( 324673 ) 2025/09/16 03:18:25 0 00 神奈川県鎌倉市では外国人観光客の「放尿問題」が深刻化している=米倉昭仁撮影
インバウンド(訪日外国人客)が急増している古都・鎌倉(神奈川県)で、住民がストレスを抱えている。その一つが、文化の違いやマナーに起因する「トイレ」問題だ。
* * *
■駅のホームで「トイレ」アナウンス
8月中旬、江ノ島電鉄・鎌倉駅のホームは観光客でごった返していた。電車を待っていると、こんな構内放送が流れた。
「鎌倉高校前駅にはトイレがありませんので、こちらで用をおすませください」
聞いたことのない内容は、日本語に続いて、英語、中国語、韓国語でアナウンスされた。
鎌倉高校前駅周辺はインバウンドに特に人気の観光スポットだ。江ノ電の踏切はアニメ「スラムダンク」に登場する印象的な場所でもあり、連日、国内外から訪れるファンが後を絶たない。
――親切になったものだな。あるいは、鎌倉高校前駅でトイレに困る乗客が増えているのか。
江ノ電の同駅には今年4月下旬までトイレは設置されていたが、閉鎖されたのだという。担当者によると閉鎖の理由は、「異物が流されるなどして、設備の破壊行為が繰り返しあったため」。
■トイレの形状、使い方に差
トイレの故障にインバウンドが関係している可能性はある。文化が違えば、トイレの形状も使い方も大きく異なるからだ。記者も、アジアから中東を旅した際、トイレの使用方法が分からず困惑した経験がある。トイレの仕切りがない場合もあり、周囲を見て使い方を学んだ。
和式トイレは独特だ。逆向きにしゃがんで用を足したり、便器にそのまま腰かけたりしたという話はいまもよく聞く。また、洋式トイレの便座に座るのではなく、便座に上がってしゃがんで用を足せば、便器を破損することも起こりうる。
確かに、この人出ならそれもありうる。そう考えていたが、観光地の「トイレ」をめぐる事態ははるかに深刻だった。
■踏切周辺はインバウンドで混雑
電車が市街地を抜け、車窓から海が見えると、「ほーう」と、ため息のような歓声が車内に広がった。いっせいにスマホのレンズを向け、車窓の撮影が始まる。
鎌倉高校前駅で、乗客の半数ほどが下車した。目的地は100メートルほど離れた場所にある「踏切」だ。
踏切周辺は200人ほどのインバウンドが滞留していた。香港からやってきた20代の男性はスラムダンクファン。「本当にすばらしい場所で、幸せを感じます」と語った。バスケットボールの黄色いユニホームを着た40代男性は、念願かなって4人家族で台湾から訪れたという。「最高です」と感激することしきりだ。「スラムダンク」とは関係なく、訪れる人も多い。
西日に照らされた海が光る。その手前を、緑を基調としたレトロな電車が走っていく――。
ノスタルジーを誘う光景を写真に収めようと、観光客が押し合うように歩道から車道に溢れ出た。車が走ってくるにもかかわらず、強引に道路を横断する人もいる。そのたび、市が配置した警備員が「ストップ、ストップ」と声を上げる。
■「観光客が敷地で放尿する」
―――この人数だ。混乱もするし、トイレに行きたい人も出るのだろう。
通りかかった60代の地元男性に声をかけると、苦い表情でこう語った。
「外国人観光客が家の敷地に勝手に入ってきて、ごみを捨てる、あろうことか放尿する。周辺住民は迷惑しています」
■病院に「トイレの利用もできません」
放尿の問題は以前からあったが、鎌倉高校前駅のトイレが閉鎖されてから、事態はより深刻になったと男性は言う。
近隣の大きな病院の入り口には、日本語、中国語、韓国語でこんな貼り紙があった。
「関係者以外立ち入り禁止。トイレの利用もできません」
隣の薬局のドアには英語で「ノー、ツーリスト」とある。
病院の職員はこう教えてくれた。
「それでもトイレを探しに外国人観光客が毎日やって来る。駐車場の隅で子どもに小便をさせている。病院の裏口から入ってきて、トイレを無断で使われたこともあります」
■インバウンドが1年で4割増
実は、鎌倉市を訪れる観光客は2013年の約2308万人をピークに、24年は約1594万人と減少傾向にある。一方、インバウンドは急増している。鎌倉市観光案内所を利用したインバウンドは23年度が7万1133人、24年度は10万830人と、1年で約42%も増えた。
記者は40年ほど前から鎌倉を訪問してきた。当時から鎌倉は外国人に人気だったが、地元民から彼らに対する不満を聞いたことはなかった。
だが、いま、鎌倉高校前駅近くの顕証寺の住職・信清宏章さんはこう嘆く。
「最近は、外国人観光客のマナーが明らかに低下しています」
寺の入り口に、「関係者以外立ち入り禁止」「ごみを捨てないでください」といった外国語の案内を10枚以上掲示しているが、この日も10人ほどの外国人観光客が写真を撮影していた。
■信仰の場所で「放尿」
住職によると、「スラムダンク踏切写真」のミニチュア版のような、海を背景にした写真が撮れるうえ、警備員もいないからだという。
この場所が注目され始めたのは、10年以上前だ。当初は、ウェディングフォトなどを撮影する外国人などが多かった。
様相が変わってきたのは、コロナ禍直前。インバウンドが急激に増え、それとともに、空のペットボトルや弁当箱など、さまざまなごみが放置されるようになった。墓域の桶に水を汲むための水道を勝手に使い、浜辺で遊んで足についた砂を洗い落としている人々もいた。
住職が怒りをあらわにしたのは、敷地の隅にある茂みでの放尿だ。
「彼らはここが寺、信仰の場所であることを認識していない。現場を見つけて注意すると、逆ギレされたこともあります」(信清住職)
それでも、排尿する人は後を絶たないという。
「『黄金のペットボトル』をご存じですか? それを寺に放置していくんですよ」
■「黄金のペットボトル」問題
「黄金のペットボトル」とは、尿の入ったペットボトルのことだ。ドライバーが車内で用を足して捨てるなどして、高速道路や幹線道路沿いで見つかり、問題になってきた。高速道路会社によると、夏場は尿が発酵してガスがたまる。拾った際に破裂することもある。全身が強烈な悪臭にまみれる。想像するだけで身の毛がよだつ。
「ペットボトルだけではなく、尿の入ったポリ袋を縛って寺の敷地内に放置されることもあります」(同)
鎌倉市に取材すると、放尿や「尿入りペットボトル」放置の問題は、他の地域でも発生しているという。
■「もう住めない」という住人も
「私有地に勝手に入ってきて、繰り返しそうした行為がある。ストレスを感じ、『もう住めない』と言われる方もいます」(鎌倉市の担当者)
現在は、貼り紙などでマナーの向上を訴える「過渡期」だという。それでも改善がみられなければ、「強硬策をとらなければならない可能性もある」と担当者は言う。
たとえば、山梨県富士河口湖町では、コンビニ・ローソンの屋根越しに富士山を撮影するインバウンドらの迷惑行為が問題になった。それを防ぐために、同町は黒い目隠し幕を張ったことがある。
「同様に、インバウンドが集まる場所を、撮っても映えないようにする。誇りにしてきた海辺の景観を損なうわけですから、地元民にとってうれしいことではない。それでもやらなければ、と考えるほど、住民のストレスは深刻です」(同)
8月下旬、鎌倉高校前駅のトイレは午前10時から午後6時までの時間限定で再開された。ただし、トイレの前には警備員が立つというものものしさだ。
観光と生活が隣り合わせの街・鎌倉で、人々は問題と向き合い、改善策を模索している。
(AERA編集部・米倉昭仁)
米倉昭仁
|
![]() |