( 327353 )  2025/09/26 05:45:55  
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写真はイメージです Photo:PIXTA 

 

 新米の時期になっても令和のコメ騒動は収束する気配がない。小泉農水相は備蓄米を放出したが、結果的にコメの価格は再上昇しつつある。家計の節約志向から「パックご飯」の売れ行きが好調だが、原材料高騰を見据えて10月から値上げに踏み切るという。自民党は総裁選で5人が立候補したが、従来の農業政策の複雑・非効率を変えられるのだろうか。(多摩大学特別招聘教授 真壁昭夫) 

 

● 農業政策の“ツケ” 令和のコメ騒動が収束せず 

 

 コメの価格が再び上昇し始めた。9月初旬以降、今年の新米が食品スーパーの店頭に並び始めたが、一部の地域では5キロ当たり約7000円という高値になっているという。コメの流通に詳しい専門家の間では、「コメ価格は3500円には戻らず4000円台に上昇する」との見方もある。 

 

 急遽放出した備蓄米は、流通体制不備などの問題から供給が思うように進んでいない。店頭に並ぶとすぐに売り切れてしまい、需要を満たす状況にはなっていない。令和のコメ騒動は、まだ完全収束の気配がない。むしろ、想定以上に悪化している。 

 

 消費者の間でも、「コメの価格はまだ上がる」との感覚=インフレマインドが醸成されている。産者・卸売業者など供給サイドでも、コメの先高観が高まっている。そうした状況から、在庫を積み増して高値での売却を狙う業者は増えるだろう。当面、コメ価格の上昇は続くとみたほうがよい。 

 

 コメの価格が上がると、わが国の物価にはさらに押し上げ圧力がかかる。インフレが進むと、理論的には金利を引き上げることが必要になる。コメの価格上昇は、庶民の食卓だけでなく、日本の金融政策にも無視できない影響を与えると想定される。これまでの農業政策の“ツケ”が回ってきたということだ。 

 

● 10月から「サトウのごはん」も値上げへ 

 

 8月25日の週、国内のコメ平均小売価格は3891円/5キロだった。前週比115円(+3.0%)の上昇だ。販売実績に占めるブレンド米(備蓄米含む)の割合は39%に低下した。 

 

 日次データ(9月2日時点)で見ると、小売り米の5キロ当たりの価格は4059円に上昇した。8月下旬以降の価格上昇ペースはかなり急速だ。 

 

 備蓄米に限ると、9月2日時点での価格は2033円だった。随意契約に基づく放出により7月〜8月後半にかけて備蓄米の価格は緩やかに下落した。8月下旬には一時、5キロ当たり2000円を下回る局面もあったが、その後、価格は上昇基調だ。 

 

 一方、8月25日の週の銘柄米は4272円と前週から変化はなかった。販売に占めるウエートは61%と、備蓄米を上回る状況が続いた。備蓄米の放出により、6月上旬以降は銘柄米の価格は下落したが、7月後半以降、価格は再び緩やかに上昇している。 

 

 9月2日時点で銘柄米は4346円に上昇した。銘柄米の新米価格が想定以上に上昇しているため、国内のコメ小売価格全体が引っ張られた格好だ。 

 

 コメ価格が再上昇する中、政府の備蓄米の供給は思うように進んでいない。コメを安く買いたいと思う消費者は、備蓄米が並んだスーパーでブレンド米を買い求めるケースが多い。その結果、全国に備蓄米が行き渡る状況にはなっていない。それに加えて、新米の価格上昇が、コメの小売価格全体を再び押し上げている。 

 

 コメの価格上昇ペースは、賃金の上がり方よりはるかに早い。家計を少しでも節約しようと、「パックご飯」を買う消費者が増えているようだ。 

 

 それは、パックご飯大手・サトウ食品の業績から確認できる。同社の5〜7月期決算で、パックご飯の売上高は前年同期比18%増加した。なお、袋入り餅の売上高も同20%上昇した。同社では、原材料であるコメのさらなる価格上昇を見据え、10月1日の出荷分から「サトウのごはん」を11〜17%値上げする方針という。外食業界でも、コメの値上がりに悩む事業者は増加傾向にある。 

 

 

● 小泉農相が備蓄米放出もコメ争奪戦は深刻化 

 

 コメ価格が再上昇している要因の一つに、JAがコメ生産農家に支払う「概算金」の上昇がある。わが国では、JAが農家の所得安定を目的に、前もって概算金としてコメ代金を支払っている。仮渡し金とか、前払い金と呼ぶこともある。 

 

 概算金の水準は新米の価格に影響する。今年の新米の収穫期、各地のJAは軒並み概算金を引き上げた。中には、2段階で概算金を引き上げたJAもあるようだ。当初に示した低い概算金の水準では、思ったようにJAにコメが集まらなかったため、概算金を引き上げざるを得なかったのだ。 

 

 近年、わが国のコメの流通経路は一段と複雑化している。元々、5次にもわたるコメの卸売り階層があり、JA以外の流通経路として、自主流通米がある。米価上昇をビジネスチャンスとみたIT企業やスクラップ業者などが、コメの流通に新規参入したことで、実態はさらに複雑になっている。 

 

 生産者である農家としては、少しでも高値でコメを買ってくれる業者に売りたい。これまでよりも川上の段階で値上がりを期待する生産者は増えるだろう。そうなると、新米を売り控えたり、概算金の積み増しが必要になることが増えると考えられる。 

 

 小泉進次郎農林水産相は、随意契約による備蓄米放出を迅速に決定した。早場米が出始める7月半ばから、小売店のコメ販売棚を備蓄米で埋め尽くすためだった。 

 

 しかし、精米能力や備蓄米の倉庫運営、トラック運転手不足などの問題に加え、従来よりも川上の段階から供給を絞る動きが増えた。 

 

 その結果、コメの価格は再上昇しつつある。コメ卸売業界では、異業種を巻き込んだ新米の“青田買い”が起きており、コメの争奪戦は深刻化しているもようだ。 

 

● コメ騒動はトランプ関税と並ぶ日本経済の憂い事 

 

 新米の流通が本格化した時期にもかかわらず、コメの価格はむしろ上昇している。今のところ、備蓄米の放出は目立った効果を発揮していない。現状を改善する、抜本的な手だては見当たらない。 

 

 米穀安定供給確保支援機構の8月調査によると、「主食用米の向こう3カ月の米価水準は上昇する」との見方が、昨年同月と同水準近くまで上昇した。コメ価格はさらに上昇すると身構える供給者は多い。 

 

 当面、生産者や卸売業者は、これまで以上に在庫を積み増し、より高い価格水準での供給を目指すだろう。自民党が衆参共に少数与党に転落した状況下、複雑化して効率性が低下したコメ流通市場の実態解明は容易ではない。米国やベトナムなどからコメの輸入を増やすことも難しいとみられる。 

 

 コメ価格の上昇は、日本経済に無視できない負の影響を与える。まず、個人消費への打撃だ。主食であるコメが高いままでは、多くの家計で食品の購入を内容・頻度共に見直さざるを得なくなる。財布のひもはより固くなるだろう。 

 

 金融政策への影響も無視できない。日本銀行は、『経済・物価情勢の展望』(展望レポート)にて消費者物価指数(除く生鮮食品)の見通しを公表している。この指数は、コメを含む。コメ小売価格の上昇は、日銀の物価見通しの上振れ要因になり得る。 

 

 ただでさえ近年は人件費の増加により、わが国の消費者物価には押し上げ圧力がかかっている。それに上乗せするようにコメの価格が上昇すると、日銀が想定した以上にインフレが進行する恐れは高まる。 

 

 状況によっては、物価上昇に歯止めをかけるために、日銀が追加利上げを進めなければならなくなるかもしれない。金利が上昇すると、勢いのない国内の個人消費はさらに下振れることになるだろう。コメ価格の再上昇は、トランプ関税と並んで日本経済の下振れリスクを高める要因である。 

 

真壁昭夫 

 

 

 
 

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