( 324948 )  2025/09/17 03:34:52  
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インバウンドが増えた鎌倉で、交通にある「異変」が起こっている(撮影/米倉昭仁) 

 

 一部の観光地ではインバウンド(訪日外国人客)相手に営業する「白タク」のマナー違反・法令違反が問題視されている。「緑ナンバー」車両も現れ、古都・鎌倉(神奈川県)の交通網は混乱、対応に苦慮している。 

 

*   *  * 

 

■救急車が「渋滞」で進めず 

 

 JR鎌倉駅すぐの「小町通り」は、土産物を手にしたり、食べ歩きを楽しんだりするインバウンドでにぎわっていた。 

 

 そんな観光客がひしめく小町通りとほぼ平行して南北に走る「若宮大路(わかみやおおじ)」は、鎌倉市のメインストリートだ。南の由比ケ浜から鶴岡八幡宮に通じる約2キロの参道は交通量が多く、普段から渋滞が激しい。 

 

 若宮大路を歩いていると、南からサイレンを鳴らしながら救急車が走ってきた。 

 

 だが、その先はひどく渋滞していた。若宮大路の片側の車線の幅は約4メートルで、高速道路(基本3.5メートル)よりも広く、本来なら緊急車両の通行に支障はない。けれども、路肩に駐車している複数台の車が道をふさいでいるため、一般車両が道を譲ることもできない。救急車は減速し、のろのろと進んでいく。 

 

■運転手はスマホをいじるばかり 

 

 迷惑駐車の車へ近づくと、複数の車の運転席に運転手らしき男性がいた。駐停車禁止エリアであるにもかかわらず、男はスマホをいじるばかりで、車を移動する気配はない。 

 

 路肩に駐車している車はどれもワンボックス車で、黒のトヨタ・アルファードが多かった。後部座席の窓はスモークフィルムが張られている。 

 

 記者は5分以上、救急車が渋滞に巻き込まれてのろのろ進む様子を見ていた。迷惑駐車ドライバーから無視され、緊急車両が進路を確保できない――。目を疑う光景だった。 

 

■日常的に「白タク」らしき車を見かける 

 

 いま、鎌倉市内に白タクが増えているという。「白タク」とは、金銭の授受を行って旅客(利用者)を運送する「白ナンバー」の車両のこと。無許可のタクシー行為で「違法」だ。鎌倉市の担当者は、「今では日常的に白タクを見かけます。住民は非常に迷惑している」と話す。 

 

 若宮大路に迷惑駐車していたのも、「インバウンド向けの『白タク』の可能性が高いと思います」と言う。 

 

■旗のロゴは中国の大手旅行会社 

 

 駅前のロータリーでも若宮大路同様、白タクらしき車両が頻繁に目撃されている。 

 

 バス停前に白ナンバーのアルファードが停車すると、後部のドアから5人ほどが降りてきた。そのひとり、中年女性は小旗を掲げ、ほかの4人を小町通りに案内していった。後で調べたところ、小旗のロゴは上海に拠点を置く中国の大手旅行会社のものだった。 

 

 別のワンボックス車は小町通りの入り口に駐車。すると間もなく若い男女8人ほどが小町通りから歩いてきて、車に乗り込んだ。彼らの会話は中国語だった。 

 

 

■鎌倉高校前駅の踏切付近も 

 

 インバウンドに人気の観光スポット、江ノ島電鉄・鎌倉高校前駅近くの踏切周辺も「アルファードだらけ」(鎌倉市の担当者)だという。 

 

「踏切近くのコンビニに白タクが駐車して、待機している。付近の病院の駐車場に止める白タクもあって、病院を利用する人が駐車できず、待ち列を作るような状況もありました」(同) 

 

 この病院の職員は取材にこう語った。 

 

「頻繁に注意したので、白タクの迷惑駐車はだいぶ減りました。けれども、駐車場に入ってきて、Uターンする車はいまだにある。病院の入り口に車を止めて、乗客を乗り降りさせたりしています」 

 

■運転は荒く、交通法規も無視 

 

 鎌倉市在住の神奈川県タクシー協会・鎌倉支部長の横山英夫さんによると、白タクらしき車両が目立ち始めたのは、コロナ禍からインバウンドが回復してきた3年前からだ。 

 

 違法駐車により、路線バスや緊急車両の通行が妨げられる。路肩に幅寄せしないで乗客を乗り降りさせるため、住民の車が後ろで待たされる。運転も「荒い」という。 

 

「鎌倉の道は基本的に狭く、見通しが悪いのに、とばして運転する。一時停止を無視する。右左折禁止も守らない、といったケースを頻繁に目にする。いつかは大きな事故を起こすのではないか、子どもが巻き込まれるのではないかと心配です」(横山さん) 

 

■逮捕された10人の運転手は… 

 

 白タクの増加を受け、神奈川県警は取り締まりを強化しているという。 

 

 今年2月には、同県警、国土交通省、東京出入国在留管理局、鎌倉市、神奈川県タクシー協会などの担当者が鎌倉警察署に集まり、対策会議を開いた。出席した横山さんによると、これまでに鎌倉で、インバウンドを乗せた白タクの運転手を道路運送法違反(有償運送)の容疑で逮捕された運転手10人ほどは、「全員中国人」だったという。 

 

 だが、摘発が強化されたとはいえ、立件は簡単ではない。中国の旅行会社や個人旅行者は配車アプリを通じて白タク運転手とやり取りし、代金をアプリ上で決済する。警察はその証拠を抑えなければならない。 

 

「逮捕された白タク運転手は、氷山の一角にすぎないと思います」(同) 

 

 

■不審な「緑ナンバー」の車が増加 

 

 対策が進むかと思いきや、事態はさらに複雑化している。 

 

「昨年、若宮大路で商売をしている友人から『最近は緑ナンバーの車が駐車していることが多い』と聞きました。白タクが検挙され始めてから、私も不審な『緑ナンバー』の車を目にするようになりました」(同) 

 

「緑ナンバー」とは、タクシーやハイヤー、バスなどの事業用車両のナンバーで、国交相の許可を受けて取得する。緑ナンバーの運転手は、法令順守はもとより、定期的に運転者教育を受ける義務がある。 

 

 ところが、横山さんが目にした緑ナンバーの車両は、車両の外観も運転手の行動も「白タク」にそっくり。交通標識や駐車禁止エリアを守らないなど、プロとしての安全意識が感じられなかったという。 

 

 確かに、記者が若宮大路で救急車の走行が妨げられる様子を見た際、緑ナンバーの車が白タクと見られる車両とともに駐車していた。なぜ、法令順守や安全管理に厳しいはずの緑ナンバーの車両が救急車に道をあけないのか、不思議に思ったものだ。 

 

■「都市型ハイヤー」の可能性 

 

 横山さんは、緑ナンバーの車両は「都市型ハイヤー」ではないかと話す。都市型ハイヤーとは、2014年から運用が始まった制度で、乗車・降車場所、運賃についてあらかじめ客と契約を結び、運送する。 

 

「都市型ハイヤー」らしき車両の問題行動については、2月の対策会議でも情報が共有された。これまでの白タク運転手が都市型ハイヤー事業者から緑ナンバーの名義を借り、摘発を逃れている疑いもあるという。 

 

「中国系の事業者がインバウンドをターゲットに都市型ハイヤーの事業所を設立するケースが増えているらしいのです。都市型ハイヤー事業はもちろん合法で、国交省が認可しています。名義貸し行為は違法ですが、摘発はかなり難しい」 

 

■市民の生活が揺らいでいる 

 

 仮に名義貸し行為が行われていた場合、国交省と警察が協力して、運転手との雇用関係、経理処理、運行管理、車両管理などを把握しなければ、立件はできない。そのため、現状は「ほぼ野放し状態」だ。 

 

 8月26日、中野洋昌国交相は定例記者会見でこの問題について、こう述べた。 

 

「今まさに事実関係を精査しているところです。名義貸しの事実が確認されれば、厳正に対処する」 

 

 取り締まりを逃れるように巧妙化する「白タク」を、取り締まる有効な手立ては今のところない。市内のメインストリートで救急車の走行を平然と妨害していた白タク。鎌倉市民の生活が揺らいでいる。 

 

(AERA編集部・米倉昭仁) 

 

米倉昭仁 

 

 

 
 

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