( 325066 ) 2025/09/17 05:52:10 1 00 最近、返済期間を50年とする「超長期住宅ローン」が注目されています。
佐伯航さん(32)と妻の里奈さん(30)は、都内で新築戸建てを4,500万円で購入し、頭金なしで50年の変動金利ローンを開始しました。
改善策としては、家計の安全装置(生活防衛資金・繰上げ返済資金の積立)、金利の管理(変動金利と固定金利の選択)、そして時間を味方にする返済戦略(繰上げ返済や期間短縮)を軸にすることが示されています。
最後に、自宅の価値を保持するための維持管理や、保険や税金の見直しも重要です。 |
( 325068 ) 2025/09/17 05:52:10 0 00 (※写真はイメージです/PIXTA)
住宅ローンの選択肢として、返済期間を50年とする「超長期ローン」が注目を集めています。月々の返済額を、現在の家賃以下に抑えられるのが最大のメリットですが、その裏側には、総返済額の増加と、定年後にも続く大きな残債というリスクが潜んでいます。特に、退職金制度が期待できない若い世代にとって、このローンは本当に賢い選択なのでしょうか。本記事では、波多FP事務所の代表ファイナンシャルプランナー・波多勇気氏が、佐伯さん夫婦(仮名)の事例とともに、50年ローンのマイホーム購入計画を解説します。※プライバシー保護の観点から、相談者の個人情報および相談内容を一部変更しています。
土曜の夜。小さなダイニングテーブルに、紙コップのコーヒーと住宅ローンの返済予定表が並びました。
「返済は月8万7,000円。50年ならいけると思ったんだ」
佐伯航さん(仮名/32歳)と妻の里奈さん(仮名/30歳)は、昨年、都内に新築の小さな戸建てを4,500万円で購入しました。
頭金はゼロ。借入は50年、変動金利0.6%相当でのスタートです。月々の返済は約8万7,000円に収まり、家賃より安い。――ここまでは順調にみえました。
ただ、航さんの会社は中小企業。就業規則の確認で「退職金制度なし」が判明しました。賞与は年1回・少額。月収は31万円前後、手取りはおよそ24万円。里奈さんは派遣社員です。共働きであっても、保育や将来の教育費、固定資産税、修繕積立、火災保険を加えると、家計は「ギリギリの均衡」。
「もし金利が上がったら?」里奈さんが小声で聞きます。
「変動だし、すぐには返済額が跳ねないって銀行の人も……」いいかけて、航さんは黙りました。資料の片隅に赤字でメモが残っています。
〈65歳時点の残債〉約1,680万円(金利0.6%がずっと続いた場合)
「え、定年のころに、まだこれだけ残るの?」
「繰上げ返済で減らすつもりだった。でも退職金がない。ボーナスも薄い。貯金を削ると生活が回らない。死ぬまで働くしかない……」
言葉が続きません。2人はしばらく、静かに予定表をみつめました。
長期返済の魅力は、月々の返済額が下がることです。実際、50年の選択肢はネット銀行を中心に広がり、住信SBIネット銀行、PayPay銀行、auじぶん銀行などが取り扱いを公表しています。返済期間を延ばせば月の支出は抑えられますが、返済総額は増え、老後の手前まで残債が伸びやすくなります。
数式はシンプルです。元利均等で4,500万円を年0.6%・50年返済なら、月返済は約8万7,000円。ところが、同条件で65歳(借入33年経過)時点の残債は約1,680万円。金利が年2.0%で推移したと仮定すると、月返済は約11万9,000円、同時点の残債は約2,050万円。年3.0%なら、月約14万5,000円、残債は約2,310万円にまで膨らみます。月を軽くするほど、老後の前に「どっしりと残る」。これが超長期ローンの本質です。
「老後に借金を持ち越したくない」という直感は、数字が裏づけます。
日本の労働環境の平均を見ると、航さんの不安は他人事ではありません。厚生労働省の調査では、退職給付制度がない企業は約25%。規模が小さくなるほど制度の未整備が目立ちます。仮に制度があっても、平均退職金は下がる傾向があり、全員が潤沢にもらえる時代ではありません。航さんの「退職金ゼロ」は珍事ではなく、統計の範囲内です。
税制面の追い風も、細かい条件があります。住宅ローン減税は年末残高の0.7%が控除されますが、2025年新築は省エネ基準を満たさないと原則対象外。満たす場合でも限度額13年の期間制限があり、減税だけで老後の残債を解消する性質の制度ではありません。
「つまり、50年で月を軽くしても、老後手前で重くなる。退職金の後押しも期待しにくい」
筆者はFPとして、航さん夫妻に率直に伝えました。2人は黙ってうなずきましたが、表情は沈んだままです。
「でも、詰みじゃありません。順番を変えれば、道は開けます」
改善の軸は3つです。家計の安全装置、金利の守り、時間を味方にする返済戦略。順番に整えます。
一つ目は、家計の安全装置です。
「まず、生活防衛資金を6ヵ月分。次に、毎月1万円ずつの『繰上げ返済原資』専用積立。積みあがったら年1回だけ、元金にドンと充てる」
「少額でも、ですか?」
「少額だからこそ、早く始めます。元金を早期に削るほど、将来の利息は大きく減ります。退職金に頼らず、自前の“ミニ退職金”を毎年つくるイメージです」
二つ目は、金利の守りです。
「変動は怖いけれど、固定にすぐ切り替えると月返済が上がる。どう判断するの?」
「目安を二つ。返済比率(手取りに占めるローン返済の割合)を20〜25%に抑えること。もう一つは、変動と固定の金利差。差が1%未満で、将来の収入見通しが堅いときは、固定化を検討。差が大きいときは、当面は変動で“原資づくり”を優先。保険として、繰上げ返済で元金を縮めつつ、固定の見積もりを毎年取り、“いつでも動ける”状態にします」
ネット銀行の金利は2025年にかけてじわりと上昇しました。外部環境は変わります。「見直しを年に一度」は、コストゼロの強力な防御策です。
三つ目は、時間を味方にする返済戦略です。
「金利0.6%・50年のままなら、65歳残債は約1,680万円。ここから年20万円を10回、できる年に前倒しで元金に充てるだけで、65歳残債はおおよそ200万〜250万円程度縮みます。さらに、40代で一度“期間短縮型”の繰上げを入れて、残期間を50→45年に詰めれば、老後の前に“借金の壁”がぐっと低くなる」
「やれる気がしてきた」と里奈さんが笑いました。
「もう一歩。家の価値を落とさない工夫です。小さな戸建ては、維持が価値をつくります。屋根・外壁・水回りの修繕計画を見える化。家は“負債”ではなく“資産兼居住サービス”です。丁寧に使えば、出口(売却・賃貸)も持てます」
最後に、見落としがちな三点を確認しました。
〇団体信用生命保険の補償範囲(がん・三大疾病など)を把握しておくこと。
〇固定資産税や火災保険・地震保険を含めた「住居コストの総額」を年次でレビューすること。
〇住宅ローン減税は省エネ基準適合の確認が前提。次の家計見直し日までに、住宅性能証明の保管書類をチェックすること。
「死ぬまで働く」ではなく、「働けるうちに仕組みで返す」。2人は予定表の余白に、来年の“繰上げ返済記念日”を書き込みました。毎年の小さな前進が、65歳の残債を削り、心の重さを軽くします。
家は人生の中心です。だからこそ、ローンは「最長で組み、最短で返す」。仕組みと順番で、未来は巻き戻せます。
波多 勇気
波多FP事務所
代表ファイナンシャルプランナー
波多 勇気
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