( 327733 )  2025/09/28 03:41:15  
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写真はイメージです Photo:PIXTA 

 

 「5kg5000円も仕方ない」――。新米の価格高騰に、農家からはコスト増への理解を求める声が上がっています。しかし、その“言い訳”とも取れる主張に、国民からは厳しい反感が噴出。海外では生産コストを7分の1に抑える農家もいる中、なぜ日本の米価は上がり続けるのでしょうか?補助金に守られた業界が抱える、根深く不都合な真実を解き明かします。(ノンフィクションライター 窪田順生) 

 

● モヤモヤする… 日本の農家は「仕事」をしてない 

 

 先日、あるニュースがネットやSNSをザワつかせた。 

 

 今年の新米価格がかなり上がって売れ行きも鈍くなっているなかで、JAや生産者から「資材価格も上がっている」「原価を知ってもらいたい」と今のコメ価格への理解を求める声がでているというのだ。 

 

 新米売れ行き鈍く、JA全農ふくれん「需要開拓の努力をしなければ」…生産者「原価についても知ってもらいたい」(読売新聞 9月23日) 

 

 例えば、ニュースのなかでは、農業法人が登場して、稲刈りに必要なコンバインは1台約2000万円。このような大規模な投資も必要とされるなかで、燃料代なども年々上がっているなかで、「価格」だけが高いと注目されている現状を嘆いている。 

 

 つまり今、全国のスーパーでのコメ平均価格が5キロ4275円(9月8日〜14日)とかなり上がっているが、そこにいちいち騒ぐことなく、コメ農家の立場になって受け入れなさいというワケだ。 

 

 そう聞くと「ウンウン、確かにそうだ。日本のコメを守るためには5000円だって安いもんだよ」と素直に賛同する人もいらっしゃる一方で、ご自分で商売をしている人や、民間企業でビジネスをしている人はこんな違和感を覚えたはずだ。 

 

 「どの業界も資材や燃料が上がっているなかで、いろんな工夫や企業努力で価格を低く抑えているのに、コメ農家の人たちってそういう発想ゼロなの?」 

 

 もちろん、コメ農家の皆さんが常軌を逸した低賃金重労働をしていることは日本人なら百も承知だ。その苦労には頭の下がる思いだし、コメ農家の皆さんが正当な対価を得られるように願わない者はいないだろう。 

 

 ただ、多くの人がモヤモヤするのは、そういうコスト面の問題をスケールメリットで解決したり、新たな付加価値を生み出して価格転嫁させたりしていくことが「仕事」というものではないか、という点だ。そうやって競争力を高めていくことは、ビジネスでも農業であっても基本的に変わらないはずではないか。 

 

 実際、海外のコメ農業に関わる人々を見ると、「コンバインが2000万円もするんで販売価格が高くてもガマンしてください」などと消費者に対して開き直るケースは少ない。 

 

 わかりやすいのは、日本のコメ価格高騰を「商機」と捉えたアメリカだ。今年6月、NHKがカリフォルニア州のコメ農家をこうレポートしている。 

 

 《カリフォルニア州のコメ農家の平均的な耕作面積は161ヘクタールと、日本の約80倍です。大規模化などによって、生産コストは日本の7分の1になっています》(NHK コメ高騰 海外の産地が日本に熱視線 6月4日) 

 

 最近アメリカに行った人はわかると思うが、かの国の物価高騰は日本など足元にも及ばない。ちょっとランチをしただけで日本円で5000円くらいかかるのだ。 

 

 そんな資材価格が爆上がりの国のコメ農家なのだから、日本のコメ農家のようにさぞコスト高に苦しんでいるのかと思いきや、大規模化やドローンや衛星データなど最新技術の活用で、生産コストを安く抑えているのだ。 

 

 こういう“企業努力”もあってカリフォルニア米は競争力を高めている。先ほど某ホームセンターで売られていた「カリフォルニア産カルローズ」を見たら、税込2894円で売っていた。 

 

 同じく日本産の2〜5割の水準で販売されているベトナム産ジャポニカ米もしっかりと「企業努力」をしている。 

 

 

 コメ高騰を受けて今年の春、「きらぼし銀行」がベトナムの食品流通大手タンロングループの水田や精米工場を視察した。そこで担当者は精米工場の衛星管理の高さなどに驚き、こんな風に称賛したという。 

 

 「自動化のレベルは日本以上の水準といえるのでは」(NNA ASIA「越産コメ、日本のスーパーへ 『令和の米騒動』商機に」3月26日) 

 

 このような形で世界のコメ農業に関わる人々は事業規模拡大・最新技術の活用・省人化などの企業努力をするのが常識だ。そして、「美味しくて買いやすいコメ」という競争力を高めているのだ。 

 

 そこで消費者に選ばれたら、販路や取引先が拡大する。利益も増えるのでコメ農家も潤う。つまり、企業努力を重ねることで、産業として成立してその結果、農業の普及につながっていくのである。 

 

 しかし、日本のJAやコメ農家からはそういう「企業努力」はほとんど感じられない。たとえば、今出回っている新米は昨年よりも増産されているので、企業努力をしているのなら価格は下げなくてはいけない。そうなっていないのは、JAが60kg3万円という過去に例のない概算金(正式な販売価格が決まる前の前渡金)をコメ農家に払ったからだ。 

 

 政府が備蓄米を放出したので、その代わりになるコメを国に買い取ってもらわないといけない。そこを見据えて高く吊り上げている、というのが専門家の見立てだ。 

 

 どういう狙いがあるにせよ、根っこにあるのは「公金を1円でも多く引き出して、米価を安定させる」という考えしかない。少なくとも「美味しくて買いやすいコメ」を消費者に届けて競争力を高めよう、なんて「企業努力」という視点は皆無だ。 

 

 では、なぜそんなことになってしまったのかというと、「保護政策の副作用」である。本連載でも繰り返し指摘したが、日本では減反政策という社会主義も真っ青の生産調整を50年以上も続けてきた。その結果、補助金でどうにか農業を継続する小規模兼業農家を全国に増やし、競争力を激減させた。 

 

 わかりやすく言えば、コメ農家をじゃぶじゃぶの“補助金漬け”にすることで、海外のコメ農家のように試行錯誤や投資をして、事業拡大をしていく力を奪ってしまったのである。 

 

 

 ……という話をすると決まって、「米は食料安全保障にも直結するものなので国が補助金などで支えるのが当然だ!」とか「補助金漬けどころか支援が少ないからコメ農業を志す人が減っているんだろ!」という痛烈なお叱りを頂戴するのだが、世界では「保護や補助金を受けるほど農業は衰退する」というのが常識だ。 

 

 わかりやすいのは、タイだ。 

 

 実はかの国はかつてコメ輸出量で「世界一」を誇り、タイ米はさまざまな国の市場を席巻した。しかし、今は競争力がかなり落ちて、インドやベトナムに抜かれてしまった。なぜかというと、政府の「保護政策と補助金」のせいだ。 

 

 今から34年前、日本経済新聞の「世界コメ市場に旋風タイ・ベトナム 規制外れた強み――高まる農民の生産意欲」によれば当時、タイを世界一のコメ王国にした最大の要因は「政府の管理はないに等しい」からだった。 

 

 20の大手輸出会社がタイの米の流通や輸出を一手に握っていて、政府は輸出関税も廃止した。その結果、輸出業者が農民から買い取る価格を高く維持して、農家の生産意欲を高めた。それぞれのプレイヤーが「企業努力」を突きつめた結果、タイ米の競争力を高めて、産業として大きく成長したのである。 

 

 そんな風に死に物狂いで競争力を高めてきたタイのコメ農業からすれば、「減反すると補助金がもらえる」という日本のコメ農業は「ぬるま湯」以外の何物でもない。当時、タイの大手輸出会社の会長は、日本の兼業農家だらけの現状と、手厚い補助金や保護をこんな風に揶揄していた。 

 

 「日本の農家はある意味でホビー(趣味)のようなもの」(日本経済新聞1991年7月16日) 

 

 しかし、驕れるものは久しからずでたくましく自由競争をしていたはずのタイのコメ農家にも、ほどなくして「保護政策と補助金」という“麻薬”が広まっていく。 

 

 2001年に政権をとったタクシン・シナワット元首相が「票田」となる農村を手厚く保護し始めたのだ。 

 

 どこかの国でも似た話があるが、与党は農村票欲しさで補助金のバラ撒きを加速させて、農業分野は改革ができない「聖域」になってしまう。さらにタクシン元首相の妹であるインラック・シナワット元首相が2011年、コメ担保融資政策でトドメを刺す。 

 

 「市場価格より5割高で政府が事実上買い上げたため価格高騰と品質低下を招き、輸出競争力を損ねた」(日本経済新聞2016年12月30日) 

 

 つまり、せっかく自由競争で頑張っていたコメ農家に、選挙対策から政治が関与を深め、いらぬ「保護政策」や「補助金」をばら撒いたおかげで、コメ農家に「企業努力」をする意欲をどんどん失わせてしまったのである。 

 

 

 これは農家に限らずだが、“公金依存”が強まると、努力を放棄して衰退が進んでいくものだ。かつて世界一だったタイはベトナムに抜かれ、そしてインドに抜かれ、最近では振り向けば、パキスタンやカンボジアが迫ってきている(読売新聞 6月15日)。 

 

 「農業が政治にくっつくとロクなことにならない」という真理をタイの歴史は教えてくれているのだ。 

 

 翻って日本を振り返れば、タクシン政権のような「保護政策や補助金」を、かれこれもう50年以上も続けてきている。公金依存という点ではもはや手の施しようがないほど「重症」だと言わざるを得ない。 

 

 実際、JAやコメ農家の中には「日本のコメ農業を強くするには、もっと国の手厚い保護がいる」と主張している方も多い。生活保護受給者の一部に経済的な自立ができない人がいるのと同じで一度、公金で平穏な暮らしを実現してしまった人は「もっと支援を」「支援を打ち切られたら死んでしまう」という感じで、かえって「自立」が遠のいてしまうケースもある。日本のコメ農家はまさしくそういう状態だ。 

 

 こういう現実を踏まえると、日本のJAやコメ農家に「企業努力」を求めるのは難しい。つまり、まだまだコメの価格は上がり続ける可能性は高いということだ。 

 

 石破政権は減反政策の廃止やコメ増産という、コメ農政の大転換を宣言したが、こういうものはだいたいしれっと「骨抜き」にされる。ということは、我々日本国民は好む好まざるを問わず、JAやコメ農家のみなさんの「コメの生産は原価がバカ高いんだから、高いとか文句を言うんじゃありませんよ」という主張を、羊のような従順さで受け入れなくてはいけないのである。 

 

 「え? 5キロ5000円? 農家の皆さんの苦労を考えたらバカ安じゃん、物価高騰を踏まえたら7000円くらいでもいいだろ」なんて会話が「常識」になる時代がもうそこまできているのかもしれない。 

 

窪田順生 

 

 

 
 

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