( 326378 ) 2025/09/22 06:09:02 0 00 人前で薬を飲むのはマナーとして“失礼”なのだろうか?
《映画館内で上映中にスマホを使う客がいた》《フードコートで子どもに注意をしない親が増えた》《新幹線の中に大声で喋り続けるインバウンドがいて困った》……。
他人の迷惑を顧みない“マナーがない”人の行為は常に、ネット民の話題となる。それと共に最近、俎上に挙がりがちなのが「マナー講師」の存在についてである。
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もともとマナー講師は、名刺の交換方法や挨拶のしかたなどビジネスを円滑にすすめる方法を伝えてきた立場だったはずなのだが、いつの間にか“ルールのジャッジをする存在”“新ルールを作り上げる存在”として認識されるようになってしまった。
特にここ数年は、コロナ禍でマスクが必要となったことや、在宅勤務などが広まったこともあり、「マスクの色」や「オンライン会議の際の服装、退室の順番」などの「新ルール」を作ったとして矢面に立ち始める。
SNSでは「人前で薬を飲むのはマナー違反」「オンライン会議で上司より先にログアウトするのは失礼」や、「とっくりの注ぎ口からお酌をするのは“縁を切る”という意味になるのでNG」などといった、真偽不確かな「謎マナー」が、マナー講師が提唱したものとして、やり玉に挙げられている。
SNSではこんな投稿もされ、批判された。
“勝手に新しいルールを作り上げるいらない存在”、“マナー講師はただの「失礼クリエイター」「迷惑製造機」だ”……そんな批判の声が上がり始めた。
人の迷惑をかえりみない、つまりマナーのない事柄も炎上案件だが、マナー講師自身も炎上しがち。なんとも皮肉な構造は、とどまることを知らない。
かつて、自身が提案したものではない「リモート会議では5分前に入室」「客先より先に退出はNG」といったオンラインのマナーを“理不尽マナー”として拡散された炎上経験を持つ、“マナーコンサルタントの第一人者”西出ひろ子さんは、この現状をどのように見ているのだろうか。
「マナー講師が『失礼クリエイター』と呼ばれても、いたしかたないところはあるかもしれません」
「失礼クリエイター」という言葉は、マナー講師が「〜〜をするのは失礼」「〜〜しては失礼」などと、“新しい失礼を創出しているのではないか”という感情から生まれたものだ。
だが、当初この呼称を知った際、悲しむよりもむしろ感心した……と西出さん。
「以前から、まさに私が危惧していたことだったからです」
30年以上マナー業界に専念してきた西出さんが一貫して伝えてきたのは“マナーは「型」ではなくて「心」である”ということだった。
「マナーとは決して『ルール』のことではなく、『相手を思いやる心を行動に表すこと』。ところが、マナー講師を名乗る方々の言動を見知るかぎり、その“基本中の基本”を認識していない人が多く、衝撃を受けてきました」(西出さん、以下同)
そういった“マナーの本質を理解していないマナー講師たち”は、わかりやすい「型」を振り回しがち、と西出さんは続ける。
「マナーが批判の対象になるのは、それだけ日本人がマナーに関心を寄せている証拠とも言えます」
だが実際、理解に苦しむマナーがテレビやSNSで紹介され、世の中に出回っている。
「そういった謎マナーは、ほぼすべてが理にかなっていませんから、面白おかしく語られがちです」
加えて、あいさつ、服装、言葉遣いなどについて、“同じケースでも講師によって伝える内容がバラバラ”という珍現象も起きている。
「不明瞭な理由で『失礼』と言われ、伝える側の言うことが千差万別で、その根拠がわからない。そんな、不安にかられた人たちが、マナーというものに対して拒絶感を抱き、講師を叩きたくなるのは仕方ないことだとも思います」
また、こうした歪みを増幅させているのが、「表面的なインパクトを欲しがるマスメディアと、厳しさを求める企業の姿勢である」とも西出さんは語る。
確かにテレビなどのメディアは、視聴者を惹きつける分かりやすい「絵面」を求めがちだ。
「これはダメ、これはOK」といった二項対立の図式は、視聴者に短期的なインパクトを与えるには都合が良い。そこに大げさなリアクションがつくのなら、ますます関心を集めることができる。
「以前は私もメディアや企業研修で、『ダメ! と厳しく言ってください』『叱ってください』とリクエストされました。また、新人研修でビシビシと厳しく指導することを求められたことも」
つまり、周囲から求められることで、マナー講師は厳しい指導者を演じてきてしまった側面もある、と西出さん。
その結果、マナーの存在が誤解され、窮屈なものとされ、それを伝えるマナー講師がSNS上で害悪とまで言われてしまうようになったのだ。
「一方で、厳しくてもそこに相手を思いやる心や気持ちがあれば、受け取る側の印象が違うこともあるでしょう。
根拠のない、マナーとは言いがたいものをマナーと言い張り、次々と新たな型を作り出す『失礼クリエイター』は改めたほうがいいと思いますが、マナーに反した人を叩きまくるSNSの風潮にも、悲しいものを感じます」
SNS上のマナーにまつわる話題では、しばしば2021年に放映されたNHKのドラマ『岸辺露伴は動かない「富豪村」』のエピソードを引き合いに出されることが多い。
この作品では、異常に細かく厳格な「家の作法」を強要する村が描かれる。そんな「マナーを押し付ける滑稽さ」をマナー講師に重ね、批判する文脈で引用されているのだ。
一方で、作中で主人公が語る「真のマナー」は称賛されるのだが、実はこのドラマのマナー監修を担当したのは西出さんなのだ。もちろん原作におけるマナー監修も西出さんである。
マナー講師の説くマナーを批判する一方で、称賛するマナーの在り方もマナー講師が監修している…………。この自己矛盾ともいえる構図を鑑みると、SNS上のマナー論議を鵜呑みにするのも考え物かもしれない。「マナーとは何か」という本質を、自分自身の頭で考える必要があるのではないだろうか。
「私が一貫してお伝えしているのは、マナーとは『相手の立場に立ってみること』。その上で『人を思いやる心を行動で表すこと』に尽きます。極めてシンプルな理念です」
それは決して、自分を高く見せたり、相手を貶めたり、ルールで縛り付けたりするものではない。
「マナーを身につけるということは、相手がどう感じるか、どうしたらみんなが気持ちよく過ごせるか、という『他者への想像力』を養うこと。それは、ひいては組織や自身の生き方、幸せにも繋がります」
コロナ禍があったように、時代や文化、状況が変われば、マナーの形は変化していくものだ。
「しかし、その根底にある『他者を尊重する心』という核心は、いかなる時代でも決して変わらない、不変の価値だと思いますね」
世に「失礼クリエイター」と呼ばれてもしかたない講師が存在するのも事実だろう。
しかし、彼らを揶揄するだけに終始し、自らはSNS上で他者を傷つける無配慮な発信を続けるならば、それは本末転倒。
私たちに必要なのは、単純な善悪の二元論で相手を断罪することではなく、マナーの本質である「思いやり」というコンパスを、自分の胸の中に再び取り戻すことではないだろうか。
西出ひろ子 ヒロコマナーグループ代表。ウイズ株式会社代表取締役会長兼社長。HIROKO ROSE株式会社代表取締役社長。一般社団法人マナー&プロトコル・日本伝統文化普及協会代表理事。大妻女子大学卒業後、国会議員などの秘書職を経てマナー講師として独立。31歳でマナーの本場・英国に単身渡英。帰国後、大手300社以上のマナー・人財育成コンサルティング、延べ10万人の人材育成を行う。近年はマナー解説者としてテレビ番組などのメディアでも活躍中。著書・監修書は15万部のベストセラー『改訂新版 入社1年目ビジネスマナーの教科書』(プレジデント社)ほか、近著に『マナーのカリスマが大切にしている 私スタイルの暮らし方』(主婦と生活社)など多数。
取材・文/木原みぎわ ライター。AERA dot.、集英社オンライン、週刊女性PRIMEほか、紙媒体などで執筆。書籍プロデュース、編集、執筆も手掛けている。
デイリー新潮編集部
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