( 328008 )  2025/09/29 04:12:09  
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パキスタンのナショナルデーでは伝統舞踊が披露され、万博会場は熱気に包まれた(8月14日、大阪市此花区で) 

 

 8月14日、大阪・関西万博の会場(大阪市此花区)でパキスタンの伝統舞踊が披露された。日本人も外国人も一緒になり、三日月と星が描かれた緑色の小さな国旗を振って盛り上がった。この日は同国のナショナルデー。来日した政府高官は更なる絆の深まりに期待した。 

 

 華やぐ会場から約9キロ北東にある大阪市西淀川区の大和田地区。多くのパキスタン人が暮らし、「ニシヨドスタン」と呼ばれる。そこには、万博での交流とは異なる景色が広がっていた。 

 大和田地区は住宅街が広がり、町工場が散在している。淀川と神崎川に挟まれ、万葉集の歌碑が残る歴史深い地域。近年は多くの外国人が住む。 

 

 中でもパキスタン人が大幅に増えている。市によると、西淀川区全体で2014年度末は24人だったが、24年度末は100人に増えた。 

 記者は約2か月間通い、パキスタン人約20人に取材した。 

 初めて訪ねたのは7月下旬。裾の長い民族衣装「カミーズ」を着た男性が行き交い、ちらほら見かける同国の料理店からスパイスの香りがした。 

 

 1990年代、近くに車のオークション会場があることから、中古車販売業を営むパキスタン人が居住。その後、親族や知人らが続いた。イスラム教徒が多く、2010年にモスクが開設されたことで、さらに増えていったという。金曜の礼拝後、通りは外国人でいっぱいだった。 

 日本人とのつながりはほとんどなく、両国の人たちが交流していた大阪・関西万博の会場とは対照的だった。「仲良くしたい」「我々のことを知ってほしい」と望む声があった一方、「自分たちだけで生活できている」と冷めた反応もみられた。 

 

 日本人の住民約20人にも話を聞いた。増える外国人に、「あまり意識していない」「言葉が通じないから、ご近所さんという感覚はない」と距離を置いていた。5人が「何となく怖い」と感じていたが、トラブルになった人はいなかった。 

 日本人と外国人のコミュニティーは平行線ながら、平静を保っていた。 

 

 

 対立をあおっているのはSNSだ。 

 6月、地区内の神社でボヤがあり、X(旧ツイッター)で「犯人はイスラム教徒で『邪教だから火をつけた』と供述」との情報が拡散された。「多文化共生など無理な話」との投稿とともに約500万回表示された。 

 複数の住民や大阪府警西淀川署によると、ボヤの原因は日本人と外国人の小学生数人の火遊びだった。 

 

 投稿は誤情報だが、地区周辺のモスクには「なぜこんなことをする」と抗議の電話があったという。 

 8月末には、地区内を大勢の外国人が行き交う動画とともに英語で「こんなにひどい状況」とXに投稿され、1600万回近く表示された。日本語で「侵略者だ」「追放して」などのコメントが付いていた。 

 

 地区内には共生に努める人もいた。 

 中古車販売業を営むユヌス・モハメッド・ワスィームさん(48)はカラチ出身で15年前から地区に住み、4年前に一軒家を買ってパキスタン人の妻、子ども3人と暮らしている。 

 地元住民に率先してあいさつし、ここ数年は、近隣の日本人を招いてホームパーティーを開いている。近くの八百屋と顔なじみになり、「いつもまけてくれる」と喜ぶ。記者が八百屋の店主の 一氏いちうじ 裕さん(75)に伝えると、「外国人やからってことじゃないけど、夫婦とも朗らかで、ちょっとだけね」と笑顔が返ってきた。 

 ワスィームさんは日本語がうまく、取材中、何度も「大和田が大好き!!」と話した。 

 

それだけに「インターネット上の差別はつらい」と嘆く。中1の長女(13)には「悲しい思いをしてほしくない」とSNSを見せないようにしている。今月上旬、職場で日本人を含む従業員に「ネットに惑わされず、一人一人の人間性を見てほしい」と訴えた。 

 受け入れる側の地元自治会も同じ気持ちだった。 

 連合振興町会長の田中文雄さん(84)によると、10年ほど前、ゴミ出しのルール違反などでもめ、住民から「外国人は出て行ってくれ」という意見が出たという。 

 田中さんが外国人にルールを教え、反発する住民には「我々がアメリカに行くのと同じ。嫌がっていると、日本をいいように思ってもらえないよ」と説得した。 

 

 

 今、もめ事はない。「お互い人間やから間違いはある。でも、どこの国の人やから、じゃない。外国人だと差別すると、地域が分断してしまう」(虎走亮介) 

 

 全国の外国人集住地域を調査している三木 英(ひずる) ・相愛大客員教授(比較宗教学)によると、多くの地域では、大和田地区のように日本人と外国人に接点がほとんどないという。 

 三木氏は「トラブルがないため問題がないと考えがちだが、互いの理解が不十分な状況は不安定で、外国人の更なる増加や多国籍化を機に、摩擦や分断が起きる恐れがある」と指摘。「自治会が料理やダンスの教室を開くなどし、しっかりコミュニケーションを取りながら相手の宗教性や文化を知ることが共生の第一歩になる」と語る。 

 

 日本で暮らす外国人が約367万人と過去最多になり、人口の1割を占める「外国人1割時代」が国の予測を上回るペースで迫る。SNSなどで「治安が悪くなる」「優遇されている」と批判が相次ぎ、今夏の参院選では「外国人政策」が争点となった。外国人はどのように暮らし、どんな思いを持っているのか。記者が、外国人が多く住む地域を歩き、現状を報告する。 

 

読売新聞社 

 

 

 
 

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