向けた取り組みも待ったなしである。
今のところ、政府が取り組みをスピーディーに進める気配はあまり感じられない。AI関連分野での電力需要を満たせるのか、不安が募るばかりだ。電力料金の値上がりに対しては消費者も敏感になっている。一刻も早く政府にはエネルギー政策を練り直してもらいたい。
真壁昭夫
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