( 325618 ) 2025/09/19 07:02:22 0 00 (※写真はイメージです/PIXTA)
年金月20万円……これだけ受け取ることができれば、「老後は安泰」と考えるでしょうか。しかし、終わりの見えない物価高や家族をめぐる予期せぬ出費が、その自信を壊していきます。元・警察官の告白です。
「まさか、この歳になって、他人に頭を下げて働くことになるとは思いませんでしたよ」
鈴木信也さん(72歳・仮名)。40年近く、警察官として地域のために尽力し、60歳で定年退職。その後、現役時代にできなかった妻との旅行を楽しみ、たまに遊びに来る孫に小遣いを渡すのが何よりの楽しみだったといいます。
「退職金も人並みにもらいましたし、年金も月々20万円ほど。贅沢をしなければ、十分にやっていけると思っていました」
厚生労働省『令和5年度 厚生年金保険・国民年金事業の概況』によると、厚生年金受給者の年金受取額は平均14万6,429円。65歳以上男性に限ると16万9,484円です。平均値と比較しても、鈴木さんの余裕ある生活ぶりが想像できます。
鈴木さんは元警察官という仕事柄、退職後も元同僚との付き合いは続き、仲間内で集まれば自然と現役時代の話や、今の暮らしぶりの話になります。誰もが「悠々自適のセカンドライフ」を送っているように見え、鈴木さんもまた、その輪のなかで満ち足りた生活を送っている一人を演じていたのです。しかし、昨今続く物価高は、平均以上の年金を受け取っている元・公務員からも余裕を奪っていきました。
総務省『家計調査 家計収支編 2024年平均』によると、65歳以上の高齢夫婦(無職)の平均消費支出は25万6,521円。対し、税金や保険料などを差し引いた可処分所得は22万2,462円で、平均的な生活を送るのであれば、毎月3万円以上の取り崩しが必要になる……これが一般的な高齢者世帯の家計状況です。
一方で、2025年4月時点の日本の消費者物価指数(CPI)は、前年同月比で3.6%上昇。この水準は、主要7カ国(G7)の中で最も高い伸び率となっています。この物価高が、赤字体質の高齢者世帯の家計を直撃。鈴木家も例外ではありません。
毎月の取り崩し金額は日に日に増えていき、将来への不安が大きくなります。そのようななか、長男から一本の電話が鳴ります。
「親父、すまない。XX(息子。鈴木さんにとって孫)の大学の学費、少しでいいから援助してもらえないだろうか」
自営業の長男。最近、売上が芳しくなく、苦しい台所事情は察していました。しかし、自身の状況も楽ではない。それでも元警察官として、一家の長として、頼ってきた息子を無下に突き放すことなど、鈴木さんのプライドが許しませんでした。
「……わかった。少しなら、何とかしよう」
見栄を張ってしまったひと言。ただ孫は全員で8人いる鈴木さん。1人だけ特別というわけにはいきません。今後も支援を申し込まれたら、同じような対応をせざるを得ないでしょう。
(夫婦の寿命が尽きるまで、貯金はもつだろうか? このままではいつか、老後破産という結末も……)
将来への不安が大きくなるなか、鈴木さんが始めたのは深夜の施設警備員の仕事でした。かつて街の治安を守った男が、今は静まり返ったビルの安全を守る――うってつけの仕事だと思いました。
「週2〜3日、仮眠込みで20時から翌朝8時までの勤務。月10万円程度にはなる計算です。これで生活はだいぶ楽になると思います」
深夜2時、警備室のモニターを静かに見つめる鈴木さん。それまで仮眠していた30代の上司が、あくびをしながら声をかけてきます。「鈴木さん、そこの巡回、時間なんでお願いします」。警察官時代の癖で、思わず背筋を伸ばし「了解です」と返事をしそうになる鈴木さん。ぐっとその言葉を飲み込み、代わりに「はい」とだけ短く答え、定期巡回へ向かいます。そんなやり取りに、現役時代の自分と今の自分との大きな隔たりを感じずにはいられないといいます。「この年になって、あんな若者に指示されるようになるなんて」と、想像だにしていなかった現実に、思わずおかしさが込み上げてくることもあるとか。
鈴木さんのように公務員として安定したキャリアを積んでいながらも、お金の不安に襲われるケースは珍しくありません。そこには、インフレによる資産価値の目減りという経済的な背景だけではありません。
まず、現役時代の生活水準を維持しようとすることによる支出の増加。長年慣れ親しんだ生活レベルを、収入が減ったからといって急に下げるのは精神的にも難しいものです。特に、社会的地位が高かった人ほど、その傾向は強いといわれています。
そして予期せぬ出費の発生です。子や孫からの学費や結婚資金の援助依頼、持ち家のリフォーム、そして自分たち夫婦の医療費や介護費……老後には現役時代には想定していなかった出費が次々と発生する可能性があります。
鈴木さんの場合、72歳にして再び仕事をすることを決意。意外にも状況を楽しんでいますが、なかには「何でこんなことに」と後悔ばかりが先行したり、プライドが障壁となり、誰にも相談できずに問題を深刻化させてしまったりするケースは少なくありません。
総務省によると、65歳以上人口は3,619万人。高齢化率は29.4%と過去最高を記録。さらに65歳以上の就業者数も21年連続で増加し、930万人と過去最多でした。
このなかには、経済的に働かざるを得ない人も多いでしょう。また収入が限られる多くの高齢者は多かれ少なかれ「お金の不安」を抱えているものです。その不安を和らげ、少しでも豊かな老後を送るためにも、無理のない範囲で仕事を続けるのも有効な選択肢といえそうです。
[参考資料] 総務省『家計調査 家計収支編 2024年平均』 総務省『統計からみた我が国の高齢者-「敬老の日」にちなんで-』
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