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日本の10年国債利回りが2008年以来の高水準に達し、1.64%に上昇した。

この利回りの上昇は、期待インフレ率の増加と財政事情の悪化が背景にあると考えられる。

日銀は、長期金利上昇にどのように対処するかが課題であり、今後の政策金利の引き上げも議論されている。

物価安定と持続的成長を目指す中で、財政政策の見直しや実質賃金の向上が求められている。

今後の金融政策決定会合での日銀の判断が注目される。

(要約)

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Photo:SOPA Images/gettyimages 

 

● 7月以降、高騰目立つ10年国債利回り 日銀がどう対応するのかは注目 

 

 長期金利の指標である10年国債利回りが、9月3日、1.64%となり、2008年7月以来の水準まで上昇している(価格が下落している)。この水準は異例といえる高さだ。 

 

 10年国債利回りは、日本銀行が、黒田東彦・前総裁時代の16年のイールドカーブコントロール(YCC)政策導入で、0%程度になるようコントロールされ、その後、22年12月に上限が引き上げられて以降、徐々に上昇、24年3月のマイナス金利解除と同時にYCCは撤廃された。 

 

 その後も上昇傾向が続き、今年初頭には1%程度に達し、7月に1.6%を超え、8月以降も上昇基調が続いていた。 

 

 この国債利回り上昇にどう対応するのかは、物価安定を基本に持続的な成長実現を目指して政策金利(短期金利)を決めてきた日銀には新たな課題だ。 

 

 そもそも長期金利は短期金利に連動し、将来の経済物価情勢や財政(国債需給)の状況を予想しながら市場で決まってきた。つまり政策金利を日銀が政策判断によって決め、長期金利は、それに合うように市場が決めるというのが伝統的な考えだった。 

 

 だが、日本の場合、将来の財政の姿が大きく変わることは現実にはかなり難しく、長期金利も高止まりする可能性は高い。 

 

 日銀は、あるべきイールドカーブを今後、どう考えるのか、国債利回り上昇に応じて政策金利を引き上げる場合もあるのか、注目される。 

 

● 急騰の背景に、期待インフレ率の上昇と 将来の財政事情悪化の見通し 

 

 最初に、長期金利、10年国債の利回りが上昇している原因について、考えることにしよう。 

 

 この問題を考える基本は次の(1)式だ。 

 

 名目金利=実質金利+期待インフレ率 (1) 

 

 ここで実質金利とは、物価上昇率がゼロである世界で実現する利子率のことだ。期待インフレ率とは、国債償還までの期間に、物価がどの程度上昇するかに関する人々の予想値だ。 

 

 したがって名目金利が上昇するのは、実質金利が上昇するか、期待インフレ率が上昇するか、あるいはその両方が生じていることによる。 

 

 ところが、上で定義した実質金利や期待インフレ率は、直接には観察できない変数だ。したがって、さまざまなデータを分析して推計する必要がある。 

 

 名目金利上昇の原因として、まず考えられるのは、期待インフレ率の上昇だ。 

 

 日本の消費者物価(生鮮食料品を除く総合)の上昇率は、長期にわたって0%に近い状態が続いた。ところが22年から急上昇し、22年4月以降、対前年同月比が2%を超える状況が続いており、24年12月以降は3%を上回る月が続いている。 

 

 現実のインフレ率が従来より高まったことに影響されて、将来についての人々の期待インフレ率が高まっている可能性が十分ある。 

 

 名目金利を上昇させている原因として第二に考えられるのは、将来の財政事情が悪化し、国債の発行に関する諸条件が現在より悪化すると考えられることだ。これは(1)式における実質金利を上昇させる。 

 

 財政事情悪化の原因には、さまざまなものがある。最も重要なのは、人口高齢化の進展によって社会保障関係費が増え、他方で若年者人口が減るために費用負担者が減ることだ。また、防衛費増額の影響も大きいだろう。 

 

 国債発行額が増えれば、国債の消化が難しくなり、価格が下落する。つまり利回りが上昇する。そうなると、新発債の利回りが上昇して国債費が増加し、財政状態はさらに悪化する。 

 

 こうした問題は以前から存在していたが、7月の参議院選挙では、減税や積極財政を主張する新興政党が議席を伸ばし多党化現象が進んだ。ばらまき的な支出が増える懸念が高まったことから、将来の財政事情についての見通しが悪化している可能性がある。 

 

 今年7月中旬から下旬にかけて長期金利の上昇が顕著だったことは、そうした見方を支持するものだ。 

 

● 政策金利引き上げが必要な事態か? 財政の将来の姿、変えるのは困難 

 

 では、こうした事態に対応してどう対処すべきか? 

 

 10年国債利回りが現状のように高くなる以前の状況では、政策金利(短期金利)と10年国債利回りとの間の関係は、正常なイールドカーブ(償還期間に応じて形成される利回り曲線)に合致するようなものだったとすると、10年国債利回りが上昇して政策金利が据え置かれれば、両者の関係は、正常なイールドカーブに従うものではなくなる。 

 

 その結果、さまざまな支障が生じる可能性がある。それを避けるためには、まずバラマキ的な政策の見直しなど、財政規律の引き締めが必要だ。それが成功すれば、長期金利を引き下げることが可能かもしれない。 

 

 ただし、財政の将来の姿を大きく変えることは、高齢化が今後も進むことなどを考えると現実には極めて困難な課題であることも事実だ。 

 

 したがって、当面は10年債の現状の利回りを所与とすることにすれば、正常なイールドカーブにするには、政策金利を引き上げざるを得ないことになる。 

 

 

 政策金利を引き上げれば、短・中期金利が上昇する。これは、経済活動に抑制的な効果を与えるだろう。ただし、これまで短・中期金利は、正常なイールドカーブの水準よりは低すぎる水準だったと考えられるため、投機的な取引を助長していた可能性がある。 

 

 その結果として、土地価格や株価が正常な水準より高くなっていたとすれば、そうした状態が短・中期金利の上昇によって是正されるのは、社会全体の立場から見て望ましいともいえるだろう。 

 

 また、中期金利の上昇は為替レートに対して影響を与える可能性もある。 

 

 他方で実質消費は、金利の変化によってはあまり影響を受けないだろう。実質消費の動向を決めるのは、実質賃金だと考えられるからだ。 

 

 実際、ここ数年の実質消費の推移を見ると、物価上昇によって実質消費が抑圧されていることが分かる。 

 

 GDP統計で、家計最終消費支出(実質季節調整系列)の推移をいずれも1〜3月期で見ると、19年には295兆円だったものが、コロナの影響で20年は289兆円、21年は280兆円と落ち込んだ。その後、22年に283兆円、23年に293兆円と回復したが、その後は、24年に287兆円と再び落ち込んだ。今年は若干回復したものの292兆円だ。 

 

 つまり、23年以降を通して見れば、消費支出はほとんど“ゼロ成長”だ。これは消費者物価の上昇によって、実質賃金が伸び悩んでいるためだと考えられる。 

 

 また家計調査で見ても、物価高騰によって実質消費が抑圧されている状況が分かる。 

 

 実質家計消費停滞の状況を改善するために必要なのは、実質賃金を増加させることだ。このためには、名目賃金を引き上げるか、物価上昇率を引き下げるか、あるいはその両方が必要だ。現時点の日本では、名目賃金の上昇率はすでに十分な高さになっているので、重要なのは物価上昇率を抑えることだ。 

 

 また長期的に言えば、労働生産性の向上を図り、これによる賃金の上昇を実現する必要がある。 

 

● 長期金利が政策金利の決定に影響!? 注目される9月決定会合の判断 

 

 以上をまとめれば、次のことがいえる。 

 

 10年国債の利回りが上昇している原因としては、期待インフレ率の上昇と実質利回りの上昇の二つが考えられるが、長期金利の現状を所与として認めるとすれば、イールドカーブのゆがみを是正するために、政策金利を引き上げる必要がある。そして日銀の利上げによって消費支出が減少することはないだろう。 

 

 短期金利である政策金利を政策判断によって決定し、長期金利は、それに合うように市場が決めるというのが、伝統的な考え方だった。 

 

 しかし、長期金利の上昇に対処して、将来の財政事情を好転させるのが極めて困難だと考え、仮に日銀が政策金利を引き上げるとなれば、市場で決まる長期金利が政策金利の決定に影響を与えるということになる。 

 

 こうした考えの妥当性も含め、9月18・19日の金融政策決定会合で、利上げについて日銀がいかなる決定をするのかが注目される。 

 

 (一橋大学名誉教授 野口悠紀雄) 

 

野口悠紀雄 

 

 

 
 

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