( 326623 )  2025/09/23 05:46:22  
00

(※写真はイメージです/PIXTA) 

 

「長年付き合ってきた銀行だから」「担当者が言うなら間違いない」――その信頼が、大切な老後資金を危険に晒す落とし穴になることがあります。退職金を手にし、少しでも有利な運用をと考えた矢先に提案される「リスクの少ない」金融商品。その甘い言葉を信じた結果、資産を大きく失う悲劇が後を絶ちません。本記事では、田中さん(仮名)の事例とともに銀行から提案される金融商品の実態と自己防衛策について、IFAの星野幸三氏が解説します。 

 

元会社員の田中明さん(仮名/68歳)は、定年退職時にまとまった退職金を手にしました。「老後の生活費は年金で足りるとしても、多少は運用したい」と思っていた矢先、長年利用していた銀行の担当者から連絡が。 

 

「リスクの少ない商品があるんです。半年で2.5%の利回りが期待できますよ」 

 

勧められたのは、1,000万円を半年預ければ25万円が上乗せされて戻ってくるという商品でした。大手銀行の担当者が「大丈夫ですよ」と繰り返す姿に安心感を覚えた田中さんは、特に深く調べることもなく契約しました。 

 

結果は、確かにそのとおり。半年後には、25万円の利益が加算されて返ってきたのです。 

 

「銀行がいうことに間違いはないな」 

 

そう思った田中さんに、再び銀行員が新しい提案を持ってきます。 

 

「今度は1年間で5%の利回りです。同じタイプの商品で、2,000万円から始めてみませんか?」 

 

経験上、悪くはありませんでした。加えて“顔なじみの担当者”の言葉で、田中さんは2,000万円を投資することに。しかしその商品こそが、「仕組債(しくみさい)」と呼ばれる、高いリスクを内包した複雑な金融商品だったのです。 

 

2,000万円が400万円に? 

 

資産運用が思いのほか簡単にうまくいくと、味を占めた田中さんは投資デビュー後、老後資金に余裕を感じ、妻や友人、孫とともにあちこち旅をして過ごしました。充実したセカンドライフを送れるのも、お金に余裕があるからだと穏やかな心持ちです。 

 

しかし2,000万円の投資から1年後、田中さんのもとに届いたのは、約束された2,100万円ではなく、時価400万円分の株式でした。投資した2,000万円は、1年間で“80%以上の価値を失った”ことになります。 

 

 

仕組債とは、あらかじめ決められた条件に応じて元本や利息の支払い方法が変動する金融商品です。通常の債券と異なり、株価指数や個別株、為替レートなどを参照しており、条件次第で元本割れのリスクが高まります。 

 

多くの仕組債では、「ノックイン価格」と呼ばれる基準値が設定されており、参照する株価や指数がこの水準を下回ると、元本の一部または全部が「株式」で償還される場合があります。このため、想定以上の損失を被る可能性がある点に注意が必要です。 

 

仕組債のリスクとリターンの特徴は主に下記3つ。 

 

 

 

・利益は限定的:受け取れる利益は、事前に決まっている利息収入が中心で、それ以上の値上がり益は得られません。 

 

・損失は大きい可能性:参照資産が大きく値下がりすると、理論上は元本がゼロになる可能性もあります。 

 

・複雑な仕組み:商品によって条件や参照資産が異なり、内容を十分に理解することが重要です。 

 

つまり、仕組債は「高利回りのようにみえるが、実はリスクが高い商品」であり、投資判断には十分な理解と注意が必要です。 

 

さらに田中さんを追い詰めたのが「税金」でした。 

 

2,000万円の投資が時価400万円の株式となって償還され、焦っていた田中さん。しかしその後、株式は多少値を戻し、800万円まで回復したところで、田中さんはこれ以上の損失を避けようと売却を決断しました。 

 

安堵も束の間、今度は課税の仕組みを知り、愕然とします。税金の計算上、この取引は「400万円の元手が800万円に増えた」とみなされました。つまり、実際には1,200万円もの大損をしたにもかかわらず、計算上の利益400万円に対して約20%、およそ80万円もの税金を支払う必要があったのです。損失のうえにさらに税負担がのしかかるという、まさに踏んだり蹴ったりの状況でした。 

 

田中さんは、「損失から多少戻っただけなのに、税金を取られるなんて!」と怒り心頭。担当の銀行員を呼び出し、怒鳴りつけました。銀行員は「自分はリスクの説明もしっかりと行った」と毅然とした態度で、債券で運用するという別の投資信託への乗り換えを提案してくる始末。もはや田中さんはなにも信じられません。 

 

 

田中さんのように、仕組債で大きな損失を被った高齢者は全国に存在します。特に、退職金や老後資金を持つ高齢者層は、銀行からの“カモ”とされることすらあるのです。 

 

こうした事態を防ぐために、ぜひ覚えておいてほしい質問があります。それは、「あなた(銀行員)もこの商品、買ってるんですか?」と聞くこと。実は、仕組債のような商品を営業している銀行員の多くは、自分自身ではまったく購入していません。リスクが高すぎて、自分の資金では絶対に手を出さない商品を、「ノルマ」や「営業成績」のために、お客様に提案している可能性があるのです。 

 

もし、その場で「私自身は買っていません」といわれたら――「自分には勧めるのに、あなたは買わないんですか?」という疑問が湧くはずです。また、「この商品、ご両親やご家族にも提案されてますか?」と聞いてみるのもよいでしょう。 

 

自分の家族に勧められない商品を、他人には勧めてくる――そこに潜む“非対称性”に気づけるかどうかが、大きなわかれ道になります。 

 

田中さんはいま、「怒ってもお金は戻ってきません。私は銀行のカモだったんですね。長年の付き合いだった銀行に、こんな目に遭わされるとは……」と繰り返します。 

 

しかし現実には、銀行や証券会社は“自社の利益”を第一に商品を提案してくるケースが多く、顧客一人ひとりの資産状況や目的に寄り添った提案は少ないのが実情です。だからこそ、「誰がいったか」ではなく、「なにを提案されているか」を見極めることが重要です。 

 

田中さんのように、高齢者が老後資金を守るどころか大きく失ってしまうケースは後を絶ちません。特にこれからの人生設計を考えるうえでは、「なんのために」「どんなリスクまで許容できるのか」を、第三者と一緒に整理するプロセスが不可欠です。 

 

星野 幸三 

 

スターフィールド 

 

代表 

 

星野 幸三 

 

 

 
 

IMAGE