( 327423 ) 2025/09/26 06:47:30 0 00 NRI研究員の時事解説
9月24日に、自民党総裁選の立候補者5氏による公開討論会が開かれた。各氏ともに国民の関心が高い経済政策を重視する姿勢を強調し、物価高対策を打ち出した。経済政策については、目先の物価高対策についての議論に集中した印象が強く、日本経済を持続的な成長軌道に乗せるための成長戦略、産業政策などの中長期の政策についての議論は置き去りにされている印象がある。
そうした中、注目を集めたテーマが、積極財政政策や赤字国債発行の是非、そして財政健全化目標を巡る議論だった。
候補者の中で、もっとも積極財政政策の志向が強いのは、「責任ある積極財政」を掲げる高市氏だ。物価高対策について高市氏は、国民民主党が掲げる「年収の壁」撤廃に賛成の立場を明らかにしている。課税最低限を「178万円に近づける」方向性についても賛成だ。
他方で、立憲民主党が掲げる給付付き税額控除、大半の野党が支持するガソリンの暫定税率の廃止も支持している。最近までは、立憲民主党が掲げる消費税の軽減税率の一時0%への引き下げも支持していた。また、推奨事業メニュー付きの地方交付税交付金を拡充し、低所得世帯支援、子育て世帯支援、中小企業支援を各自治体が実施できるようにすることも掲げている。
このように高市氏は、野党との連携も視野に入れて幅広い物価高対策、景気対策を掲げているが、このように総花的な施策の提示を乱発するのでは、自身の政策理念をしっかりと示すことはできないのではないか。
また、それらの施策をすべて実施する場合には、かなりの財源が必要になるが、それについても示していない。
他候補にも同様の傾向がみられるが、減税など各種経済政策の財源は、成長率向上による税収増加として後からついてくる、との考えである。しかしこれは「責任ある積極財政政策」とは言えないだろう。
高市氏の場合には、「危機管理型投資」が成長率を高めると考えているようだ。これは、災害・感染症・安全保障・エネルギー・サイバー攻撃などの脅威に備えるための投資であるが、生産能力向上を通じて成長率向上をもたらすようには見えない。投資など政府支出拡大が成長率を高め、税収増加が財政環境を改善させるという議論は、魅力的に感じるが、今までに実現したためしはなく、そうした考えに基づく積極財政は、財政環境をさらに悪化させ、逆に成長率のトレンドを押し下げてしまうのではないか。
公開討論会で高市氏は、「将来世代への最大の借金は国債ではなく成長」とし、赤字国債発行についても必要があれば容認する姿勢を示している。更なる国債発行、政府債務増加は、財政の持続性についてのリスクを高め、金利上昇などを通じて経済、金融市場の混乱につながる可能性もあるだろう。
他方で高市氏は、「名目成長率が長期金利を上回る状態が続けば、政府債務のGDP比率は低下する」として、成長率を高める積極財政政策のもとで、財政リスクの抑制は可能である、との考えを示している。
ただし、積極財政政策は金融市場の財政リスクへの懸念を高め、長期金利を高めてしまう。日本銀行が金融政策の正常化を進めて、長期金利が財政リスクを反映して上昇しやすくなっている中、名目成長率が長期金利を上回る状態を持続させることは、従来よりも難しくなっている。
図表 政府の金融資産内訳と売却可能性
今後の財政健全化政策について、林氏らは、基礎的財政収支(プライマリーバランス)黒字化目標の達成後は、「政府債務GDP比率」の引き下げを新たな目標、指針とする考えを示している。
一方で高市氏は、政府が保有する金融資産を除いた「純政府債務GDP比率」の引き下げを新たな目標にすべきと主張する。政府債務GDP比率について、国際通貨基金(IMF)の推計では、2024年の日本は236.7%と先進国平均の108.5%を上回り、突出して高い状況だ。
これに対して積極財政論者は、政府が保有する資産を控除した純政府債務のGDP比率で見ればそれほど高くなく、日本の財政環境は政府債務GDP比率が示すほど悪くない、との主張を展開してきた。しかしこれについては、政府が保有する土地、道路などは売却して債務の返済に充てることはできないことから、資産を控除した純資産GDP比率で財政リスクを判断するのは正しくないという批判を浴びた。
そこで、積極財政論者は流動性の高い金融資産を控除した純政府債務のGDP比率を見るべき、との主張を始めたと推測される。
IMFによると、金融資産を控除した日本の純政府債務GDP比率は、2024年に134.6%と政府債務GDP比率よりも大きく低下するが、先進国平均である79.6%と比べれば著しく高い状況には変わりなく、財政リスクの高さを示している。さらに、金融資産についても売却して債務返済に回すことが簡単でない点は、実物資産と同様だ。
政府が保有する金融資産で最大なのは、年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)が保有する年金準備金とみられるが、これは将来の年金支払いのための準備であり、売却することはできない。また外貨準備も為替の安定などのために必要なものであり、貸付金も政府系金融機関による民間企業への貸し出しなどで、いずれも売却は困難で、債務返済には簡単には活用できない(図表)。
林氏も高市氏も、プライマリーバランス黒字化目標の達成を前提に、政府債務GDP比率あるいは純政府債務のGDP比率を新たな財政健全化の目標にすることを掲げている。内閣府が2024年7月に公表した最新の中長期試算によると、プライマリーバランスの黒字化は2025年度に達成される見通しとなっている。しかしそれが実現する可能性は高いとは言えないのではないか。
プライマリーバランスの定義がやや異なっている可能性はあるが、IMFの見通しによれば、2025年の日本のプライマリーバランスの名目GDP比率は-2.4%であり、2023年には-3.2%と先行き赤字額は拡大していく見通しとなっている。
政府は、まずはプライマリーバランス黒字化目標の達成に引き続き務める必要がある。そのうえで、選挙や政権交代などに左右されずに、中長期的に財政健全化路線を確保するために、新組織体など新たな枠組みの構築を考える必要がある。こうした議論を総裁選挙の中で深めてほしい。
木内登英(野村総合研究所 エグゼクティブ・エコノミスト) --- この記事は、NRIウェブサイトの【木内登英のGlobal Economy & Policy Insight】(https://www.nri.com/jp/media/column/kiuchi)に掲載されたものです。
木内 登英
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