( 325898 ) 2025/09/20 06:27:15 0 00 (※写真はイメージです/PIXTA)
「安定した国家公務員」として自衛隊に勤務し、世の中に貢献してきた誇りある元幹部自衛官。しかし、定年の早さ、全国転勤による住宅購入の遅れ、退官後の再就職難が重なり、退職金は急速に減少しました。さらに制度改正の有無によって老後の見通しが大きく変わる現実もあります。本稿では、FPの三原由紀氏がその実情を追います。
加藤さん(仮名・65歳)は、大学を卒業後に陸上自衛隊の幹部候補生学校へ進み、幹部自衛官としてスタート。同期の友人たちは民間企業に就職していきましたが、「国家公務員として世の中の役に立ちたい」との思いから自衛官の道を選びました。その後は順調に昇進し、最終的に1佐(民間企業でいえば部長クラスに相当)まで昇りました。現役時代の年収は650万円前後。全国転勤を繰り返し、10回以上の異動を経験しました。
転勤が多く腰を落ち着けられなかったこともあり、結婚は40歳と遅めでした。友人の紹介で出会った妻は8歳年下、2人の子どもを授かりました。子どもが小学校に通うまでは家族で転居を繰り返しましたが、中学進学のタイミングで教育環境を優先し、妻と子どもは定住。以降は加藤さんが単身赴任を続ける生活が始まりました。
「国家公務員で安定」という安心感と、任務に誇りを持って働き続けてきた加藤さん。しかし、その生活は老後に思わぬ影を落としました。全国転勤のためマイホーム購入は後回しとなり、退官直前に3,500万円の住宅ローンを組むことになったのです。退職金2,500万円 の一部を繰上げ返済に充てましたが、なお月10万円の返済が72歳まで続く状況でした。
そして、制度改正前のタイミング、57歳で定年を迎え退官。再就職支援制度を利用し、物流センターのセンター長職に就きましたが、嘱託契約・年収350万円・1年更新という不安定な条件でした。
妻も家計を支えるため、子育てが一段落した50代からパートに出るようになりました。扶養にこだわらず月12万円程度の収入を得ていますが、「少しでも退職金の減りを抑えたい」と節約にも努めています。
しかし、晩婚だったため2人の子どもの教育費負担が重く、預貯金は200万円ほどしかありませんでした。実質的に退職金が老後資金のすべてだったのです。それでも退職金の残りは生活費の補填に回さざるを得ず、65歳になった現在、当初の2,500万円はすでに1,200万円まで減少しています。
「『公務員なら一生安泰』と信じて疑いませんでした。でも、退職してから老後資金が恐ろしいスピードで消えていく現実に直面しました」と加藤さんは振り返ります。
加藤さんの老後資金が急減したのは、いくつもの「想定外」が重なったためです。
まず最大の要因は退官後の収入減。現役時代の年収650万円から、再就職後は350万円へと大幅に下がりました。しかも1年更新の嘱託契約で、正社員の道は事実上閉ざされていました。(※2024年10月から1佐の定年は58歳に延長。収入は1年増える一方、再就職開始年齢が遅れるリスクも伴います)
次に重くのしかかったのが月10万円の住宅ローン。全国転勤のため購入が遅れ、退官直前に3,500万円のローンを組んだことが裏目に出ました。退職金で一部返済しても、72歳まで続く固定費は家計を圧迫しました。
さらに、当時の勤務先規模では厚生年金に加入できず国民年金のみ。将来の年金を増やす機会も逃していました。退官後の数年間は、再就職収入と妻のパート収入に頼りながらも、退職金を取り崩して住宅ローンを返済する苦しい生活でした。
そして現在、65歳になった加藤さんには月16万円の年金が入り、妻が65歳になるまでは加給年金も加算されます。これに妻のパート収入と自身の給与収入が加わり、ようやく家計は落ち着きを取り戻しつつあります。とはいえ住宅ローン月10万円が残っているため、「完済までは働き続けたい」というのが加藤さんの本音です。
「毎月家計簿を見るたび退職金の残高が減っていくのがつらかった。このままでは底をつくという恐怖感が常にありました」と加藤さんは振り返ります。退職金は生活費だけでなく修繕費や医療費、冠婚葬祭費など突発的な支出にも充てねばならず、想像以上のスピードで減っていったのです。
加藤さんの事例は自衛官に限ったものではありません。すべての企業では原則65歳までの雇用が義務付けられていますが、自ら早期退職制度を利用して50代で職場を離れる人も少なくありません。一見まとまった退職金が得られるように見えても、その後の再就職は不安定で、老後資金の取り崩しを余儀なくされるリスクがあります。
第一に、収入減の長期化です。再就職後は年収300〜400万円台に落ち込むことも多く、現役時代の生活水準から大きく下がります。公的年金の支給開始は65歳からであり、退職から年金開始までの「空白期間」をどう埋めるかが大きな課題になります。
第二に、住宅ローンの重圧です。加藤さんのように全国転勤などが多い場合、マイホーム購入が遅れ、退職後もローンが残ると家計を圧迫します。退職金を一部繰上げ返済に充てても、残債が毎月の固定費としてのしかかるのです。
第三に、夫婦間での資金計画の共有不足です。一般的に、教育費や住宅費といった大きな支出が家計にのしかかりますが、夫婦で「老後にいくら必要か」「何を優先するか」を話し合わないまま定年を迎えると、生活設計のほころびが一気に表面化します。加藤さん夫婦のように協力し合えるケースばかりではないのが現実です。
幸い、加藤さんのその後には光明もありました。厚生年金の適用拡大により、昨年から勤務先でも加入できるようになったのです。現在65歳の加藤さんは、厚生年金に加入しながら働き続けており、その分、将来受け取る年金額も少しずつ上乗せされることになります。「70歳までは現役を続けたい」と話しています。
「雇用の保証はありませんが、体が動く限り70歳まで働き続けるつもりです。ようやく老後への不安が少し和らぎました」と話します。
ここから見える教訓は明確です。厚生年金に加入できる働き方を選ぶこと、退職前から第二の職業人生を設計すること、住宅ローンは現役時代に完済を目指すこと、そして夫婦で家計の見通しを共有すること。
「『公務員だから安心』という従来の常識が通用しない時代になりました。定年が延びても、油断はできません。自分の働き方や家計を見直して、早めに備えてほしい」と加藤さんは後輩たちにエールを送ります。
三原 由紀 プレ定年専門FP®
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